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「だからぁっ。
マダムは、そんな理由では解雇しないって言ってるんです」
イラッとして、思わず語気が荒くなってしまった。
「そもそも、私、マダムに嫌われてるんですよ。おたく様が考えているより、ずっと。
マダムですよ?
この城で、公爵閣下の次に偉いって囁かれている家政婦長ですよ?
洗濯女中を解雇するのに、理由が必要だと思います?
匂いが気に入らないとか、クロスにシワがついてるとか、畳んだ時の角が揃ってないとか、イチャモン並の理由で折檻されるんですよ。
理不尽な理由で追い出された女中なんて、山のようにいるんです。
それでも、私を含めて、ここにいる洗濯女中は解雇されてないんです。
なぜか分かります?
いないと困るからですよ」
薄灰色の髪の男性使用人の顔から、笑みが消えた。
琥珀色の瞳からは、何の感情も伺えない。
「私たちがいなくなったら、誰がこの城の洗濯物を洗うと思っているんですか。
洗濯は誰でもできる?
代わりはいくらでもいる?
だったら、連れて来てくださいよ。
この小屋中の洗濯ができる人数の、脂と葡萄酒の染みを、真っ白にできる女中をっ」
ダン、と手の平で横の作業台を叩いた。
思いの外、大きな音が響き、タライの中に山盛りにされた洗濯物が、ずるっと崩れた。
「お分かりいただけましたら、油をお売りにならずに、洗濯婦長にお尋ねください。
私たち、洗濯婦長の指示で動いていますので」
「…………わかった。そうしよう」
顎を上げ、奥歯を噛み締めるように薄灰色の髪の男性使用人が言った。
ライラが、すかさず彼のもとに駆けつけ、「私がご案内します」と優雅に膝を折ってお辞儀をする。
ライラの澄ました笑顔。目が笑っていない。
「とっとと失せろクソ野郎」と言いたそうな顔だ。
それを、薄灰色の髪の男性使用人は鼻で笑い、踵を返した。
金髪は違った。
薄灰色の髪の男性使用人が立ち去っても、彼は動かず、無言で私をジトッとした目付きで睨み続けている。
随分と粘着質な性格のようだ。
ずいと胸を反らせながら、私の前に進み出てきた。
「まだ何か?」と口角を上げて訊くと同時に、頭に衝撃を受けた。
「先生! この女が赤毛です!」
金髪が、勝ち誇った声で、ライラと共に洗濯場から出ていった薄灰色の髪の男性使用人を呼ぶ。
キャップを取られたのだと、その声でわかった。
洗濯場内の空気が凍りついた。洗濯女中たちの顔が、恐怖や戸惑いの色から、怒りの色に変わっていく。
「だから何? 上司と洗濯婦長を呼んで来いよ」
思いの外、低い声が出た。乱れた髪を手櫛で直しながら、金髪を睨みつける。
金髪は、興奮して盛り上がった表情筋で目尻を細くして、嗤って言った。
「黙れ、魔女。
他の洗濯女中がクビにならなくても、貴様は確実にクビだ」
魔女か。
随分と古典的な言葉を出してきた。
もちろん、魔法を遣う女性と言う意味ではない。
この国の建国神話で、異界の門を開き魔物を地上に引き入れた、神々と人間を裏切る者として描かれる赤毛の女性。
そのせいか、赤毛は珍しくはないが、偏見の目で見られることが多い。
「貴様みたいな悪しき者が、城の中にいること自体が悍ましい。
人間の真似をして、紛れ込んだつもりだろうが、中身の汚物が滲み出ているぞ。
化けの皮を剥がしてやる」
この手の話は正直聞き飽きた。
この髪色が気に食わないと何度も言われた。この城の洗濯女中になる以前からずっと。小さい頃は石を投げられたこともある。
だからと言って、腹が立たないわけはない。
とても腹立たしい。ふざけんなと言いたい。魔女と呼ぶからには、本当に恐ろしい目に遭わせてやろうか。
「剥がされるのは、あんただよ」
私が静かにブチギレていると、サラも殺気に満ちた顔で、金髪ににじり寄る。
サラだけではない。周りの洗濯女中たちが、怒り心頭といった表情で金髪に詰め寄っている。
「ははっ! 貴様ら全員、魔女と懇ろかァ?
洗濯女中は、全員クビだ!」
「バカ丸出し。さっきの話聞いてなかったの?」と、深くため息を吐く小柄な女中。
「堂々巡りだよ。頭の悪い男って話してて疲れるよね。
金とか物とかチラつかせないと、女の子に相手にされないんだろうね」
同室のソフィが、私の横で、呆れたと言うジェスチャーで首を振る。
「髪の色は素敵なのに、中身は残念ね」と、金髪の背後で言ったのはエマだ。
「本当は色も残念なのかしら?
上の色ばっかり気にして、下のこと忘れてるバカな男って、けっこういるのよ?
もしかして、あなたも?」
トラウザーズの腰元を引っ張られながら、耳元で囁かれたエマの言葉に、金髪の表情が変わった。
サッと両手で股間を押さえ、エマの方へ振り返る。フフっと笑ったエマが、その足元にしゃがみ込んだ。
「やめろぉ!!」
「何言ってんの。
あんた、人のキャップを剥ぎ取ったじゃない。同じことよ」
「人にしてる事を、何で自分はされないって思ってるの?」
周りの洗濯女中たちがクスクスと嗤う。
「でも。
私たち、端くれですけど、公爵家の使用人ですから。
そういう下品なことは、いたしませんの」
そう言ってエマは立ち上がり、金髪の胸元をトンと押した。
途端に彼はバランスを崩し、尻餅をつく様に転がった。
太腿から下、トラウザーズの上からであるが、両足を洗濯ロープで縛られている。
固定を目的とした縛りではない。所謂、緊縛。
つくづく思う。エマの縛りは見事なものである。
満足に膝の曲げ伸ばしができないのか、起き上がるのもままならない様子だ。懸命に腹筋を使ってロープの結び目に手を伸ばしている。
そんな金髪の脇にしゃがみ込んだソフィが、その腹部をツンツンと指でつついた。
「手は縛られてないんだから。頑張って自力で解きなよ。
女の子と悪漢に誘拐されたらどうするの? そういうところで、いいところ見せなきゃ」
「―――何をしている!」
薄灰色の髪の男性使用人が、急いで戻ってきたのか息を切らしながら大声で言う。
ちなみに、ライラは優雅に歩きながら戻ってきている途中だ。
「何って、洗濯ですよ」
ソフィが何食わぬ顔で言う。
「私たち、この城のほとんどの洗濯を承ってます。もちろん、使用人の装身具も含めて」
にっこり笑ったエマが、ソフィの後を引き取った。
「おたく様の装身具の汚れをキレイにするのも、仕事です」
「そんなこと、しなくていい。今すぐ縄を解け」
「だから、洗濯婦長を通してくださいって言っているじゃないですか」
私の言葉に、薄灰色の髪の男性使用人は、再び奥歯を噛み締める顔をした。
「あ。もしかして、見学をご希望ですか?
それでしたら大歓迎ですよ」
マーサが、私の後ろから顔を出して、呑気な声を上げる。
「見学な訳ないだろう」「突然何を言うか!」と男性使用人二人が悪態を吐くが、マーサは構わず呑気に言った。
「ところで、染みの抜き方ってご存知ですか?」
ニコニコと笑みを浮かべるマーサの手には、洗い棒。洗濯物の汚れを落としたり、絡めて絞るのに使ったりする棒である。
その棒の使用目的を察した、男性使用人二人は、何とも言えない顔をした。
一人は絶句、一人は絶叫。
「―――叩くん、です」
マーサは棒を金髪の顔面めがけて振り下ろす。
金髪は何とかそれを避けた。
「何度もっ、何度もっ、叩くん、ですよっ。
染みがっ、抜ける、まで」
マーサは笑顔で棒を振り下ろし、涙目で絶叫する金髪の頭スレスレを叩き続けた。
そう。
洗濯には腕力も必要なのだ。特に頑固な染みには、実力行使で対抗するしかない。
「………君、同僚に染み抜きも大概にするよう伝えてくれ」
追いついたライラに、薄灰色の髪の男性使用人が苦々しく言っている。
ライラは、「致しかねます」とにこりと笑った。




