閑話3
全ての鍋を洗い終えたのは、居館の灯りも落ちた夜更けだった。
流石に朝鳥もまだ寝ているらしい。屋敷林に響くのは、夜鳥の低く不気味な鳴き声だけだった。
全身、煤汚れで真っ黒なのは自覚している。洗濯場の外の水場で、手と顔を洗う。
真夜中だし誰もいないし、誰も見ていないだろう。仮に見られていても、別に構わない。その場でお仕着せも脱ぎ、シュミーズ一枚になった。
真っ黒なお仕着せを裏返しながら丸めて脇に抱え、洗濯場の屋根裏部屋に向かう。
ベッドに倒れ込むように突っ伏して、意識を失うようにして爆睡した。
夜明けとともに起こされた。
耳を劈く悲鳴。
私だけでなく、洗濯女中全員がガバっと身を起こした。
「ドロボー!!」
私の部屋の入り口で、深い赤毛の少女が金切り声を上げている。
しかも、その視線の先は、私である。
「ララ。あれは泥棒じゃないよ、ミアだ、よ――――!!」
深い赤毛の若い洗濯女中を宥めようとしたサラが、私を見てギョッとする。
同室の他の洗濯女中たちも全く同じ表情である。なんだったら、何事かと屋根裏の廊下から顔を覗かせている洗濯女中たちも、同じ表情である。
「………………あんた、何、これ」
驚愕から憤怒へと変化するサラの声。
私は、改めて、部屋と床と自分の手、そして自分のベッドを見て、絶句した。
どす黒い、手形、足形、そして枕には顔型がしっかりと残っている。
そう。
水洗いだけでは、決して落ちない。
それが煤である。
つまり、洗濯場の裏口からここまで、不審な足跡が続いていたとして、ララに侵入者と判断されたのだ。
「昨日の夜は調理場の洗い場が人手不足だからって鍋洗いしてて…………。
あ、マダムに命令されて仕方なく、だよ。
決して、洗濯場を裏切ったわけでも、調理場に寝返ったわけではなくて――」
しどろもどろになる私を、みなが半眼で睨んでくる。
「そんなことは、どうでもいいの!
むしろ、夜遅くまでお疲れ様!」
ソフィが腰に手を当てて、鼻息荒く言う。
「わかってると思うけど、みんなが怒っているのは、屋根裏部屋に煤を持ち込むなってことよ」
ソフィの後に、いつもより一段低い声でエマが言う。
その怒りは尤もである。
洗濯場の洗濯は、居館のリネンを白く洗い上げることである。
そして、その汚れの大半を占めるのが、煤汚れである。調理場は元より、暖炉の灰掻き、灯りの管理、部屋の掃除、ありとあらゆる場面において煤汚れが付き纏う。
要するに、洗濯女中が洗濯場の仕事を増やしてどうする、と言うことだ。
返す言葉がない。
自分が汚したものは自分で洗うとして、ではその時間、私が洗うはずだった洗濯物は誰が洗うのか。
ショボくれる私に、ライラが追い打ちをかけた。
「ホントに、屋根裏部屋に煤汚れ持ち込まれると困るの。
せっかくの休息時間なのに、洗いたくなるじゃない」
返す言葉もない。
そうだった。ここにいる洗濯女中は、みな洗濯中毒だった。




