32話 シルト村防衛戦3
ザックたちが選んだ第二防衛ラインは、地形を活かせる絶好の隘路だった。
左手には険しい急斜面、右手には底が見えない崖がそびえ立ち、その中間に挟まれた道は、人が数人並ぶのがやっとのほどに狭まっている。体格の小さなゴブリンの群れであっても、一度に正面から抜けられるのは数体程度が限界という、まさに関所のような場所だった。
ザックたち冒険者パーティは、その道の最も狭まる一点に陣取り、迫り来るゴブリン軍団を待ち構えている。
「村人たちは村に戻ったか?」
第一防衛戦で戦い抜いた村人たちを村の安全圏まで送り届け、全速力で戻ってきたヴァルが、汗を拭いながらザックに問う。
「ああ。負傷者ともども、いったん休息と次の防衛の準備に入ってもらってる」
「そうか。なら、ここからは俺たちだけでできるだけ時間を稼がないとな」
そう言うと、ヴァルは自分の長剣を引き抜き、全身を覆う重盾を構えた。
背後では、パーティの魔法使いミリアが杖を軽く振るいながら声を弾ませる。
「準備はできてるよ~。いつでもこいって感じね」
前衛で盾を担ぐタンク兼近接のザック、正確無比な射撃を誇る弓使いのヴァル、広範囲や一撃で敵を薙ぎ払う魔法使いミリア、そして前衛の盾役を支えつつ全員のリソースを管理する聖職者ノエルそれが、ザックたちベテラン冒険者パーティの構成だった。
「まあ、さっきはみよう見まねで村人の指揮なんて大役もやったが……やっぱり俺たちは、こっちの仕事が本業だ」
ヴァルは重厚な盾を地面に突き立て、不敵に笑ってみせる。
「俺がこの道でタンクを張る。ヴァルとミリアは引きつけてる奴らを叩き落としてくれ。ノエルは俺の回復と、二人のマナの管理を頼むぜ」
「ええ、わかったわ。無理はしないでね。限界が来る前に撤退よ」
聖職者のノエルが静かに、しかしはっきりと告げる。
「ああ、わかってるさ。そこは一番仲間の体力を把握できているノエルが判断してくれ。俺は止めるのが精一杯で、周りを見る余裕なんてねえからな」
「任せて。わかったわ」
狭い隘路の向こう側から、再び地鳴りのような足音と、焼けた肉の悪臭を伴った緑の群れが姿を現し始める。
炎をくぐり抜け、狂ったゴブリンたちが、この隘路へと足を踏み入れようとしていた。
あの激戦でも一向に減ったように見えない絶望的な物量を目の当たりにしても、ザックたちは怯むどころか、むしろ不敵な笑みを浮かべた。
「さあ、かかってきな……!」
ザックは身の丈ほどもある中型の重盾をしっかりと前に構え、重心を低く落とす。
その瞬間、背後で控えるノエルの両手から淡い光が放たれ、ザックの体へと吸い込まれていった。直後、黄金色の魔法の光がザックの全身を包み込む。ノエルによる肉体強化と耐久力を飛躍的に高める付与魔法だ。
さらに、ザック自身の元聖騎士としての魔法、鉄壁を発動し、その肉体と装備の防御力を底上げする。
狭き関所での第二防衛戦の火蓋が切って落とされた。
ザックは、身の丈ほどある重厚な盾をしっかりと構え。そのまま力任せに、ゴツゴツとした岩肌の地面へと叩きつけた。
「《プロヴァーク・ヴェル》ッ!」
ガインッ!! と、耳をつんざくような激しい金属音が狭い隘路に響き渡る。
ザックの魔力を帯びたその一撃は、ただの衝撃音ではない。高周波の魔力波を纏った不快な金属音が、突進してくるゴブリンたちの耳の奥へと鋭く突き刺さった。
「キィッ……!?」
「ギギャッ!?」
その瞬間、後方のミリアやノエルに目を向けていたもの、あるいは周囲のゴブリンたちの瞳が、一斉に血走ったように変わる。
狂乱し、統率を失っていたはずの緑の群れの意識が、まるで目に見えない糸に引っ張られるかのように、完全にザックという一人の存在へと釘付けになった。
ザックが放った、強制的に敵視を一点に集中させるタンクの魔法。
「いいぞ、かかってきな……! この通路、一歩も通さねぇよ!」
他の誰にも向かわず、すべての殺意と質量が正面の盾へと集中する。隘路の入り口で身構えるザックは仲間の信頼とともに迫るゴブリンに集中する。
激突!
狂乱の群れがそのままの勢いでなだれ込み、ザックの構える重盾へと複数のゴブリンが文字通り押し潰すように群がりつめ寄る。
ガガガガッ! と、凄まじい衝撃と爪が引っ掻く音が狭い空間に反響した。
だが、ザックの防備は堅かった。盾そのものの防御力に加え、ノエルから付与された魔法と自身の魔力によって、ザックの周囲には薄く広い透明な防御魔法の膜が幾重にも展開されている。
盾の範囲外から回り込もうとしたゴブリンたちも、目に見えない強固な壁に阻まれ、何もないはずの空間へと勢いよく激突してぐしゃりと嫌な音をたてた。
「おらっ……!」
全身に伝わるすさまじい衝撃を受け止めながら、ザックは一歩も引かない。
衝突の反動でバランスを崩し、防御魔法に弾かれて無防備となった目の前のゴブリンの隙を見逃さない。
「おらよ!」
乾いた肉を断つ音とともに、ゴブリンの首元が綺麗に薙ぎ払われ、宙へと緑色の血飛沫と首が舞い上がった。
ザックが絶対の壁。その鉄壁のヘイト管理と防御があるからこそ、背後の二人は身を守る必要すらせず純粋な火力へと特化することができた。
「隙だらけね……《フレイム・ランス》!」
ミリアが繰り出した灼熱の槍が、狭い隘路を一直線に駆け抜けるゴブリンの群れを数体まとめて文字通り串刺しにし、爆炎とともに吹き飛ばす。
さらに、その爆風でバランスを崩した隙を、ヴァルの放つ鋭い矢が寸分違わず捉えていく。
ザックの背中に身を隠す必要すらなく、ただ目の前の敵を射抜くだけの作業。弓と魔法の純粋火力が、隘路に殺到するゴブリンたちを瞬く間に次々と掃討していく。
狂乱の群れであっても、この防衛と火力の連携の前には、一歩も前に進むことが許されない。
前衛で無数の衝撃を一身に受け止めるザックの背後で、ノエルは一瞬たりとも気を抜くことなく、パーティの生命線を支え続けていた。
「ザック、切れるわよ――《プロテクト》!」
効果の切れかけたバフ魔法を絶妙なタイミングで再付与し、魔法でその肉体を再び強固に覆う。防衛の合間を縫って掠めた傷口は素早い回復魔法で瞬時に塞ぎ、戦線の崩壊を許さない。
さらに、ただの支援に留まらず、要所では聖属性の光弾を放って敵の動きを的確に撃ち抜く。
純粋な殲滅力こそミリアやヴァルには劣るものの、着実にゴブリンの数を削り、パーティの隙を完璧に埋め尽くす。
絶望的な物量を前にしたこの極限の戦場において、彼女こそが、この冒険者パーティを内側から支える揺るぎない支柱だった。
第二防衛戦は、ザック達の完璧な連携によって見事に敵の猛攻を押し留め続けていた。




