3話 冒険者ギルド
クロエの案内を受けてたどり着いたのは、重厚な石造りの大きな建物だった。
扉を開けると、いかにもファンタジーにやってきたという実感がわく。
広々としたロビーのような空間には、あちこちに頑丈そうな木製のテーブルと椅子が並べられている。昼前だというのに、すでに多くの冒険者たちが朝から気怠そうにエールを飲み交わしていたり、手入れの行き届いた剣や杖を布で拭いていたりした。
壁一面に貼り巡らされた掲示板には、無数の依頼書が所狭しと並んでいる。冒険者たちが群がっては目当ての紙を剥ぎ取っていく。
「あそこが受付よ」
クロエに促されて足を進めると、窓口の奥にいた女性がこちらに気づき、軽く手を上げて微笑んだ。
「あら、クロエさん。こんにちは」
「やっほー、ルチア。新人連れてきたわよ!」
そう言って、クロエは背中を押すようにレンをぐいと前に引っ張り出す。
「昨日この街に着いたばかりのやつなんだけどさ。最近、魔獣のせいで人手不足ってぼやいてたでしょ? だから連れてきてあげたの。まあ、戦力になるかは怪しいけど、荷物持ちの雑用くらいなら使えるんじゃない?」
相変わらず強引で、勝手な理屈を並べるやつだ。しかし、当の窓口の女性……ルチアと呼ばれた人は、クロエの言葉にパッと顔を輝かせた。
「本当ですか! 新しい仲間は、誰でも大歓迎です!ギルドカードは持っているでしょうか?」
ルチアはキラキラとした期待に満ちた目で、レンをじっと見つめてくる。その熱量に、レンはわずかに気圧されながらも口を開いた。
「あー、それがさ」
レンは苦笑いしてると、隣でケラケラと笑うクロエをちらりと一瞥すると口を挟んでくる。
「なんかこの人、昨日この街に放り出されたとか、訳の分からないことを言ってるの。だから、私の名義を貸してあげる代わりに、新しく作ってあげて?」
それを聞くとルチアは残念そうな顔を一瞬すると、すぐに元の仕事モードに戻った。
「そういうことでしたか。承知いたしました。では、少々お待ちくださいね」
ルチアは手際よく手続きの準備に入ると、カウンターの下をごそごそと漁り、真鍮製のような小さな金属プレートを取り出した。
「こちらが、仮登録のギルドカードになります。……手続きの前に、冒険者のルールや仕組みについての説明は必要でしょうか?」
「いや……実は、何もかもが初めてでさっぱり分からないんだ。できれば、冒険者ギルドがどういう場所なのか、一から教えてもらえるとすごく助かる」
レンの言葉に、ルチアは「かしこまりました!」と快く頷き、丁寧なトーンで説明を始めてくれた。
「冒険者の等級についてですが、下はD級から上はA級まで分かれています。さらに、そのA級をも凌駕する者たちは英雄級と呼ばれていて……ここまでくると、文字通り国家をたった一人で滅ぼせるほどの規格外の怪物たちですね」
ルチアは真剣な面持ちでそう前置きをすると、手元の書類を指し示した。
「主な任務は、薬草や素材の採取、害獣や魔物の討伐、そして商隊などを守る護衛の三つです。壁の掲示板に貼ってあるクエストの羊皮紙を剥がして、こちらの窓口まで持ってきてくだされば、その場で依頼を受諾できます」
「当然ですが、依頼にはランクごとの難易度が設定されています。無謀な事故を防ぐためにも、必ずご自身のランクに合ったものを選んでくださいね。無事に任務を終えたら、またこの窓口に戻ってきてギルドカードを提示していただければ完了となります」
「それと……とても大切なことなのですが」
ルチアは少し真剣な声音で続ける。
「万が一、依頼を失敗したり放棄したりした場合は、重大なペナルティとして罰則金が科せられますので、そこの管理は十分にお気をつけくださいね」
そう注意を促した瞬間、ルチアはなぜかチラリと、隣に立っていたクロエの方へ視線を走らせた。
向けられたその視線の先で、クロエは気まずそうに目を泳がせ、頬をポリポリと掻いていた。
「な、何よその目は! 私だって、い、色々あるのよ色々!」
クロエはバツが悪そうにぷうっと頬を膨らませる。
そんな彼女の慌てふためく様子に、思ってた以上に子供ぽいとこあるんだなと、レンは思わず笑いを漏らした。
一通りの説明を終えると、ルチアはふっと柔らかい笑みを浮かべ、レンの顔をのぞき込んだ。
「ここまでで、何か分からないところや、気になるところはありましたか?」
「ファンタジーのお約束だな……」
思わずそんな言葉が口を突いて出る。元の世界の記憶にあるフィクションの光景が、今まさに目の前で現実のものとなっている。少しだけ、ワクワクしたテンションが上がっていくのを抑えられない。
「ああ、大丈夫だよ。よろしく頼む」
「承知いたしました。それでは、クロエさん。こちらへ署名をお願いします」
ルチアはそう言うと、手渡された小さな真鍮のプレートにそっと手をかざした。
……ヴウン、と低く重い駆動音が響き、プレートの表面に淡い光の文字が浮かび上がってくる。
「はいはい、っと」
クロエは気だるげに片手を突き出すと、その指先を赤く妖しく光らせ、空中に流れるような文字をサラサラと書き殴った。
……目の前で繰り広げられる、本物の魔法。
「なによ、レン。まるで生まれて初めて魔法を見たみたいな顔をしてさ」
「えっ、あ、まあ……」
不審に思ったのか、クロエは怪訝そうに眉をひそめて首をかしげた。
「さ、次はレンさんの番ですよ。そこのプレートに指先を置いて、魔力を通してくださいね」
ルチアに促され、レンはごくりと唾を飲み込む。そんな事を言われても、生まれてこの方、魔力なんてものを意識したことすらない。どうやればいいんだ?
「難しく考えないでさ、手に熱を集中させる感じで魔力を溜めればいいのよ」
アドバイスに従い、俺は言われるがままに目を閉じ、右手にぐっと意識を集中させてみる。
……と、その瞬間だった。
体の奥底、胃のあたりからドクンと心臓が跳ね上がり、熱いエネルギーが沸騰したマグマのように一気に駆け上がってきた。何か底知れない力が、手のひらの内側へと押し寄せてくる。
「っ……!」
思わず歯を食いしばり、さらにぐっと手に力を込めた。
次の瞬間、レンの右手のひらから、バチバチッ! と、青白い稲妻のような激しいスパーク音が弾け飛んだ。
「な、ちょっと待て……!?魔力 (マナ)を手にちょっと溜めるだけよ、抑えて、魔力が暴走してる!」
それまで余裕の表情を浮かべていたクロエが、青ざめた顔で一歩後ろへ飛び下がる。ルチアも「きゃっ!」と声を上げてカウンターの奥へ身を引いた。
「す、すまん……! やり方が……!」
言われて止めようとするが、溢れ出したダムの決壊のように、魔力はもう俺の制御を離れていた。出し方は分かっても、エネルギーの止め方なんて誰も教えてくれていない。
手のひらから集まった強烈な光が、臨界点を突破する。
ドカンッ!!
轟音とともに、ギルドのロビーが一瞬で強烈な閃光に包まれた。
視界のすべてが真っ白に染まり、レンの意識は暗闇へと沈んでいった。
「……。とんでもない大物を連れてきちゃったみたい」
遠ざかる意識の中で最後に聞こえたのは、呆れ返ったような、しかしどこか面白がるクロエの笑い声だった。




