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7話 二日酔い

「頭いてー……」

 

 ズキズキと脈打つこめかみを押さえながら、レンは硬い床の上でゆっくりと身を起こした。

 

 昨日の夜……初仕事の祝賀会のあと、クロエやザックたちに付き合わされるまま勢いよく飲みすぎてしまったらしい。全身の関節がバキバキに凝り固まっている。

 

 視線を巡らせると、どうにか昨日のうちに宿屋の自室へ戻ってはこれたようだった。


 ……それにしても、「金がない、罰則金がヤバい」と泣き言を言っていたくせに、こういう酒盛りのときだけはやたらと威勢がいい。だから財布がすっからかんになるんだ。


 昨日、ベロベロに酔っ払って絡んできたクロエの恥ずかしい醜態を思い出して、レンは盛大にため息をついた。

 

 と、その時。


 ごそごそ、と背後の方のベッドから何かが動く音がした。


 不審に思って顔を向けた瞬間、レンの思考は完全にフリーズした。

 

 そこにいたのは……昨夜は一緒に飲んでいたはずのクロエだった。しかも、身につけているのはワイシャツと下着のパンツ一枚だけ。どうやら、ベットで寝ていたレンを床に盛大に蹴り落としたらしく……起きないレンも大概だが。そこは本来レンが寝るはずだった場所にクロエがいる。


 つーか、なんでクロエが俺のベッドで寝てるんだ!?

 

 部屋の床には、昨夜脱ぎ捨てられたらしい彼女の服が縦横無尽に散らばっている。

 

「んあぁ〜……」

 

 無防備すぎる格好のまま、クロエは子猫のように体をくねらせて大きな伸びをした。

 

 朝の光に照り出されるそのあられもない姿に、レンの顔が一気に熱くなる。


 普段はC級冒険者として威張ってみたり、少し無理をして大人びた態度をとってみたりするくせに、いざ寝起きとなるとこんな無防備な姿をさらけ出す。


 緩んだ寝癖に、子供のようにふにゃりと笑う顔に男としての理性が盛大に揺さぶられた。

 

(かわいっ――じゃなくてっ!)

 

 心の中で激しくツッコミを入れたその時、気配に気づいたのか、クロエがふにゃりとまぶたを持ち上げた。

 

「ん〜……あ、おはよ〜」

 

 まだ完全に酔いが抜けていないのか、どこか夢心地のぼんやりとした眠気まなこで、彼女はいつものニヘラと気の抜けた笑顔を向けてくる。

 

 その破壊力抜群の無防備な笑顔に当てられそうになりながらも、レンは慌てて両手をブンブンと横に振った。

 

「な、なんでお前が俺のベッドにいるんだよ!」

 

「ん〜……わかんなぁい。う……うぅ頭いたぁい……」

 

 質問には答えず、今度はクロエはうぅうぅと両手で頭を抱え込んで丸くなっている。二日酔いの頭痛だ。

 

 だが、そんなことよりも目の前の状況だ。このままでは心臓が持たない。

 

「い、いいから、まずは服を着ろ! 服を!」

 

「ええ〜……めんどくさいなぁ……」

 

「いいからさっさと着ろ!」

 

 パニックになりかけたレンは、床に散らばっていた彼女の服を慌ててかき集めると、クロエの胸元へと無理やり押しつけた。

 

 クロエは「えー」と不満そうな声を漏らしながらも、ふらふらと起き上がる。

 

「はぁ……」

 

 これ以上ここにいたら変な想像をしてしまいそうだったレンは、逃げるように起き上がると、そのままバタンと部屋を飛び出した。

 

 閉まる扉の向こうから、のんきな「にゃはは〜」という気の抜けた笑い声が聞こえた気がした。

 

 部屋を飛び出したはいいものの、廊下の冷たい空気を吸い込んでも、顔の熱さはなかなか引いてくれなかった。

 

 あのボサボサの寝癖と、子供みたいに無邪気で力の抜けた笑顔のギャップは反則だった。

 

「……まったく、自覚なさすぎだろ、あいつ……」

 

 赤くなった頬を両手でパシパシと軽く叩いて気合を入れ直しつつ、熱った体を冷ますべく、レンは冷たい水を飲もうと、宿の一階へとすごすごと降りていくのだった。



 

「はい、水」

 

 食堂のテーブル席につき、コップを差し出すと、まだ二日酔いが完全に抜け切っていないのか、クロエは机にぐったりと突っ伏してまるでスライムのように溶けていた。

 

「レンん、ありがとぉ……」

 

 か細い声でそう呟くと、彼女はとろーんとした目でコップを受け取り、ちびちびと水を飲み干す。

 

 ふぅ、と息を吐き出すその顔は、昨日の夜の威勢の良さが嘘のようにボロボロだ。

 

「んで、今日はどうするんだ?」

 

 レンは椅子に腰掛けながら、昨日の予定を確認する。

 

 一応の計画としては、昨日の兎魔討伐がうまくいった勢いのまま、もう少し数を狩るか、あるいは同じランク帯の別の魔獣に挑戦してみるかという話になっていた。

 

 もっとも、魔獣という生き物は一筋縄ではいかない。同じ種類であっても個体差は激しいし、運悪く異常種に遭遇することもある。何より厄介なのは群れで行動するタイプだ。たとえ一匹あたりの強さが大したことなくても、集団で来られれば相対的な難易度は跳ね上がり、下手をすれば高ランクのクエストに匹敵する危険度になる。

 

 だからこそ、レンがまだ完全な新米ということもあり、今は手堅くD級依頼のかつ群れの目撃情報がない魔獣を中心に狩っていこう……そう決めていた、のだけれど。

 

 目の前で完全に液体と化しているクロエを横目でジッと見やる。……どう考えても、今日の彼女に戦闘は無理そうだ。

 

「だいじょうび、きょうもぉーいくわよぉ……。いくらでも、ウサギなんて狩ってみせるんだからぁ……」

 

「どこが大丈夫なんだよ。今日は大人しく宿で休んでろ」

 

「えぇーー……」

 

 クロエは机に顔をくっつけたまま、ぐにゃぐにゃと不満げな声をあげる。

 

 こんな二日酔いのポンコツを連れて森なんかに突っ込んだら、魔獣の餌食になるのは目に見えている。まだD級のペーぺーである俺の方が、マシ……かもしれない。たぶん。少なくとも今のクロエよりは確実に動けると思う。

 

「今日は、前回手に入った稼ぎもあるし、自分の武器でも買いに行こうと思う。いつまでもギルドから支給された借り物の装備じゃ勝手も悪いしな」

 

 レンがそう提案すると、机の上でぐったりしていたクロエは、ふっと動きを止め……無言のまま片手をスッと高々と突き上げた。

 

「……なんだよ、賛成ってことでいいのか?」

 

「……帰りに温かい飲み物……買ってきて……」


 力なくそう言い残すと、クロエは再びぐにゃりと机に沈み込み、スースーと浅い寝息を立て始めた。

 

 まったく手のかかる相棒だと、レンは苦笑しながら自分のコップの水を飲み干し、新しい装備を求めて街の市場へと足を向ける準備を始めた。

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