13話 vsガルガ
「《ライトニング》!」
レンの手のひらからバチバチと激しい稲妻が走る。放たれた白い閃光は、闇を切り裂くように二足歩行の小型恐竜型魔獣、ガルガの体をまともに貫いた。
「グアッ……!?」
不意を打たれたガルガが怯んだように大きくよろめく。その体内に過剰な電気が蓄積され、全身へと激しい放電がほとばしった。
動きが完全に硬直したその瞬間。
「いけっ……!」
クロエが間髪入れずに動いた。手にした弓の魔道具『ゼピュロス・ウィング』には、あらかじめ魔力が充填されている。魔法の詠唱時間を極限まで短縮する魔道具の特性を活かし、彼女は一瞬で矢をつがえた。
「《アローショット》!」
放たれた魔法の矢は、痺れで身動きの取れないガルガの弱点である喉元を、寸分たがわず正確に射抜いた。
ぐげぇっ、と濁った絶叫をあげて、ガルガが横様に倒れ伏す。
「よしっ!」
ガサッ
「クロエ、危ないッ……!」
レンの叫びが森の木霊を切り裂いた。
倒れた仲間の背後、鬱蒼とした茂みを突き破るように、同型のガルガがさらに二頭、猛然と飛び出してきたのだ。狙いは死角にいたクロエ。前足を大きく振り上げ、鋼鉄をも引き裂きそうな鋭い爪が彼女へと迫る。
間に合え……!
だが、レンは思考よりも早く動いていた。クロエとガルガの間に滑り込むように割り込み、左手に構えたバックラーを突き出す。
「《パリィ》!」
レンの気合の声に呼応するように、盾の表面から蒼白い薄い魔力のフィールドが弾けるように広がる。刹那、振り下ろされた強烈な爪撃が盾のフィールドと激突した。
ガキンッ! と耳を刺す金属音と凄まじい衝撃。しかしレンはそれに負けじと、重心を落として丸盾を真横へ大きく薙ぎ払うように弾いた。
「ぐっ……!」
弾き飛ばされるように、二頭のガルガの態勢が大きく崩れる。
「ナイス、レン! スイッチよ!」
隙を見逃さず、今度はクロエが前へ飛び出した。その鋭い踏み込みは、空中で体勢を立て直そうとするガルガの懐へと一瞬で肉薄する。
「《ファイヤーボール》!」
至近距離から放たれた圧縮された炎の塊が、ガルガの腹部に着弾する。凄まじい熱量が厚い皮を吹き飛ばし、生々しい肉の焼ける臭いが辺りに立ち込める。
仲間が一瞬にして倒され、燃え盛る仲間を目の当たりにした最後の一匹は、さすがに恐怖を覚えたのか、キャンと情けない声を上げて踵を返そうとした。
「……逃がすかよ」
声が背後から降る。すでに体制を立て直していたレンが、目の前まで迫っていた。
片手で力強く掲げられた剣が、逃走を図るガルガの体めがけて振り下ろされる。
しかし、レンの持つ安物の剣では、ガルガの弾力のある体皮と骨を両断するほどの切れ味はない。それは斬るというより、むしろ叩き込むに近い一撃だった。
刃は深く食い込んではいかない。だが、鉄の塊を全身全霊で叩きつけられた凄まじい衝撃波が、ガルガの体を揺さぶる。
ガクン、とガルガの足取りが明らかに重くなり、その巨体がバランスを崩して地面にめり込んだ。
「とどめだ……っ!」
レンは素早く剣を持ち直すと、そのままの勢いでガルガの頭上へと振りかぶる。
重力を乗せた渾身の瓦割り。肉を割き、鈍い破壊音とともに、ガルガの脳天へ強烈な一撃が叩き込まれた。
完全に力を失った最後の魔獣が、砂煙を上げてピクリとも動かなくなったのを確認し、レンは荒い息を整えながらクロエに振り返った。
「レンも、だいぶ戦い方に慣れてきたわね」
クロエがふっと柔らかい笑みを向けた。
「まあな。なんだかんだで結構数をこなしてきたからさ」
騎士団での一件があってからというもの、レンとクロエは日常を取り戻すように、そして生活費を稼ぐために順調に冒険者ギルドの依頼をこなしていた。
かつては二人で当たっていたD級魔獣など、今のレンであれば一人でも十分に圧倒できる。最近では二人での連携もこなれ、複数体の討伐依頼はもちろん、C級の依頼にも挑めるだけの力量と実績に達していた。
「それにしても、レンが魔法を使えるようになったのは大きかったよね。戦術の幅がぐんと広がったもの」
「まあ、まだ初級魔法しか使えないけどな」
謙遜しつつも、レンは自身の右手で小さくスパークさせた稲妻を軽く握り込む。
あのシエルのいた夢の空間から、魔力を感じれるようになっていた。自らの内側にある魔力を引き出し初級の属性魔法も扱えるようになった。
「初級魔法でも十分すぎるくらい助かるわよ。私の魔力も温存できるし、何より対応力が全然違うもの」
クロエの言う通りだった。
レンが前衛での物理戦闘だけでなく、ライトニングによる中距離からのけん制や硬直を狙えるようになったことで、布陣の噛み合わせは劇的に良くなっていた。
前衛から中距離を担うレンと、魔道具の速射と魔法で中距離から遠距離を制圧するクロエ。お互いの死角をカバーし合う理想的なコンビネーションは、日を追うごとにその練度を増していく。
「ガルガの討伐の印って、牙だけでいいんだっけ?」
「そうよ。あとは換金用の素材として、爪と皮も回収しておいてね」
「りょーかい」
レンは魔獣用の狩猟ナイフを慣れた手つきで扱い、血生臭いガルガの素材を次々と手際よく剥ぎ取っていく。
この作業も、今ではすっかり板についていた。最初こそ戸惑って素材を傷つけてしまったり、魔石を傷つけて顔を青くしたりしたものだが、場数を踏むうちに効率の良い手順が自然と身についたのだ。
「それにしても、急な複数討伐だったのに難なくこなせちゃったね。……ねえ、そろそろC級の昇格試験を受けてみてもいいんじゃない?」
クロエがポンと手を叩きながら提案する。
「C級か……」
手を動かしながら、レンは密かに自分の肉体を省みた。
異世界に飛ばされた当初の、頼りなく細かった体つきは、連日の森や山への出入りを経てすっかり引き締まり、実用的な筋肉がしっかりと宿っている。初級魔法も扱えるようになり、剣術の腕はまだまだ未熟だとしても、日々の修練の成果は確実に実感できていた。
「よし、それじゃあ……受けてみるか、C級昇格試験」
「あはっ、ほんと? じゃあ、試験の祝いを兼ねて、今日はパーッと美味しいものでも食べに行こっか!」
そう言って、クロエは浮かれた足取りでくるりと身を翻し、先に立って歩き出す。
「いや、まだ受けてすらいないんだけど……」
先を歩きながらすっかりご馳走のメニューでも考えているのか、鼻歌まじりでスキップすらしかけているクロエの背中を見つめ、レンは盛大なため息を吐いた。
「もう! 受かる前提で話してるの! レンなら絶対大丈夫に決まってるじゃない」
振り返ったクロエは、えへへと誇らしげに胸を張る。その無邪気な笑顔を見せられては、呆れ半分、諦め半分で肩をすくめるしかなかった。
「はいはい、分かりましたよ。じゃあ、まずは試験に一発で合格して、そのあとで盛大におごらされてやりますよ」
「やった! さすがレン、太っ腹!」
「結局それが目的かよ」とレンは苦笑いを浮かべながらも、その後を追うように歩調を合わせた。




