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本日の更新は19時にさせていただきました。

 そもそも。

 焼き菓子のペーストにラウダヌムを仕込むこと自体、製菓に慣れた者の手である証しであろう。


 阿片に熱を加えると、気化するか熱分解を起こす。

 焼き菓子の生地に混ぜようものなら、まず、熱分解を起こして、その成分は消失するだろう。

 詰め物のペーストの中だからこそ、酒精は蒸発するが、ラウダヌムの成分だけがペーストの中に閉じ込められたままになる。


 ちなみに、この国ではまず見かけないが、パイプで吸引するタイプの阿片は、生阿片を加熱して気化したものを肺に送り込むことで高濃度の成分を摂取している。しかも、ただ加熱すればいいものではなく、相応の技術が必要だったらしい。


 つまり、芥子(オピウム)にも製菓にも精通した人物。

 薬草の蒸留にも携わる蒸留室女中が当てはまる。


「――真面目な子たち、なんだけどね……」


 ソフィが、低い声でそう言った。

 どこか、突き放したような声色だった。


 真面目、か。

 何を以て真面目と評するのかは、人によるだろう。

 ソフィがそう言うのであれば、少なくとも、上役の指示に適切に従う女中だということだ。

 そして付け加えるなら、不正を許さない、道理に悖(もと)ることは嫌い、そんな性格を指しているのだろう。


 材料を用意したという侍女の指示か、或いは、何らかの理由があってのことか。


 それきり黙ってしまったソフィを見ながら、私は頭の中だけで考えた。

 ただ、その黙ったままのソフィも、どこか遠くを見つめるような、ここにいない蒸留室女中を見ているような、そんな目をしていた。


「――――で。

 パン焼き窯から余ったパンを貰って、私のいない間に、みんなで食べたってわけですね」


「…………その話、蒸し返すの?」


「丁寧口調やめて」


「笑わないで。怖いから」


 仕方ないだろう。

 食べ物の恨みは、根深いのだ。




 と、恨み辛みをぶち撒けた翌日である。

 私の目の前に、白パンがある。


 決して、夢でも幻でもない。

 何なら、同室の洗濯女中たちからの供養でもない。


 そして、私の両手をひしと掴む、身奇麗な女中。

 糊状石鹸の効果を尋ねてきた給仕担当の女中、その人である。


 白パンの差し入れを持って、看護女中部屋まで私を訪ねてきてくれたのだ。


「あの食器の黒ずみ、落としてくれたんですって。

 本当に、ありがとう……」


 大きな瞳を潤ませて、私の手を握ったままブンブンと腕を振る。

 痛くも痒くもないし、白パンは有難いのだが、少し迷惑である。


「私には、こんな程度しか、お礼は出来ないのだけど。

 良かったら、食べて」


 そうニッコリと笑った女中。

 身奇麗な上に、笑うと、とても可愛らしい顔立ちの方である。


「私、給仕女中のアリス。アリス・ヴィーデルよ。

 何か困ったことがあったら、私を訪ねて。必ず、貴女の力になるから。ね、洗濯女中のミアさん」


 そう身奇麗な女中が名乗る。

 給仕女中。

 おまけに、家名までしっかり名乗るとは。

 紛れもなく、上級使用人である。


 と言うか。

 なぜ私の名前を知っているんだ。しかも、皿洗い女中ではなく、洗濯女中であることも。


 アリス女史は、ニコニコと上機嫌で私に手を振りながら、看護女中部屋から退出した。


「…………ねえ、それ。食べて大丈夫なの?」


 それを見送った私のすぐ横に、音もなくライラが体を寄せてくる。

 怪訝な顔で、アリス女史に手渡された白パン入りのバスケットを覗いている。


 密造ラウダヌム入りの焼き菓子のこともある。

 差し入れを手放しで喜べないのは確かである。


 が、そんなことは言っていられない。

 白パンである。


 仮にラウダヌムを仕込んでいても、生地であれば焼成とともに熱分解されている。

 何かを塗ったような形跡もない。

 つまり、パンの部分は安全ということである。


 私はライラと自分に言い聞かせた。


「いや、そういうことじゃなくて。

 そのパン、一番粉でしょ。

 使用人が食べるものじゃないわよ」


 ライラが、引き攣ったような顔をして言った。


 と、言うと。

 こちらは、公爵閣下とご家族のための、白パンということか。

 アリス女史とやら。どうやって入手したんだ。


「まあ、給仕女中だって言ってたし。朝食の余り物を頂いたんでしょうけど。

 にしても、それを『こんな程度』呼ばわりとはねぇ……」


 珍しく、棘のある言い方をするライラ。


「――もしかして、今の人、ライラの知り合いだった?」


「なわけないでしょう」


 ライラが呆れたような声を出した。


「昨日もソフィが言ったけど、基本的には公爵閣下とそのご家族が食べるものっていうのは、特別なの。

 おいそれと使用人が手に入れるものじゃないのよ。

 ミアも今調理場に行っているんだから、分かるでしょう? 使う食器から何から別なのよ」


 銀食器部屋なる部屋があるのを、最近知った身である。

 ライラが呆れるのも無理はない。


 銀食器といえば。

 昨日のユリウスの発言である。

 ノア坊ちゃまの前任などいない、と言う。


 胸騒ぎがする。

 ものすごく、嫌な感じだ。


「――――ねえ、ライラ。

 高貴な方の食事の毒味って、もちろん、その方々が口にする特別な食べ物で、毒味をしているんだよね?」


「何言ってるの? 当たり前でしょ」とライラが眉を顰める。


「その時も、同じ食器を使うの? いつも銀食器を使っている方々なら、銀食器使って毒味するの?」


「毒味では、銀食器なんて使わないんじゃないかしら。使用人は基本的に錫製食器でしょうね」


 嫌な仮説が、頭に浮かんだ。

 見ないふりをするか、一瞬迷った。


 でも。

 もう、見ないふりはしない。

 どんな絶望も。目を逸らすことはしたくない。


 私は、無言で立ち上がって、看護女中部屋の棚を開けた。


 洗濯して保管されている、エリアス様の肌着。

 それを、全て作業台に出す。


「――何、いきなり。どうしたの?」


「仕立ての違いごとに分けて、大きさの順番に並び替えようと思って。

 ライラもお願い。手伝って」


 私の勘違いであって欲しい。

 そう思いながら、作業をした。


 ライラも。

 段々と私の真意に気付いていく。


「…………これ、どう見ても」


 仕立て人の違い。それだけとは、決して言えない、明確な違い。


 肩幅、袖の長さ、裾までの丈、首回り。その比率を保ったまま成長するわけではないから、多少の違いはあるだろう。

 だけど。

 丈が大きくなっているのに袖が短くなったり、袖が短くなった次に、また袖も肩幅も大きくなり、首回りが小さくなる。

 そんなことは、一人の人間の成長として、あり得ない。

 

 これらは、別々の人物の肌着である。



 私と、ライラが洗っていたのは、本当に、エリアス様の肌着なのか。

 それとも、エリアス様とされている子供達の肌着なのか。


 恐らくは、後者である。



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