34話 シルト村防衛戦4
ザックが前衛の盾となり、ミリアの魔法とヴァルの矢が群れを穿ち、ノエルが的確に死角を埋め尽くす。構築された防衛陣は文字通り完璧に機能し、無限に続くかと思われたゴブリン達を押し返していた。
だが、その均衡は唐突に破られる。
狂ったゴブリンの群れが左右へ割れ、進行を邪魔立てするゴブリンを踏み潰しながら、巨体を揺らす影が歩み出た。
青黒い肌、質量、凶悪な牙。現れたのは、B級の危険度を誇る上位魔獣オーガ。しかも、それが3体もの群れをなしてザックたちへと直進してくる。
「おいおいマジかよ……。どうなってやがる、この森は!」
ヴァルが冷や汗を拭いながら矢を連射するが、オーガの厚い皮膚は致命傷には至らない。
「流石に……私たちでも、雑魚を相手にしながらこれは分が悪いかもね」
魔法使いのミリアが唇を噛み、押し寄せる巨体を見据えて呟く。ゴブリンの物量をいなしつつ、B級オーガ3体を同時に相手取るなど、どれほど手練れのパーティであってもこれを裁ききることは難しい。
瞬発的な判断が迫られる極限の戦場。
全員の視線が、揺るぎない信頼として前方に立つリーダーへと集まった。決断を下すのは、ほかならぬザックだった。
「撤退……と、言いたいところだが、あいにくまだ下がるわけにはいかねえよ。ここを突破されたら、後は、まっすぐシルト村だからな」
「じゃあ、どうする気さ?」
「やるしかねえだろ!」
豪快に笑ったザックは、怯むどころか自ら地面を蹴り、B級オーガの巨体に向かって正面から突撃していく。
その無謀とも思える背中を見て、ヴァルはふっと小さく息を吐き、ミリアはやれやれと呆れたように肩をすくめた。ノエルも困ったような、しかし確かな信頼の色を宿した笑みを浮かべて杖を構え直す。
いつものことだと言わばかりに三人は頭を振り、けれど躊躇なくそれぞれの武器と魔法を構えてザックの背中へと続いた。
ザックが走りながら紡ぎ出す、聖騎士の詠唱。
「我が身は盾、我が剣は神の戒め――顕現せよ、裁きの光!」
その声に呼応するように、ザックが握りしめる長剣が眩いほどの神聖な光を放ち始める。それは周囲の魔をすべて払い退ける純白の光。空間に満ちる魔力が雪崩を打つように刀身へと吸い込まれ、極限まで圧縮されていく。
「天罰-ジャッジメント-!」
守りを本懐とする聖騎士において、その中で随一の火力を誇る奥義。
解き放たれた天罰は、突進してくるオーガの群れへと直撃した。
「ガァッ……!?」
凄まじい熱量と魔力がオーガの巨体を呑み込み、分厚い皮膚や筋肉を内側から容赦なく焼き焦がしていく。断末魔の悲鳴を上げる間すらない。凄まじい光熱と衝撃の渦の中で、3体のオーガは文字通り跡形も残さず、光の粒子となって完全に消失した。
あとに残ったのは、ただ静まり返った焦げ跡と、剣を下ろすザックの背中だ。
ただ、強烈な奥義の代償は大きかった。技を放った直後、全身の筋肉が硬直し、ザックはその場から一歩も動けなくなる。
「ヴァル、ミリア! ザックの援護!」
ノエルの緊迫した叫びに、ヴァルが即座に反応した。
「わかってるよ!」
硬直して無防備になったザックの周囲へ群がるゴブリンめがけ、ヴァルが間髪入れずに弓を引く。放たれた矢は正確に敵の眉間を射抜き、突撃の勢いをピタリと止める。
しかし、押し寄せるゴブリンの数はそれ以上の物量だった。遠距離からの一方的な制圧はとうに破られ、戦場は完全に近接乱戦へと突入する。
後衛であるはずの聖職者・ノエルも前へと飛び出る。ヴァルは迫り来るゴブリンの鉤爪を紙一重でかわしながら、弓の速射で至近距離から敵を穿つ。隣では魔法使いのミリアが、本来の詠唱を省き、愛用の杖でゴブリンを物理的に殴り飛ばし、生み出したわずかな隙に零距離の爆裂魔法を叩き込んでいた。
それでも防ぎきれない敵の爪が、メンバーの皮膚を裂き、浅い傷を次々と刻んでいく。
「ぐっ……!」
「かすった……!」
だが、流血の暇すらない。傷を負った瞬間に、ノエルが即座に手元で光を灯し、高精度の回復魔法で皮膚と筋肉を瞬時に再生させていく。前衛、後衛の役割が完全に崩壊した極限の消耗戦。前線の隙を全員で命がけで埋め合う、文字通りの総力戦だった。
「ちょっと、ザックまだ!? もう限界なんだけど!! いっつ、あぁもう邪魔!」
ミリアは迫りくるゴブリンの群れを杖で強引に叩き落としながら、硬直が解けないリーダーの名前を半泣きで怒鳴りつけた。
「すまん、遅くなった!」
痺れを振り切るようにザックが大地を蹴り、ふたたび最前線へと躍り出る。スタン状態から完全に復帰した彼の身体から、敵の意識を強烈に引きつけるヘイトの魔法が爆発的に放たれた。
「ガァッ!?」
「ギッ!?」
分散していたゴブリンたちの赤い目が一斉にザックへと釘付けになり、ザックによりターゲットが綺麗に一本化される。
それだけで戦況は劇的に変わり、ミリアやヴァル、ノエルはそれぞれが本来の距離と役割を取り戻しやすくなった。
だが。
ザックがどれほど強力な壁となろうとも、押し寄せるゴブリンの物量そのものが減ったわけではない。いくらヘイトを集めてなぎ払っても、無限の湧き水のように次から次へと群れが押し寄せてくる。
一息つけるどころか、じりじりと包囲網は狭まり、スタミナと魔力の消耗戦において、パーティは確実に追い詰められていった。
「ザックさーーーん!」
絶望的な物量に押し潰されそうになったその時、背後から切り裂くような叫び声が響いた。
振り返ったザックたちの目に飛び込んできたのは、本来ならすでに避難しているはずのシルト村の人々の姿だった。村へ戻っているはずの彼らが、なぜか武器や道具を手に駆けつけている。
「いまだ!」
誰かの掛け声とともに、頭上から凄まじい音が轟いた。
見上げれば、村の男たちが総出で担ぎ上げた幾本もの巨大な大木が、重力を無視した豪快な軌道を描いてゴブリンの群れへと降り注ぐ。
「危ねっ……!散会!」
ザックはとっさに身を翻し、ミリアやヴァル、ノエルもザックの言葉に大きく跳躍して回避行動をとる。
ドゴッ! と大地が割れるような激震が走り、ザックたちが避けた先、まさにゴブリンたちが群がっていた中心地へと、数トンの丸太の束が容赦なく激突した。
「ギャアアッ!?」
「ブグッ……!」
押し寄せるゴブリン達は、その質量の大木に飲み込まれ、踏み潰されていく。一瞬にして戦場の密度が激減した。
砂煙が舞う中、ザックが舌打ち混じりに声を張り上げる。
「お前ら、村に戻ってろって言ったはずだろ……!」
息を荒くしながら走り寄ってきたのは、先ほどまで共に戦っていた村の男たちだった。その顔には恐怖の色ではなく、仲間のために命を張る覚悟が宿っている。
「ザックさんたちを置いて逃げられるわけないでしょう! それに、村の怪我人や子供たちはもう安全な街道まで逃がしました。あとは……ザックさんたちパーティが全員で戻るだけです!」
男の言葉と、後ろに控える村人たちの表情。
「……そうか」
それを聞いたザックは、渋い顔を作りながらも、どこか嬉しげにふっと笑みをこぼした。
「わかった。ヴァル、ミリア、ノエル! シルト村まで撤退する。最後の大仕事だ! 牽制しつつ撤退、デカいのくれてやれ!」
ザックの指示に、仲間たちが即座に呼応する。
「任せろ!」
ヴァルが矢に魔力をため、追撃しようとするゴブリンに放つ。
「りょ〜かい……!」
ミリアが杖を振るい強力な攻撃魔法でゴブリンの足を止めた。
「村人たちも下がるぞ! つづけ!」
ザックが盾を背負う。ノエルが村の男たちを誘導しながら、シルト村へと続く道を駆け降りていくのだった。




