閑話4
「革紐が千切れるって、何したの?」
私の目の前に、革紐を突き出しているのは、サラである。
エリアス様の肌着の部屋から看護女中部屋に戻ってきたところに、洗って乾いた私のお仕着せを届けに来てくれたのだ。
態々有難い話である。
着崩れたエリカ女史の服を脱ぎ、小躍りしながら着替えていたところで、笑顔のサラに肩を叩かれたわけである。
言っておくが、革紐は、千切れてはいない。
千切れるかもと思ったのは確かだが、ネッサならまだしも、体を動かしただけで革紐を千切るほどの筋肉は、私にはない。
千切れてはいないのだが。
太さが、シルク糸と見紛うくらいに細くはなっている。
「――仕方ないわよ。ミアだもの」
ライラが私の脱いで一度畳んだ服を、再度丁寧に畳み直しながら言う。
言い訳ではないが、雑に脱いだわけではない。このあと、埃を払ったりブラシをかけたりしようとしていたのだ。だから、そこまでキッチリ畳んでいなかっただけである。
ちなみに、服の現持ち主、ウナ女史は、看護女中部屋にはいない。
なので、エリカ女史の服が着崩された無残な姿を、見せずに済んだ。
「革紐代、古着代と一緒に支払うから」
誠心誠意詫びの気持ちを込めて私は言う。
ちゃんと返すアテはある。そこは心配不要である。
「お金だけもらっても、外出靴が履けないんだから、革紐を買いに行けないじゃない。
だから、何したのよ? 普通、革紐が千切れるなんて思わないでしょ」
普通じゃなくて悪うございます。
外出する機会なんて、洗濯女中には皆無なんだから、出入りの小間物屋に頼みなよ。
文句を垂れるサラに、思わず零しそうになった言葉を、寸でのところで飲み込む。
私は、債務者なのだ。
サラのへそを曲げるような発言は、慎むべきである。
「ねえ、ミア。あんた、またこの服、借りて着てよ」
なんで。
二度と御免である。
たった今の今まで、ステイズごと革紐を千切ったと文句を垂れていた人とは、到底思えない発言なのだが。
横を見ればライラも、半眼に半開きの口で「はあ?」と言わんばかりに、サラを見ていた。
「だって、この服。
王立正規軍歩兵師団の軍属服でしょ!」
珍しく、サラの鼻息が荒い。
と言うか。
これだけ興奮しているサラを見るのは初めてかもしれない。
エリカ女史は従軍経験があるとウナ女史は言っていたが。
王立正規軍歩兵師団って、なんだ。
聖堂司祭じゃないのか。
「従軍聖堂司祭も軍属なんだから。当然、軍属服を着るわよ」
きりりとサラが言う。
知らんがな。
「歩兵師団の、袖口赤の女性軍属服なんて。素敵すぎる。
革紐は千切れているのに、服は綻び一つないのよ。どれだけ機動性に優れてるか、着てたミアなら、わかるでしょ。
それで、さっきまでスカートの裾をたくし上げていたわよね。
それなら膝射の姿勢できるでしょ?」
膝射って、なんだ。
サラのテンションに付いていけないのだが。
「あんた、知らないの? 歩兵師団の花形、精鋭猟兵の狙撃姿勢に決まってるでしょ」
知らんがな。
それを私にやれと。それって、コスプレと言うやつでは。
と言うか。
サラが、自分で着ればいいのでは。
「ミアの目つきの悪さと、艶のないボサボサの髪だから良いんじゃないの。本物の臨場感って感じで。
あ。想像したら鼻血出てきたわ」
それは、褒めているつもりか。
それと、本当に鼻血出すな。
「ここにいたら、お宝を汚してしまいそうだから、私洗濯場に戻るわ。
ミア。絶対に、看護女中様にお願いしてね。もう一回着させてって」
そう言い残して、サラが裏庭へ出ていく。
あの子、何しに来たんだ。
私のお仕着せを持ってきてくれたんだった。
まあ、サラのことだから、無償の善意ではないのは分かっていた。
だからって。
ライラが完全に固まっているではないか。
「あ、忘れてた」と、手巾で鼻を押さえたサラが、裏庭の扉を開けて戻ってきた。
「看護女中様から何か差し入れられてたら、私にもちょうだい」
たかり根性丸出しである。
密造ラウダヌム入りの焼き菓子なら、そのうち差し入れられるかも。
なんて口が裂けても言うものか。
と言うか。
そんなもの、絶対に口にさせない。
サラも、ライラも、マーサも、エマも、ソフィも。ララだって。
洗濯場の誰にも。
そもそも。
洗濯女中に幻灯機劇なんてイカサマは、通用しないのだ。




