16話 村長
「多分あれが村長の家だろう」
レンが指差した先には、村の中心部に位置する一軒の家があった。他の建物と比べて特別大きいわけではない、質素な二階建てだ。ただ、そのすぐ傍らには集会所としての機能も兼ねているのか、連絡網や通達を貼り出すための小さな掲示板が立てかけられている。
二人が足音を立てて近づくと、その気配に気づいたのだろう。木製の扉が開き、くたびれた身なりの初老の男が姿を現した。
「おや、あなたたちは……」
「俺たちは、アイゼンヴェール冒険者ギルドから依頼を受けてきた冒険者だ」
レンがハッキリと告げると、老人の顔にぱっと顔を明るくした。
「おお……! 冒険者様! よくぞ、よくぞこのシルト村においでくださった! 私はこの村の村長をしております、ガディと申します」
そう言ってガディは、深く皺の刻まれた手を差し出してきた。
「俺はレン。こっちはクロエだ」
レンはその差し出された手をしっかりと握り返す。かさついた手のひらから、この村が背負ってきた苦労や焦りが伝わってくるようだった。
「若いお方たちですが、本当に頼もしい。いや、魔獣どものせいで我々は本当にとんと手を焼いておりましてな……」
「村の人に少し話を聞いた。村の近くどころか、中まで被害が出てるみたいだな」
レンの問いに、ガディは深く溜息をつき、顔を曇らせた。
「はい……。ここ半年ほどでしょうか。最初は森の周辺で見かける程度だったのが、最近ではこうして村の敷地内にまで魔獣が降りてくるようになってしまいました」
言いながら、ガディは痛む頭を押さえるようにこめかみを押さえる。
「人的被害も出ているのか?」
レンが踏み込んだ問いを投げると、ガディは複雑そうな顔をしながらゆっくりと首を横に振った。
「今のところ、命に関わるような大きな人的被害は出ておりません。ただ、見回りの際に使っていた森の作業小屋が壊されたり、端の方にあるわずかな農地が荒らされたり……そういった被害が相次いでいます」
「ん? 農作物を荒らされている、のか? ゴブリンの癖に?」
「はい。以前も、運悪く畑の近くに現れて荒らされることはゼロではありませんでした。ただ、そもそも我が村は林業がメインで、自給自足分のわずかな農地しかありません。以前なら、何度か森を荒らした後に「ここには大して取るものがない」と分かれば、連中も自然と寄り付かなくなったのですが……」
「今回はそれが違います。取るものがないと分かっているはずなのに、しつこく、何度も農地や畑を踏みにじっていくんです。それがどうにも、気味が悪くて……」
「なるほど……クロエ何かわかるか?」
「うーん、何だろうね。お腹がすいたとか? あいつら、数だけは無駄に多いしさ」
クロエは不気味そうに首を傾げ、嫌そうに小さく身震いした。
確かに、ただ数が増えすぎて食い扶持に困っているだけなら、これまで通り山中の獣を狩るか、あるいはもっと手近な村を襲うはずだ。しかし、このシルト村を執拗に狙う理由がそれだけとは思えない。
「……ただの食糧調達や、気まぐれの略奪にしては引っかかるな」
レンは腕を組み、わずかに眉間にしわを寄せた。
農地や作業小屋が荒らされているというが、ガディの話を聞くかぎり、この村には奪って旨味のあるような蓄えはほとんどない。それにもかかわらず、連中が繰り返し姿を現すのはなぜか。
「情報が少なすぎるな……」
ただの食糧調達や気まぐれの略奪なのか?ここで推測を重ねていても仕方がないが、かといって闇雲に森へ踏み込むには情報が足りない。
「立ち話もなんです。長旅の疲れもありましょう、まずは中へ入ってください」
ガディに促され、レンとクロエは村長の家へと足を踏み入れた。
「粗茶ですが」
ガディ妻だろうか。そう言って、年季の入った湯飲みをレンとクロエの前にすっと差し出してきた。
「すまない。ありがとうございます」
「わー、ちょうど喉が渇いてたところです。ありがとうございます!」
湯飲みから立ち上る湯気を眺めながら二人が口をつけた、その直後だった。
「いえいえ、お若いのに冒険者なんて感心ですねぇ。……ところで、お二人はご夫婦なんですか?」
「「……ぶっ――!?」」
夫人のあまりにも直球な質問に、レンはお茶を盛大に吹き出しそうになり、慌てて口を押さえた。横にいたクロエも、飲んでいたお茶を盛大に気管に詰まらせて激しくせき込む。
「そ、そんなんじゃありませんよ! 偶然組んだ冒険者の仲間です! なあ、クロエ?」
慌てて否定しながら隣を振り返ると、そこにはなぜか真っ赤な顔をして、もじもじと落ち着きのない様子でこちらを見つめるクロエの姿があった。
……なんだこいつ?
レンが怪訝な視線を向けると、それに気づいたクロエは慌てて飛び起き、わざとらしく大きな声を張り上げた。
「に、にゃ、にゃはは、そうだよ! レンとはただの腐れ縁の……じゃなくて、ただの冒険者仲間! それに後輩よ、こうはい! 私の方が先輩なんだからねっ!」
そう言って、クロエはこれでもかとばかりにささやかな胸を張ってみせる。その耳まで真っ赤になっているところをごまかすように、ツンとそっぽを向いた。
「あら、そうなの。余計なことを聞いてしまったわね、ごめんなさいね」
「い、いえいえ、全然気にしてませんから……」
気まずい沈黙と妙な照れくしさが空気を支配しかけたその時、奥の部屋から足音が近づいてきた。
「お待たせしました」
ガディが、古びた羊皮紙の地図を両手に持って、レンたちのいるテーブルへと戻ってきたた。
立ったまま気まずそうにしていたクロエを見上げて、ガディが首をかしげた。
「おや、どうかされましたかな?」
「い、いえ、なんでもありませんっ」
すっかり気圧された様子で、クロエはすごすごと自分の椅子に座り直し、湯飲みを両手で持って視線を泳がせた。
「……では、気を取り直して」
ガディは咳払いをひとつすると、テーブルの上に古い羊皮紙を広げた。
「こちらが、シルト村周辺の地図になります」
「私たちが今いるのは、この地図のほぼ中心部、シルト村です。そして、レンさんたちが通ってきたアイゼンヴェールの山道が西側ですね」
ガディのしわの寄った指が、地図の上をゆっくりと移動していく。
「で、問題の場所がここです。以前からゴブリンの目撃情報が相次いでいて、実際に農地が荒らされたり被害が出ているのが、東側に広がる旧伐採道の周辺になります」
指し示された場所を確認しながら、レンはぐっと目を細めた
「ここは、何がある場所ですか?」
「そこはかつて、木材の搬出や森の育成・管理に使われていた場所です。伐採道をずっと辿っていくと、かつての伐採地がありましてね。私たちシルト村の者たちは、長年そこで汗を流して仕事を営んでおりました」
「ふむ……」
「ゴブリンどもの襲撃は、大体あの伐採地の方向から私たちの村へと降りてくることが多く、被害も一番その東側に集中しています」
その説明を聞きながら、レンはさきほど村の端で出会った農作業の夫婦の姿を思い浮かべた。
あの夫婦の畑があった場所は、今ガディが指している旧伐採道とは真逆の西側、アイゼンヴェールへと続く山道の近くだったはずだ。だからこそ、あそこはまだ直接的な魔獣の蹂躙を免れており、比較的安全を保てていたのだろう。
「だったら、その旧伐採道や伐採地って場所を直接捜索すれば、ゴブリンの手がかりが見つかるんじゃないかな?」
すっかり落ち着きを取り戻したクロエが、地図を覗き込みながらきっぱりと言い放つ。
もっともな意見だったが、ガディは疲れたように首を横に振った。
「以前なら、その通りに動けば解決したでしょうな。ただ……今はもう、そこだけを調べていればいいという状況ではないのです」
そう言って、ガディの老いた指が地図の別の場所をなぞった。
「ここは、昔に使われていた小さな鉱山跡地です。……実はここ最近、その旧伐採地とは別口で、この廃坑のあたりからも頻繁に魔獣が這い出してくるようになりましてな」
地図の上に示された新たな脅威の拠点。一つの村に向かって、二方向から魔獣の群れが迫っている。その事実が、今回の異常事態の根深さを物語っていた。




