閑話
「………腸詰」
洗濯場の食堂。今日の夕食である。
私の呟きと共に、私の皿に浮かんでいた唯一の戦利品が、掻っ攫われていく。
「そういう話でしょ」
攫われた腸詰の欠片は、ニコッと笑って言ったサラの口の中に消えていった。
債権回収業者め。
「そんな恨めしそうに見ないでよ。代わりに私の分のこれあげる」
細かい野菜しか浮いていない私のスープに、薄茶色の拳大の塊が、ゴロッと転がり込んできた。
五月芋。
今日は珍しく、皮のまま茹でただけのものだが、五月芋自体は珍しくも何ともない。
毎日夕食には登場しているし、洗濯女中全員がこれで満腹になるくらいに十分な量がある。
腸詰の代わりに五月芋と言われても。レートが違いすぎるだろ。
なんて声に出したら、サラのヘソが曲がるので、私の心の中だけに留めておく。
私は債務者なのだ。
「サラは、五月芋食べないの?」
ふと疑問に思って尋ねた。
腸詰には程遠いが、こんな立派な五月芋は滅多にお目にかかれない。
「私、茹でただけの皮付き五月芋って、田舎くさくて嫌いなのよね」
ぞんざいな態度でサラが言う。
田舎臭い。
その言葉に、周りにいた洗濯女中たちがピクリと動いた。
数代前のノルデン公爵が、寒波による不作と飢餓に喘ぐ領民を想って普及させた五月芋。
サニスに限らず、北部地域に住まう人間ならば、五月芋とは、文字通り、血と肉と魂そのものなのである。
それを、田舎臭いとな。
「いつもみたいに皮剥いて小さく切ってくれれば、なんとか食べられるけど。それか脂と炒めるとか工夫してくれたら」
なおも言い募るサラに、周りの洗濯女中たちからヤジが飛ぶ。
「自分でやんな」
「都会かぶれ」
「悪徳徴税人」
「何よ。嫌いなんだから仕方ないじゃない。それに、腸詰は正当な請求でしょ」
膨れっ面になったサラが腰に手を当てて、フンスフンスと鼻息を荒くして言った。
「あのさ、最近あんたたち洗濯場にいないから、私一人でつまんないのよ。もっと私に優しくしてくれない?
…………ちょっと。黙らないでよ」
みなが白けた目でサラを見る中、サラの皿にゴロンと五月芋が落ちてきて、上から匙でぺしゃんこに潰される。
「汁の中で崩して食べると美味しいよ。
五月の女神様と素雪の賢者様に感謝して、残さず食べようね」
豊穣を司る神の名と、五月芋を普及させたノルデン公爵の通り名を持ち出したマーサが、笑顔でサラに詰め寄った。
ちなみに、いつも皮を剥いて一口サイズに切られているのは、夕食当番の技量でもなければ、食べる人への心遣いでもない。
洗濯場の食事用には、皮が緑色に変色していたり芽が出ている五月芋、つまりは居館で使えなくなった五月芋が回ってくる。
そのため、可食部が小さくならざるを得ないだけなのだ。
私の皿にある皮ごとの五月芋を、丸ごと匙ですくう。
それにしても、デカい五月芋だ。
皮付きなのは、剥けば可食部が減るというのもあるが、これだけ大きいと夕食当番が面倒くさがったのだろうと想像がつく。
なんて悪態にも似た溜息は、それにかぶりついて、嘆息に変わる。
「え。うんま」
今日も今日とて煩い洗濯場の食堂で、なぜ喚いていたのか忘れるくらい、私は一人で感動していた。
それにしても、この五月芋、うま。
20話までお付き合いいただきありがとうございます。ここからは、月・水・金の週3回更新になります。




