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銀食器の黒ずみ。
それは、銀と硫黄が結びついたもの。所謂、硫化銀である。
であるなら、黒ずみを取るには、銀から硫黄を離脱させればいいと思うだろう。しかし、これが簡単ではない。
灰汁では無理であるし、酢でも無理である。
完全にお手上げ。
と、言いたいところであるが。
方法は、あるには、ある。
試したことはないが、知識として知ってはいる。
そもそも、銀食器なんぞ、下級女中の私が目にすることなどないはずなのだ。
そんな銀食器が、目の前にある。
「現物を見ましょう」と私が言ったせいである。
柄に細工が施されたスプーンと、縁に細かな彫り物のある円形の平皿。
スプーンのつぼ部分は見事に黒ずんでいるし、平皿の底には何かを塗ったような黒ずみが広がっている。
他の銀食器には、黒ずみは出ていないらしい。
見るからに、スプーンを硫黄化合物に突っ込み、それを平皿に塗ったくった跡。
完全に、使用人への嫌がらせである。
「黄身のソースだから、陶器の皿に盛って、鍍金のカトラリーを用意したんだけどね。
まあ、見事にやられたよ」
いけ好かない上級使用人が、完全に無の表情で言う。
誰とは名こそ出していないが、消去法でいくと、パトリツィア様である。
公爵閣下の前妻リーゼロッテ様を母に持つ公爵令嬢パトリツィア様。
才色兼備の完璧な御令嬢という話ではなかったのか。
まあ、才能と美貌と人徳は別物であるから、三つ目を生憎備えていらっしゃらなかったというのは、あり得なくはないが。
「――君も、そのうち分かると思うが。
あの方は、確信犯で愉快犯だ」
なんだそれ。
そのうちも何も、絶対に分かりたくないのだが。
私は、いけ好かない上級使用人の横顔を、頬を引き攣らせながら見る。
彼の流し目の視線とぶつかり、私は悟った。
いやいや。
エリアス様と公爵夫人だけで、もう消化不良の胃もたれを起こしているんだが。
パトリツィア様も加わるなんて無理なのだが。
「…………私は、この黒ずみを落とすことはできないので、帰っていいですか」
「ここまで引っ張っておいて、それはないよね」
「石鹸では無理って、私、言いましたよ」
「対価があるなら考えるって雰囲気だったよね」
「やるとは言ってません」
「うまくいけば出世するかもしれないのに。御令嬢の侍女も目じゃないよ」
いけ好かない上級使用人がニッコリと笑う。
だから。
そう言うのが、嫌なんだ。
「そのような目的は全くありませんので、失礼させていただきます」
私が欲しいのは、上級使用人への伝ではない。
平穏と言いたいところだが、最近はそうも言っていられない。
なので、金と肉である。
私が、丁寧にお辞儀したためか、いけ好かない上級使用人は目を瞬かせている。
「本気で言っているの?」と声に出さずとも尋ねているのが分かる顔だ。
こちとら本気である。
「あと、お耳汚しに、銀の黒ずみを取る方法をお伝えいたします。
実際に行ったことはないので、成功するとも限りません。その点はご承知おきください」
知っていることは、教える。
正直言えば、徹夜でも何でもして磨いて落としてほしいところではある。
しかし、ピッカピカな銀食器の一部だけ黒ずんだ状態を見てしまったのだ。どうにも居心地が悪い。
教えるが、試してみるかは、そちらが決めてほしい。あと、試すなら、そちらの責任でやってくれ。
「熱湯と塩と、使わない錫製食器をご用意ください。錫製であれば何でも構いませんが、カトラリーが使いやすいと思います。
熱湯に塩を溶かして、その中に銀食器を沈めてください。その状態で、錫製食器と銀食器の黒ずみを接触させれば、その部分の黒ずみは錫製食器に移り、銀食器は元に戻ります」
私の言葉に、いけ好かない上級使用人は瞬かせていた目を見張って固まっていた。
いきなり過ぎたか。
まあ、いいか。
言うことは言ったのだし。
「――――では、私はこれで」
と踵を返した私の肩を、ガシッと上級使用人が掴む。
「いやいやいや。これで、じゃないよ。
いま、何て言った? もう一回言って」
「ねえ、ねえ」と纏わりついてくる上級使用人。
いけ好かなさが見る影もないのだが。
邪魔なので、私はもう一度説明した。
硫黄は、銀より錫の方が結びつきやすいのだ。なので、塩水の中で、硫黄を銀から離脱させ、錫と反応させる。熱湯なのは、温度が高い方が反応が起こりやすいからだ。
錫よりアルミニウムが欲しいところではあるが、そんなものは手に入るわけがない。なんなら、銀食器よりはるかに高価である。
「錫製カトラリーで、銀食器の黒ずみを撫でる感じがいいと思います。
錫製食器の黒ずみ――と言うか腐食なのですが、こちらは落とせませんので。なので、使わない錫製食器をご用意してください。
あと、熱湯を使うので、火傷にはご注意ください」
私のざっくり説明に、上級使用人の目が見開かれる。
そしてその目から、はらはらと涙がこぼれ落ちた。
「――――そんな方法があったなんて……」
目からウロコと言うやつか。
「感激の涙だよ。見て分かるでしょう!」
「成功するか分かりませんよ。涙を流すのも、私に感謝するのも、成功してからにしてください」
「――何なの、君。
本当、魔女なの?」
「いえ。洗濯女中です」
間諜でも魔女でもない。
ただの洗濯女中で転生者だ。
「当然だけど、失敗したら君のせいだから。
よろしくね」
涙を流していたのが幻覚だったかのように、いけ好かない笑顔で上級使用人が言う。
そう言うところ。
そちらも、何なの。って言いたい。




