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 それらマリア嬢の言葉も涙も、私の心の中だけに留めておく。


 私のような人間相手に、告解などという大それた言葉は使わない。守秘義務などと言うつもりもない。それでも、マリア嬢の告白を、ライラを含め、他の誰かに話す気にはなれなかった。


 誰かに良案を求める気もない。それこそ、マリア嬢が罪悪感から解放されるとも思っていないし、マリア嬢自身の心が晴れるとも思っていない。

 それは、マリア嬢が時間をかけて自分で整理し、飲み込み、解消するしか方法はないのだ。


 マリア嬢のその罪を知るのは、私と、小さくなった蝋燭と、そして洗い場の暗闇だけである。



 この世界の人の命は軽い。

 確かに、その通りなのだ。


 エミール様然り、ノア坊ちゃま然り、消費される子ども達の命はもちろんのこと。

 エリカ女史も、なぜそこで、死を迎えなければならなかったのか。


 その答えを知る人間がいるのなら、訊きたい。


 人の命を、何だと思っているのか、と。



「――――『躓いた石』くらいの認識じゃないから。躓いて転びそうになったから、邪魔だと思って蹴飛ばした。

 そんな程度だと思うわ」


 翌朝。

 看護女中部屋。


 唐突に投げかけた私の問いに対する、ライラの答えである。


 エリカ女史の話である。

 なぜ、エリカ女史は、死ななければならなかったのか。

 私は、酒精で作業台を拭きながら、それを考えていた。鼻の奥がツンとするのは、酒精のせいだけではない。


 エリアス様の肌着を洗いながら、そう言ったライラの横顔は冷たい。

 刃を湛えたような、そんな眼でタライを見つめていた。


「――何か重要なことに気付いていたとか、それをどこかに伝えようとしていたとか、そういうことではなく。

 ただ、なんとなく邪魔と感じたから」


「ここにいる人間なんて、そんな程度よ」と、静かにライラが言う。


 ただ、そこに諦めや軽さはない。

 ひたすら静かに、瞳だけは怒りを滲ませている。

「ライラは何か知っているの?」と尋ねようとして、やめた。

 尋ねたところで意味がないからだ。

 仮にライラが何か知っていたとして、ライラなら私に話すだろうし、ライラが私に言わないとしたのならそれ相応の理由があるはずだ。


 私は、ただライラの震える瞳だけを見ていた。


「女中が、病もうが死のうが関係ない。あの家庭教師も、そう言っていたじゃない。居館(ここ)は、そんな連中ばかりなのよ。


 ねえ、ミア。

 肌着を全部洗い終わったら、一緒に城を辞めて、この街から逃げよ」


 そう私を見たライラの瞳は、怒りに震えるというより、必死の懇願だった。


 そんなに必死な顔をしているのに、肌着を全部洗ってからでいいんだ。

 そこは、心の中でニヤリとさせてもらった。


「エリアス様の肌着を全部、洗い終わったら、ね」


 私もライラも、それについては、譲れない。



 エリアス様の肌着と言えば。

 実は、洗い終わった肌着たちは、この部屋に仕舞われている。


 マリア嬢がいなくなって、持って行く人がいないのだ。

 ちなみに、ウナ女史は、鍵の受け渡ししかしない。肌着は絶対に触ろうとしない。

 アイロン掛けして畳んで、見るからに清潔な肌着なのに、真っ青な顔をして手を挙げて首を横に振るばかり。強盗か逮捕劇じゃないんだから、と突っ込みたくなるほどなのだ。


 と言うことで、溜まっていく綺麗な肌着たち。


「――――肌着ついでに、ずっと気になってるんだけど……」


 そう私が言葉を続けると、途端にライラが半眼になった。


「肌着ついでって、何よ。

 それに、私、今言ったわよね。危ないことはするなって」


「言ってないよ」


「明言はしてないけど、それとなく匂わせたわよ。

 邪魔な存在はすぐに排除する奴らばかりだって。危ないことはするなって意味よ」


 それは分かっている。

 だから、「肌着ついで」なのだ。


「とりあえず、私が気になってることをライラに共有させて」


 と私が食い下がると、ライラはぐっと口を閉じた。

「共有ね……。共有するのね」とモゴモゴと呟いている。ライラが少し嬉しそうなのだが、そこは敢えて触れないでおく。


「ねえ、ライラ。貴族の子どもの仕立て屋って、こんなに変わるものなの?」


「え、そこ?」と、ライラが目を瞬かせる。


 私の疑問がライラには刺さらなかったのか、或いはライラが懸念していたことではなかったのか。


「家の事情によるでしょうけど。

 ――まあ、公爵夫人次第と言うか。

 何か気に障ることがあって、頻繁に仕立て屋を変えていると考えれば、あり得ない話ではないわ」


 確かに。

 不安定な公爵夫人の気分次第、と言うことか。


「縛られた跡が、少しずつズレてるんだよね。それも仕立て屋が違うから、なのか」


 私の言葉に、ハァとライラが深くため息を吐いた。


「――――ミア。言いたくなかったけど、その肌着の手首の染み、あんた疑問に思わないの?」


「……せん妄症状の身体拘束かなって」


「せん妄症状って。せん妄を何だと思っているのよ」


 高熱を出した時などに錯乱状態になる症状ではないのか。


「一時的な錯乱状態、それが『せん妄』よ。

 なんで、こう断続的に拘束された跡が残るのよ。何度も高熱を出しているから? 家庭教師(主治医)が常に側にいて、高熱を出す度に暴れる子どもを身体拘束してるとでも?」


 ぞわ、とした。

 改めて考えると、あり得ない。


 子どもの錯乱状態程度で、身体拘束。ましてや、貴族の子ども。

 物を壊すから――別に壊してもいいじゃないか。ケガをするから――危ないものを近くに置かなければいい。


 身体拘束を必要とするのは、自傷他害。

 それならば、エリアス様もまた、心の病の可能性が高い。


 或いは、外界との遮断、監禁。

 公爵夫人の狂気と執着。果たして、エリアス様は、本当は病気ではないという可能性もある。


 どちらにしろ、家庭教師は、知っているのだ。

 エリアス様が、その意志に反して拘束されている、と言うことを。

 それでいて、黙認しているのだ。


「あの家庭教師。

 絶対に、信用しては駄目よ」


 ライラが、静かに言った。

 それは昨日、家庭教師の首筋に裁ちばさみを突き立てたライラそのものだった。




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