35話 剣を振る理由
ザックが村長宅を中心に急ごしらえで張られたバリケードを超える。
「レン!」
ザックの目に映ったのは、いつもの冒険装備でなく村人の服をまとったレンの姿だった。彼はぐったりと地面に腰を下ろし、そばに突き立てられた一本の剣を片手に座りこんでいた。
村にたどり着いた後も、レンの内には災厄の飢餓が鉛のようにへばりつき渦巻いていた。押し寄せる衝動を必死に理性で抑え込み、歯をくいしばって耐え続ける。脳裏をかすめる飢えをねじ伏せようと、レンはわずかに震える体を強張らせていた。
そこに、足音とともにザックたちのパーティと、救援に向かったシルト村の村人たちが戻ってくる。
「おい、レン、大丈夫か」
ぐったりとした様子で地面に腰を下ろしているレンに気づき、ザックが駆け寄る。レンの顔色は青く、消耗がありありと見てとれた。
「ああ、なんとか……大丈夫だ。それより、ザックたちこそ無事だったのか?」
絞り出すような声で問うレンの視線の先で、ザックたちは激戦をくくり抜けてきた証拠に全身を煤や血で汚し、装備のあちこちが傷つき、ひしゃげていた。
「何とかな。まぁ、無傷じゃねーけど、パーティの連中は全員揃ってる。五体満足だぜ」
ザックはそう言ってわざと大げさに両手を広げ、おどけてみせる。
「それに、シルト村の連中には助けられたよ。一般人なのに、あいつらは肝が据わってやがる」
ザックが親指を立てて笑うと、周囲を取り囲んでいた村人たちから「よせやい」「ザックさんたちがいたからこそだよ」と口々に照れくさそうな声が上がる。
レンの知らないところで、彼らは死線を共にくぐり抜け、確かな絆ができていた。
「お前さんもご苦労な。レンがここにいるってことは、ゴブリンロードを倒したんだろ」
ザックは疲労の残るレンの肩に、手をぽんと置いた。
「レンさん、ありがとう!」
「本当に、冒険者さんのおかげで助かったよ……!」
周囲に集まったシルト村の人々も、口々に感謝の言葉をのべる。今まさに魔獣の軍団に脅かされている最中だというのに、その顔には深い絶望の色はなく、危機を乗り越えた者同士が分かち合うような、活気と活力に満ちた笑顔があった。
その光景をぼんやりと見つめながら、レンは心の中で小さく息をつく。
そっか……俺は、力を使った。あのとき、無我夢中だったけど、暴走だってしたけど……。うん、頑張ったかいはあったかな
犠牲や代償は大きかったけれど、守りたかった人たちの笑顔はまだ守れている。それだけで、少しだけ心が軽くなる気がした。
「他の子供や戦えない奴らは、すでにもう安全な街道まで撤退した。クロエも一緒にな。俺が村へ戻る頃にはもう避難の列に組み込まれてたから、直接顔は合わせてないけど、呪いの元を断ったから、症状は順調に回復したらしい」
ザックもシルト村の人々も、その報告にふっと肩の力を抜く。避難民が無事に撤退できたことそれは、戦場に立つ彼らにとっても戦う意味でもある。
「そうか……、じゃあ残りの仕事は一つだな。最後の仕上げといきますか」
ザックがふっと不敵な笑みを浮かべる。その視線の先、村の背後には、無数のゴブリン軍団が迫っている。
ここからは文字通り時間との勝負。救援が到着するまでこの防衛線を死守するか、それともその物量に蹂躙されるかそれだけだ。
レンはふと思い出したように盾を渡す。
「あ、そういえばザック、借りた盾……すまない。壊しちまった」
差し出されたのは、原形をとどめないほどベコベコに折れ曲がり、ひしゃげた鉄の盾だった。
それを見たザックは、思わず目を丸くして絶句する。
「おいおい……予備を貸したとはいえ、どうやったらこの分厚い鉄盾をここまで完璧にスクラップにできるんだよ!?」
「すまん。でも、こいつのおかげで命拾いした。めっちゃ役に立ったよ。マジでこれなきゃ今頃絶対生きてない」
苦笑いしながらも、大事そうにボロボロの盾の表面を撫でるレンに、ザックは渋そうな顔をして大きなため息をついた。
「はぁ……まあ、無事だったならいいけどよ。おいおい、それじゃレンはもう盾がねえのか? 予備も、これで最後だぞ」
「まあ、仕方ないさ。俺はこの剣で最後まで戦うよ」
レンが静かに引き抜いたのは、ギルドから支給された、何の変哲もない古びた長剣だった。
結局、道中で新しい武器を買う余裕もなく、最後までこの使い古された刃を握りしめ続けることになった。
思えば、この剣がすべての発端だった。
この剣をきっかけにシエルと出会い、数奇な運命に巻き込まれ、災厄の力を手に入れた。
あのとき、鍛冶屋のドワーフに言われた言葉……「自分の武器に、何を求めているのか」か。
当時は意味がわからなかったその問いが今なら答えられる気がする。
強さでも、名誉でもない。
「俺は……守りたいものの為に、剣をふるう」
それはクロエであり、いま背後で生きるために必死にあらがっている村人たちであり、そして、自分自身のためでもある。
自分にとって本当に大事なもの。それを理不尽から守り抜くために、守りたいと思ったものを守る為に、この剣を振るうのだと、レンはそう確信した。




