27話 作戦会議
「みんな、ありがとう。そして……すまない」
レンはゆっくりと、しかし深く頭を下げた。
「俺一人では、絶対に無理だ。……シルト村の力を、貸してほしい」
その言葉を聞いた瞬間、村人たちは、気まずそうに顔をそらしながらも、次々と力強く前を向いた。
「なに言ってやがる、当たり前だろ!」
「いや、こっちこそ……さっきはカッとなって悪かったな、兄ちゃん!」
「俺たちのシルト村だ、俺たちの手で絶対守り抜いてやる!」
「道具なら用意する! 何でも協力するから言ってくれ!」
湧き上がる力強い声援と、互いの肩を叩き合う村人たちの姿。そ先ほどまでの絶望と恐怖をすっかりと押し流した。
ガディが広げた手製の地図を囲むように、レンとシルト村の男たち、そして戦いに名乗りを上げた住民たちが身を寄せ合う。
「まずは、皆に期待を抱かせたようで悪いが……ゴブリンたちとは極力戦わない。これが大前提だ」
レンの口から告げられたその予想外の言葉に、村人たちの間に戸惑いと不満の空気が走る。しかし、レンは動じることなく言葉を続けた。
「俺が戦えるといっても、皆さんは普段は非戦闘員だ。いくらやる気があっても、魔獣と真正面から肉弾戦になればまず勝てない。だからこそ、極力戦わないで勝つ方針で行く」
「戦わないで、どうやってそんな大軍に勝つんだ……?」
疑問を投げかけた村人に、レンは地図の一点を指し示しながら説明する。
「取るべき戦術は防衛戦だ。このシルト村の地形を活かした防衛陣地を築き、アイゼンヴェールからの援軍を待つ。すでにガディさんには街やギルドへの早馬を頼んでもらっているが……山を挟んだ向こう側だ。到着にはどうしても時間がかかる。それでも、俺たちが生き残り、勝つための道はこれしかない」
「もしも、街の軍やギルドに見捨てるような判断をされたらどうするんだ……? そんなの賭けすぎじゃないか」
切実な不安を訴える声に、レンはわずかに表情を和らげ、力強く首を横に振った。
「街の正規軍はともかく……少なくとも、一人だけは絶対にここへ来てくれる確信がある。その人が来さえすれば、ゴブリンが何匹いようと問題にならない」
脳裏に浮かぶのは、冒険者ギルドのギルドマスターの顔だ。あの人さえ駆けつければ、ゴブリンが大量にいようと一網打尽にできる。何より、今この村にはクロエがいるのだ。彼女がいるかぎり、あのマスターが動かないはずがない。レンの中には確かな確信があった。
レンの脳内で、これからの動きが三つの明確な段階へと整理されていく。
「作戦はこうだ。三つのフェーズに分ける」
地図を指し示しながら、レンは集まった村人たちに向けてはっきりと告げた。
「第一フェーズは、後方への避難と物資の集約。戦闘力のない子供、女性、お年寄りを速やかにアイゼンヴェールへ避難させる。これはガディさんが率いてくれ。それと並行して、村内に残る食料や使える武器、道具をすべて中央、村長家に集約する」
ガディが力強く頷く。
「第二フェーズは、要塞化の構築。この村には豊かな木材がある。手作業に長けた人たちがたくさんいる。敵の足を遅らせるための防衛陣地と、罠を急ピッチで造り上げるんだ」
周囲の村人たちから、「まかせろ」「木材ならいくらでもある!」と頼もしい声が上がる。
「そして第三フェーズ、籠城と持久戦だ。敵が押し寄せてきても正面から無駄なぶつかり合いはしない。作った罠と陣地で徹底的に足止めし、アイゼンヴェールからの援軍が来るのを耐えて待つ」
そこまで言い切ると、レンは一度言葉を切り、ぐっと自分の拳を握りしめた。
「……問題は、ゴブリンロードだ」
その名が出た瞬間、場の空気がわずかに重くなる。化け物を、誰が抑え込むのか。
「これは、俺が止めるしかないだろうな。……正直に言って、うまくいくかなんて分からない。手数は足りなすぎるし、あんな化け物とタイマンを張って勝てる保証もない」
弱音ではない。戦力分析としての事実だ。持っている魔道具も、自身の剣技も、ゴブリンロードの圧倒的な魔力の前には頼りなく思える。
「それに伴ってもう一つ、最重要の作戦がある」
レンは地図の東側、かつて村長から聞かされていた伐採場。転送小屋のある一角を指し示した。
「ゴブリンどもは、東側の転送装置を使ってこの村の伐採場へ直接兵を送り込んでくる可能性が高い。だから、奴らが転送してきたその瞬間を狙って、俺が奇襲をかける」
奇襲の狙いはただ一つではないと、レンは続ける。
「ゴブリンロードは、統率者特有の強いプライドを持っている。部下を先陣として送り込むような真似はせず、おそらく奴が一番最初に転送されてくる可能性が極めて高い。……そこを叩く」
敵の総大将の首を、陣営が展開しきる前のまさに端緒で直接刈り取る。それがうまくいけば一気に戦局を覆せるが、もし読みが外れれば、転送されてきた無数のゴブリンの群れの中にたった一人で飛び込むことになる。
「それは……ある種の賭けだな」
「ゴブリンロードが転送しきった直後、その転送装置自体を完全に破壊する。そうすれば、敵の侵攻ルートは南の洞窟側の陸路に一本化できる。さらに、軍団を率いる統率者、ゴブリンロードを俺が釘付けにする。指揮官を失ったゴブリンの群れはただの烏合の衆だ。そうなれば村人たちだけでも十分に防衛線を耐え抜くことができるはずだ」
戦況をひっくり返すための一手。しかし、その言葉にガディの顔が険しくなった。理屈が分かっても、そこには埋めがたい致命的な懸念があった。
「ま、待ってくれレン殿……! レン殿がたった一人でゴブリンロードを相手にするなら、それじゃあ、誰がこの村の防衛戦を率いるんだ? 無論私たちも全力で戦う。ただ皆、本格的な実戦なんて初めてだ。パニックを起こす奴がいないとも限らない」
ガディの言う通りだった。
レンが東の伐採場へ単身赴き、ゴブリンロードを足止めし、さらに転送装置を破壊している間、村の防衛網を指揮するリーダーが不在になってしまう。初めての死地を前にした村人たちが恐怖で崩壊すれば、いくら罠や陣地があってもひとたまりもない。
「……そうだな」
レンは歯噛みした。自分の手数は常に足りていない。ゴブリンロードを討つことと、村の指揮を執ること。その両方を一人の人間にこなすことは物理的に不可能だった。
張り詰めた空気が支配する広間に、不意に気だるげで、それでいて場違いに軽い声が響いた。
「おーい、何やってんだ、この大人数で? 随分と深刻そうな顔してさ」
レンは振り返る。その視線の先、広間のすぐそばに立っていたのは、無造作に伸ばされたボサボサの黒髪に、無精髭を生やし長剣を担いだ男。
その後ろにも、弓を手にした斥候風の男や、杖をついた魔法使い、回復魔法が使える聖職者の姿が見える。
レンは、その顔を見た瞬間に大きく息を呑んだ。
「……ザック……!」
そこに立っていたのは、冒険者ギルドから同じくこの地方へ派遣されてきたC級冒険者、ザックとそのパーティだった。
「なんだよ、そんな驚いた顔して。お前たちがゴブリンの調査でこの辺りに出張ってるって聞いたからよ。ギルドマスターに頼まれて様子見に来てやったんだぜ」
からかうようにヘラっと笑ってみせるザックだが、その鋭い目は皆のただならぬ気配や、レンの姿をしっかりと捉えていた。
「ちょうどいい時に来てくれた……!」
レンは思わず駆け出しそうになる足を堪え、ザックのパーティを見据えた。
「最後のピースが揃った」
レンは呟くと、ぐっとこぶしを握り締めた。
「ザック、よく来てくれた。状況を後で説明する……力を貸してくれ」
ただ事ではないレンの鬼気迫る気配を察し、ザックはそれまでの軽口をぴたりと引っ込めた。彼らのパーティもまた、熟練の冒険者なのだ。
「……事情はよく分かんねぇが、俺たちは何をすればいい?」
ザックがニヤリと不敵に笑い、剣の柄に手をかける。
役者は揃った。
村を守り、クロエを救うための戦いが、いよいよ幕を開けようとしていた。




