24話 ゴブリンロード
ゴブリンロードの術に掛けられたのだろう。クロエの呼吸は浅く、身体は見るからに衰弱しきっていた。
レンは震えるクロエの身体を自らの胸元へとぐっと引き寄せ、しっかりと腕に力を込める。
「レン……っ」
「大丈夫だ。俺が絶対に守る」
力強く告げたレンの周囲を囲むように、ゴブリンたちが、再びじわじわと詰め寄ってくる。その中心で、ゴブリンロードが忌々しげに顔を歪めた。
「げへへ……。お前は……さっき、あいつをブチ殺したあのときの人間だなぁ?」
「……ああ、そうだよ。それがどうした」
「あれはまだ失敗作だった。だが、だが、そこらの雑魚どもとは比べ物にならないほど純度のいい、最高傑作の礎になるはずだったのだよ……!」
ゴブリンロードは狂気に満ちた笑みを浮かべる。
「それを……! お前が、お前がすべてブチ壊しやがった!」
「知るかよ。つーか、お前ももう少し分かりやすい格好くらいしとけよ。そこらの汚いゴブリンと見分けがつかなかったぞ」
せせら笑うようにレンが吐き捨てる。
その言葉が余程逆鱗に触れたのか、ゴブリンロードの顔が怒りと屈辱で真っ赤に歪んだ。
「き、貴様……っ! この、この私を、この私を!こんな下等生物とおなじにするなああぁぁっ!!!」
絶叫とともに、ゴブリンロードは狂乱して近くにいた手下のゴブリンの頭を掴み上げた。
グシャッ。
熟れた林檎でも潰すような生々しい音とともに、ゴブリンの頭蓋が握りつぶされ、鮮血が周囲に飛び散る。その残虐性と異常なまでのプライドの高さに、群がっていた他のゴブリンたちさえも恐怖に身を縮こまらせた。
「やつをころせええっ!!」
ゴブリンロードが血走った目を剥き出しにし、唾液を盛大に飛ばしながらレンたちを指差して絶叫する。
その命令に呼応するように、周囲を取り囲んでいた無数のゴブリンたちが、恐怖と殺意を剥き出しにて一斉に飛びかかってきた。
無残に引き裂かれる二人の末路を想像したのか、ゴブリンロードの口元には下劣で嗜虐的な笑みが浮かんでいる。
だが。
「ばーか。何も準備もせずに、ノコノコ飛び込んで来るかよ」
レンは冷ややかな笑みを浮かべる。
瞬間、地面から眩い光が立ち上る。魔力で編み上げられた光の紐状の縄が、一斉に飛び出してゴブリン達の四肢を縛り上げ地面へと叩き伏せる。
それは、レンがこの地下へと侵入するさいにばら撒いておいた設置型の拘束魔道具だった。
急ごしらえの代物ゆえに効力は数秒も持たない。だが、奇襲を受けたゴブリンたちの足止めとしては、これで十分すぎるほどの効果だった。
「なっ……!?」
突然の罠に動きを封じられた群れの中心で、ゴブリンロードが驚愕に目を見開く。しかし、完全に油断しきっていた今こそ、完全な無防備な的だ。
「ほら、お前の忘れ物だ。返してやるよ」
レンは素早く腰だめに構えると、手元にあった片手斧を、投げ放った。
風を切り裂いて一直線に伸びた軌道は、驚愕に固まるゴブリンロードの左目へと迷いなく突き刺さる。
「ぐぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」
深々と斧を顔面に食い込ませ、ゴブリンロードがたまらず凄まじい絶叫を上げてその場でのけぞる。
致命傷を負ってもがき苦しむゴブリンロードと、混乱の渦に陥ったゴブリンの群れを尻目に、レンは素早く身を翻した。
「捕まってろ、クロエ。行くぞ……!」
「うん……!」
苦しげな息を吐くクロエを再びしっかりと両腕で抱き上げ、レンは光の縄がほどける直前のわずかな隙間を縫い、地下洞窟を脱出する。
薄暗い洞窟の中、わずかな光を頼りに、レンは足を動かした。
洞窟の構造はおおまかに把握できている。あの転送によって送られたのは、この洞窟のすぐ近くだった。ガディが地図を広げながら注意していた……南側の廃坑。
レンは懐から道中で回収しておいた魔道具を取り出す。
採掘用の魔道具だ。内部には炎の魔力が圧縮されており、起動すれば周囲を巻き込んで激しい炸裂を引き起こす。まともに起動するかどうかは賭けだったが、背後から迫る足音を聞けば迷っている余裕などなかった。
追ってくるゴブリンの群れではなく、レンは魔道具を低い洞窟の天井めがけて力任せに投げつけた。
ドッ!
岩盤の天井に激突した瞬間、魔道具が爆発を起こす。耐えきれなくなった天井が砕け散り、凄まじい土砂と巨石の雪崩が通路を塞いだ。運悪くその真下を通りかかっていた追手のゴブリンたちは、逃げる間もなく崩落した岩の下敷きになる。
「これで、いくらかの足止めにはなる」
完全に塞がれた通路の向こうから、ゴブリンたちの苛立たしい絶叫と怒りの声がくぐもって響いた。
そのまま全速力で駆け抜けると、前方の視界が急に開けた。閉塞感に満ちた地下から、外へと飛び出す。念のため、崩れかけた洞窟の出口そのものにも残りの魔道具を仕掛け、瓦礫で出口を塞ぐ。
あいつらには土魔法を操るゴブリンロードがいる。あの崩落くらいじゃすぐに道を掘り返されるかもしれないが……それでも、時間を稼ぐには十分だ。
「洞窟は抜けた。シルト村までは……もうすぐだ、耐えてくれクロエ!」
「…………」
胸元に抱えたクロエが震える手でしっかりとレンの衣類を握りしめた。だが、その吐息は信じられないほど熱く、そして荒い。
この状態は……ただの疲労じゃない。呪いの類いだ……。
頭の中で最悪の可能性がよぎる。身体を蝕む呪いを完全に浄化し、解呪する方法は限られている。アイゼンヴェールの聖堂で高位な祝福を受けるか、あるいは………呪いを発動させた元凶であるゴブリンロードを討ち果たし、術を断ち切るしかない。
しかし、先ほど深手を負わせたとはいえ、不意打ちだからできたのだ。完全に構えているゴブリン軍団に再び踏み込むなど、丸腰に近い状態でできるはずもない。アイゼンヴェールにだって、クロエの衰弱スピードを思えば間に合うかわからない。
「くそっ……!」
八方塞がりとなった現実に、レンは歯噛みしながら悪態を吐き捨てることしかできなかった。




