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看護女中部屋に保管されているエリアス様のものとされる肌着の大きさは、四つに分類された。
例えば、身代わりや影武者。
本物がいながら、一時的、或いは一定期間、他人に入れ替わっている可能性。
それも考えた。
だが、この四つの肌着の変化は、どう見ても、それぞれが別人であることを示している。
どれを取っても、丈や袖などの比率が似ているものはなかった。
まだ塔の部屋に残っている洗濯していない肌着の中にあるのかもしれないが、それにしても。
少なくとも、三人は、御継嗣ではない子どものものである。
あの豪華な階の、その奥にある寝室にいる方は、一体。
そう思いながら、ライラを見遣る。
ライラも、私を見ていた。
流石に、「見なかったことにしよう」とライラは言わなかったし、私も言えなかった。
「――――エリアス様は、本当は…………」
もう、この世には。
無意識に口から言葉が出ていたが、その後を続ける気にはなれなかった。
「分からないわ。
考えるなとは言わないわよ。それも可能性の一つだとは思う。
だけど、可能性は一つじゃない。複数ある可能性のうちの、一つよ」
ライラが言う。
私を見ていた視線がずれるのは、ライラが深い思考に入っている証しである。
「そもそも。なぜ、病床のエリアス様の身代わりを用意する必要があったのかしら……」
ライラが瞬きをしながら呟いた。
「御継嗣様だから…………?」
そう返答した私に、ライラは視線を戻してくれた。
「だったら、病児の設定にする必要はないでしょう。
健康体であることを示さなければ、後継者問題は解決しないわ」
「本物のエリアス様と、あまりにも姿形が違うとか。別人だってバレてしまうから?」
「身代わりはね、よく似た人間が選ばれるのよ。あるいは、似た顔立ちにさせられるのよ」
ライラがさらりと怖いことを言う。
でも気がかりなのは、そこではない。理解できそうで、理解できない。
なぜ、別の子どもが、エリアス様のフリをして寝室に閉じ込められているのか。
ライラの言う通り、仮に次期公爵であるエリアス様という存在を保ちたいのであれば、病弱という負の要素は、取り除けるに越したことはない。
容姿の似た子どもであれば、回復したとして元気な姿を周囲に見せつけることが可能である。
でも、それをしないのは。
「本物のエリアス様が、戻ってくる可能性があるから?」
「だったら、再びご病状が悪化したってことで済む話よ」
確かに。
「――じゃあ。エリアス様が、病弱で利になる人物は?」
ライラが、「別角度から考えよう」と、散乱した部屋を片付けるような声色で私に問う。
「家庭教師。
主治医を兼ねてるって言ってた。何か怪しい研究でもしてるとか」
「家庭教師であり護衛でもあるって言ってたから、城を追い出されることはないだろうけど。
研究ね。その可能性は高いわ。
あとは?」
「公爵夫人……。息子を献身的に看護している自分に存在意義を見出している、とか」
「…………それ、ね。濃厚だと思う」
「あと、看護女中。こっちは、家庭教師と違って、エリアス様が元気なら、雇う必要ないんじゃないの?」
「あの人たち、誰もエリアス様の看護なんかしてないでしょう。
おそらく、全員、公爵夫人のための看護女中でしょうね」
「他には、公爵夫人の侍女様方とか。
公爵夫人が不安定だと身の危険がありそう」
「侍女様方も看護女中と同じ。公爵夫人の気分次第だから、エリアス様が必ずしも病気である必要はない。
ただ、エリアス様が存在しないことによる損失が大きいだけよ。
そもそも、看護女中は、女中って呼ばれているけど、侍女と同じ位置づけよ」
どういうことだ。
私が目を瞬かせていると、ライラが半眼になった。
「――ミア。もしかして知らなかったの?
侍女様方と女中の違いは、分かるよね?」
もちろん、分かる。
女中の最高責任者は家政婦長である。
家政婦長は、公爵夫人の意向に沿って女中たちを監督しているが、基本的に人事権を握っている。折檻や配置換え、解雇の類もマダムの一存で決まる。
しかし、侍女の人事権は家政婦長にはない。公爵夫人その人だけが持つのだ。
看護女中が侍女と同じ位置づけということは、その処遇に、マダムは口出しできないということだ。
だから看護女中はサボり放題だったのか。
と今更ながら、頭の中でポンと手を打った。
であるなら。
マダムと侍女頭様。めちゃくちゃ仲悪そう。
「――――じゃあ、蒸留室女中は?」
「もちろん、女中枠。マダムが監督権を持つわ。
というか。看護女中が特殊なのよ」
元聖堂司祭のエリカ女史に、ズューデンマルクの治療院出身のウナ女史。
確かに、特殊である。
そして、あのブルネットの髪の看護女中。それとあと一人。誰だっけ。ウナ女史を泣かせた人。
とにかく、あの人たちは、マダムの監督外にいる。
芥子の実の焼き菓子とラウダヌムの密造。蒸留室女中も、意図せず巻き込まれたのか。
何となく、昨夜のソフィの表情を思い出し、その心中を察した。
「――――あ。
あと、公爵閣下。
エリアス様が、病弱で利になる人物」
ふと、思い立ったように、私は言った。
「エリアス様が病弱であるなら、リーゼロッテ様の娘であるパトリツィア様が家督を継ぐ可能性も残されるわけだし」
「パトリツィア様を次期公爵にしたいなら、エリアス様は存在しない方がいいわよ。
そもそも、自分の子どもだって認めなかったわけだし――――」
ライラが、渋い顔をして私を見る。
嫌悪感を隠さないライラ。
私の言いたいことに、気づいたらしい。
リーゼロッテ様を未だに心底愛しておられる公爵閣下にとって、アンネマリー様は、最愛の妻の妹でしかない。
愛する妻の実家の懇願に負けて、その妹を後妻に娶ったが。
彼女が産んだのは、自分の子どもではないと言う。
つまり、公爵閣下は、アンネマリー様の不貞を疑ったわけだ。
もし、エリアス様が亡くなろうものなら、次子を望むに決まっている。つまり、アンネマリー様と同衾せざるを得なくなる。不貞を働いた――公爵閣下の思い込みだろうが――女性と、である。
どんな形であれ、エリアス様が存在して欲しいところなのではないか。
そう考えてしまうのは、私だから、だろうか。
この国の貴族は、もっと、割り切っているのだろうか。
「――――まあ。一理あるわね、それ」
ライラが渋い顔のまま言った。




