閑話2
屋敷林の穴の底に、おがくずと灰と石灰にまみれた嘔吐残渣がある。
更に石灰を厚く敷き、そして、桶の汚水を流し込んだ。
石灰が音を立てて水に溶ける。舞い上がる石灰と共に、湯気が昇る。
そこに薪と、大量の藁を、わっさわっさと投下し、火をつける。
ノア坊ちゃまの、嘔吐物と排泄物の処分である。
ノア坊ちゃまが嘔吐して、丸一日が経過した。
昨日を含めても、ノア坊ちゃまの他に嘔吐したり体調を崩した人はいないらしい。
ノア坊ちゃまも、昨日夕刻会った限りであるが、あの短時間でかなり回復していた。
疫病ではないのかもしれない。
家庭教師の言うとおり、何かを盛られたのか。
そうだとしても、私の知っていいことではない。
私は、無知でいなければならない。
そう思えば思う程、居心地の悪さを感じた。
そして、その居心地の悪さは、今や嫌な予感に取って代わっていた。
私は、燃え上がる炎を見つめながら願った。
この嫌な予感ごと、燃えてなくなれば良いのに、と。
「あんた、何歌ってるのよ。気持ち悪い」
私の後ろで耳障りな黄色い声を上げたのはウナ女史だ。
「え?」と私はウナ女史を振り返り、そして反対側のライラを見た。
「歌ってたわよ。燃えろ燃えろって」
ライラが澄ました顔で言う。
それは、完全に無意識だ。
ただ、藁や薪から空高く燃え上がる炎を前にすると、なぜか口遊んでしまう歌なのだ。
魂の記憶というやつだろう。よく知らないが。
「穏やかな旋律なのに、物騒な歌詞ね」
「そうかな」
ライラの言葉に若干反抗心が芽生え、その歌の一節を歌う。別に思い出したと言うより、口を突いたという感覚だ。
「天を焦がすなんて、あんた、まるで……。
――何でもない」
ウナ女史が、ハッと私から視線を背ける。気まずそうな顔をしている。
「――――魔女、ですか。それとも、魔物?」
私は、片方の口角を上げて言った。
「ちょっと! 私、言わなかったのに。
何で自分で言うのよ!」
ウナ女史が顔を紅くして喚く。
ライラも、顔が紅い。私も、頬が火照っているのが分かる。
きっと、輻射熱のせいだ。
遅れてやってきたエリカ女史が、何か毛の塊を炎に放り込む。
「これ?
鼠。罠に引っ掛かってたの。
別に火を熾さなくていいから、ちょうど良いでしょ」
何を入れたのだろうと、じっと見ていた私とライラに、エリカ女史が淡々と言う。
「あんたたちも、鼠の死骸は見つけ次第、焼却処分よ。
埋めたり捨てたりは駄目よ。病気が伝染るから」
ウナ女史も、エリカ女史に賛同している。
「…………あの」
右手を挙手する。
エリカ女史が、「はい、ミア」と指してくれた。
「以前、鼠の死骸がかまどに置かれていたのですが、それって……」
「湯を沸かすついでに燃やすのよ」
確かに、灰になってしまえば病気を媒介することはない。
「…………あの」
続いて、ライラが挙手する。
「黒い害虫の駆除方法を教えてください」
「石鹸箱に誘い込むのよ。
あいつら、石鹸に触れると動かなくなるから」
私とライラは、恐る恐る顔を見合わせた。
「あと、肌着の浸けておいた桶をひっくり返したのは」
ライラの質問に、エリカ女史が黙ったまま、ウナ女史に振り返る。
「――――あっ! えっと……、躓いちゃって。
わざとじゃないのよ、ほんと。わざとじゃないの」
ウナ女史が、慌てたように弁明する。
であるならばと、私は質問する。
「私の手巾が、洗濯前の肌着の中に入っていたのは」
「あ、それは嫌がらせ」
エリカ女史とウナ女史が顔色をスンと戻して言った。
そう言えば、あの歌の二番の歌詞は「燃えろ」でなくて「照らせ」だったな。
と、炎に照らされたエリカ女史とウナ女史の顔を見て、思い出した。




