18話 side: レイモンド・ヴァルハルト
「では、レイモンド。報告を」
薄暗い地下の一室。冷たく青白い魔石が、重々しく明滅している。部屋の中央に置かれた四角い箱。その中心に嵌め込まれた魔石から投射された無数の影が、直立するレイモンドを取り囲むように映し出されていた。
「はい。現在、災厄はなおも捜索中であります。アイゼンヴェールの街に潜伏しているところまで居所を掴み、追い詰めることには成功しましたが……取り逃しました」
「なにをやっている! 確実に回収する絶好の好機だったはずだぞ!」
投射された影の一つが、激昂した声で怒号を飛ばす。
「これでは明確な責任問題になりますな、レイモンド卿」
「まったく、聖騎士団の精鋭が神具まで持ち出しながら、みすみす逃すとは」
非難の声が次々と浴びせられる。だが、レイモンドはそれらをすべて無言で受け止め、微動だにせず正面を見据えていた。
「まあ、待て。何か理由があってのことだ。レイモンドがただ取り逃すとは思えん。理由を聞かせてもらおうか」
ひときわ大きな影が、周囲の喧噪を制するように低い声を響かせた。
「はっ。……二つの異分子が介入しました」
「異分子、だと?」
「一つは、裏社会の裏ギルドの存在です。現場には、赤血の処刑人レゼが介入しておりました」
その名が出た瞬間、投影された影のいくつかがざわめき立った。
「あ、あの赤血の処刑人だと……?」
「よりによって、あの悪魔が……」
「やはり、あの時裏ギルドごと根絶やしにしておくべきだったのだ!」
「いや、裏の仕事を片付けるには連中が必要不可欠だぞ」
「それは貴様の都合だろうが、悪評が絶えんぞ」
「なんだと……!」
「静まれ!」
大きな影の一喝が響き渡り、室内のざわめきがピタリと鎮まる。
「続けよ。それだけではないのだろう、レイモンド」
大きな影は、レイモンドの態度にまだ何かあることを見抜いているようだった。
「もし、あの災厄が裏ギルドの手に渡っていたとしたら……我が王国の命運は、今頃ただでは済まないでしょう」
その可能性に気づいた瞬間、再び影たちがどよめいた。それは単なる怒りではなく、隠しきれない動揺と、底知れぬ恐怖の伝播だった。
「災厄が裏ギルドに利用されるなど……!」
「な、なんだと……!」
「ひぃ……っ」
「ここ数ヶ月、あの事件以降、災厄の足取りは途絶えたままです。我々としても、裏ギルドへの水面下の交渉や、怪しいアジトの殲滅工作は行ってきている。だが、連中の拠点を探っても、今のところ災厄に関する確たる情報は一切掴めていない」
レイモンドは静かに息を整えると、淡々と言葉を続けた。
「つまり今回のレゼの介入は、組織全体の動きではなく単独での犯行。もしくは、裏ギルドの一部による独断で行われた可能性が高いと見ています」
レイモンドは静かに言葉を継ぐ。
「ほう……。では、あの赤血の処刑人の狙いは一体どこにあるのだ?」
「現時点では、レゼ自身の真の目的は不鮮明です。ですが、我々としても引き続きその行方と動向を極秘裏に捜索させています」
影の一つ一つ、互いに疑わしげな視線を向けるかのように魔石の光をわずかに揺らした。
「それでは、結局何も分かっていないのではないか」
冷ややかな声が、地下室の静寂を切り裂く。
その言葉を待っていたかのように、別の影が嘲笑うようなトーンで畳みかけた。
「まったく、聖騎士団も地に落ちたものですな。神具まで持ち出しながらこの体たらく。これではただの穀潰しと言われても弁解できまい」
次々と浴びせられる痛烈な批判に対し、レイモンドは眉一つ動かさず、ただ静かに視線を伏せたまま耐える。
「……批判は甘んじて受けましょう。ですが、情報が一切ないわけではありません」
「ほう……」
「これはもう一つの異分子とも関係するのですが……偶然その場に居合わせた、一人の冒険者が災厄に接触しました」
「つまり可能性としては二つ。一つは、単純に災厄が再び逃走したという可能性。そしてもう一つが……接触のあったその冒険者に、新たな器として適合してしまった可能性です」
「器だと? 馬鹿な、それは誠か? ただの冒険者ごときに、災厄を宿すほどの許容があるとは思えんが」
「あくまで可能性の範疇を出ません。我々としても、その確率極めて低いと踏んでいます。現在もあの冒険者の動向は監視対象として観測させていますが、今のところ災厄としての覚醒や、それに類する予兆は一切確認されていません」
大きな影は深く、そして重苦しいため息を吐き出した。
「結局のところ……災厄の捜索は、またしても振り出しに戻ってしまったか」
「……ふむ。わかった。その冒険者を監視しつつ引き続き、白銀聖騎士団は災厄の捜索を行え」
「はっ」
「それと、もう一つだ。……最近、隣国が何やらきな臭い動きを見せている。そちらの動向の注視も厳重に行うように」
「承知いたしました」
レイモンドが深く頭を垂れたのを合図に、部屋の中心に置かれた魔石から放たれていた青白い光が、ゆっくりと収束していく。
無数の影たちが音もなく消え去り、地下室には再び重苦しい静寂と、冷たい闇だけが残された。
「で、どうだった?」
地下の密室から重い扉を押し開けて出てきたレイモンドの背中に、壁にもたれかかっていたジークの声が投げかけられた。
レイモンドは小さく息を吐き出すと、やれやれと言いながら大げさに肩をすくめてみせる。
「……陛下の慈悲に助けられてしまったよ」
「そうかい。絞りカスも残らないほど詰められたのかと思ったがな」
ジークが皮肉っぽく片眉を上げる。
「このまま王都へ帰還でもしていれば、謹慎じゃ済まなかっただろうな。しばらく状況が落ち着くまで、この辺境の地に留まっていろ、ということだ。まあ、実際この周辺は魔獣の動きも活発化しているし、きな臭い噂も絶えない。しばらくはこの街を拠点に動くのが賢明だろう」
「まあ、俺としてはどこで腕を振るうのも変わらんから構わんがね」
ふっと不敵な笑みを浮かべるジークに、レイモンドは鋭い視線を向けた。
「ジーク。お前は引き続きあの計画を進めてくれ。準備はどうなっている」
「了解した。滞りなく進めているさ。……あちらの玩具も、いい具合に動き出している頃だろ」




