↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
62/69

58

「ラウダヌムの密造ねぇ」


 そう言ったのはエマである。


 四人の巧みな誘導尋問で、五月芋と阿片(オピウム)について喋った私。

 さすがに、エリアス様に関することと、マリア嬢の告解に関しては口を噤んだ。あと、家庭教師が魔術師であることも。


「ラウダヌムなんか密造して、意味あるの?

 薬局に行けば簡単に買えるじゃない」


「居館内に持ち込めないからでしょ。

 めちゃくちゃ咳が酷いとか、虫歯が痛いとか」


 サラの疑問にソフィが答える。


「そんなの、仕事終わってから門の外で買えばいいじゃない」


 サラが食い下がった。

 まるで、仕事終わりに酒場に立ち寄ればいいと言わんばかりである。


 そうは言っても、通いならまだしも、使用人は基本的に住み込みである。ふらっと薬局に立ち寄れないのは、サラ自身だって分かっているはずだ。

 それに、阿片チンキ(ラウダヌム)である。依存性が高い。薬の摂取をやめる、我慢するという自制が効かない。


「そもそも。なんで巷で容易に手に入るものを、自前で作る必要があるのかってことよ」


 言われてみれば、サラの言う通りである。


 簡単に手に入るとはいえ、嗜好品として常用するには金がかかる。

 離脱症状が進むほど依存症に陥った住み込みの使用人がいたとして、密造ラウダヌムをチラつかせて「欲しければ言うとおりに動け」と指示を出し、意のままに操ることは容易である。

 しかし。

 それだけのために、態々(わざわざ)密造するのか。

 人知れず、知識と技術と労働を伴って製造する価値が、そんなことに使うためにあるとは思えない。


 ならば。

 阿片チンキ(ラウダヌム)ではないのか。

 密造しているのは。 


「――――テリアク」


 私は、思わず声に出していた。


 エマとソフィ、マーサの顔色がサッと変わる。

 喋る私を横目で見ていたライラの表情も、一瞬だけ険しくなった。


「え、何? テリアク? テリアクって薬の?」


 一人、事態を理解していないサラが首を傾げながら続ける。


「………………明日も早いし、もう寝よっか」


「そうだね」


 誰となく言い出し、それぞれがそそくさと寝支度に戻る。

 サラには悪いが、ガールズトークはここまでである。これ以上は、公爵夫人担当の不可侵領域だ。


「何よ、いきなり。まだ話の途中でしょ!」


 サラのへそが曲がってしまったが、こればっかりはどうしようもない。

 まあ、察してくれ。


「――――何よ、みんなして。

 ねえ、私一人で洗濯場にいるの、けっこう寂しいんだけど」


 つまらなそうに口を窄めて、少し――いや、かなり泣きそうな顔をするサラを、五人でギュッと抱きしめた。




 ローゼンクヴァルツ家のテリアクを、モンドシュタイン城で密造しているとしたら。

 匂いや味で、原材料を判別しているとしたら。

 公爵夫人の、本物のテリアクがあるこの城だからこそ、出来ることである。


 仮にテリアクを密造しているとして、それがローゼンクヴァルツ家に知られた日には。

 どうなるのか、なんて。火を見るより明らかだ。

 この城を去るエリカ女史が、何を持って何処へ向かうのか、気が気ではなかったのだろう。

 だから、エリカ女史は。


 そして密造薬が、薬として作用するか、城内で確認しているとしたら。

 私が食べた、あの芥子の実(モーン)の焼き菓子。あれは、そのために作られたものだったのだろう。


 あのブルネットの髪の看護女中の嘘くさい笑顔は、二つ(規定量以上を)食べた私を、嗤っていたのだ。

 これでは治験にならないと。


 背筋が、冷たくなった。


「ミア」


 そんな一人ゾワッとしているところに、呼びかけられて、思わずビクッと飛び跳ねそうになった。


 ソフィだった。

 ベッドで寝ている私の背中に、隣のベッドから小声で語りかけてきたのだ。


「――蒸留室。公爵閣下や公爵夫人が口にする菓子は、そこで作ってる」


 顔を天井に向けて、ソフィが言う。


「蒸留器があれば、芥子の殻からラウダヌムを作ることは可能だよ。

 蒸留室は銀食器部屋や調理場の近くだから。食糧庫に行けば、蒸留室女中がうろついていると思う。


 あと、話をするなら、洗濯女中であることは伏せた方がいいよ。

 私の古巣だけど、私の名前も出さない方がいいと思う。

 あの子たち、ビビりだから」


 ふふっと、ソフィが鼻で笑う。


「――でも。

 妙な事に手を出す子たちじゃない。本当に。菓子づくりと薬草に詳しい真面目な子たちだよ。

 ――ああ。

 ミアの耳には、入れておいた方がいいかなって思っただけ。突然ごめんね」

 

 ソフィの声は、どことなく寂しそうだった。


「――あと、マダムも。

 悪い人じゃ、ないよ――――」


 唐突にマダムを持ち出して、ソフィの声は絶えた。その後は、規則的な寝息が続く。


 え。何、突然。

 そして寝るんだ。

 ほとんど寝言ではないか。


 まあ、マダムに関して、ラウダヌムの密造に関与していないのは、私も同感である。

 城の薬を管理するマダムなのだ。

 ラウダヌムが必要であれば、マダムの胸三寸でどうにでもなる。態々(わざわざ)密造する必要はないからだ。


 誰かが。

 マダムの目を盗んで。

 ラウダヌムを必要としている。

 だから、自前で芥子の殻から作っている。


 それは分かるが。

 ソフィの「マダムは悪い人じゃない」には、同意しかねる。

 だったら、早く皿洗い女中を雇い入れて欲しい。



 私の意識も、そこで途切れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。