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「今日もいるわ」


「一人増えてない?」


 今日も入ってくるなり顔を顰める四人の看護女中たちに、私とライラは丁寧にお辞儀をした。


「本日も、どうぞよろしくお願いいたします」


 私の横で優雅にお辞儀をするライラの表情を、チラと見遣った。

 澄ましたような顔のライラ。既に四人を敵として認識して、警戒態勢に入っている。ライラがいて心強い反面、面倒くさいことになりそうな予感もする。


「ねえ。昨日といい、今日といい、この部屋は私たち看護女中の部屋なのよ?

 何であんたたちが我が物顔でいるわけ? この部屋でそんなもの洗濯しないでよ!」


 色の薄い金髪の看護女中に、我慢ならないという顔で怒鳴りつけられる。


「この部屋で洗濯するようにと、侍女様に言いつけられていますので、洗濯場に移動することはできません」


 しおらしい態度で私は言う。

 実際そうなのだから仕方ない。私だって洗濯場に戻りたい。居館なんぞ、いたくはない。


「侍女って、誰よ」


「公爵夫人の侍女様、ローテヒューゲル夫人です」


 ライラが言った。

 ローテヒューゲル夫人には言われてないのだが、おそらくはローテヒューゲル夫人の指示のはず。間違ってはいない。……と思う。


 冷や汗をかく私の心中を知らない看護女中が、ローテヒューゲル夫人の名を聞いて、ぐっと喉を鳴らした。

 見るからに四人とも怯み、虚勢を張るかのように口々に叫ぶ。


「き、聞いてないわ! そんなこと」


「私たちには、話が来てないわ!」


 それはそうだろう。

 仕事の話をしようにも、部屋にいないのだから。サボっているのが悪い。


「あなたたちのことは、家政婦長に報告するわ」


 女中への脅しの常套句である。

 ブルネットの看護女中が口角を上げて言う。

 大概の下級女中は、上級女中からその一言を言われると震え上がる。

 私も、その一言に震えた。歓喜の震えだが。


「ぜひ! お願いします!」


 そのブルネットの看護女中の手を取ってブンブンと握手をしたくなる。

 そんな勢いで飛びついた。


「ぜひ、マダムに報告をお願いします! マダムが侍女様の指示に従えとしか仰らないので、ここで洗濯しているんです。洗濯場にこれらを持ち出すことをマダムが許可さえしてくれれば、私たち洗濯場で洗濯します!

 ここの水場は小さいし、この部屋より洗濯場の方が広いし、作業台も清潔だし、臭いも籠もらないし、かまども大きいし、部屋も暖かいし、明るいし、埃っぽくないし、辛気臭くないし、邪魔は入らないし、とにかく洗濯場の方が」


 そこまで言ったところで、看護女中たちが

「もう良いわよ! 何なのよ、あんた!」と捨て台詞を吐いて部屋を出て行った。

 私はその後を追い縋った。


「あのっ! 今言ったこと、マダムにご報告を! 何卒、よろしくお願いいたします!」


 廊下に出て、看護女中たちの後ろ姿に向かって大声で言った。

 他の廊下を行き交う使用人たちが、ギョッとした顔で私を見て、次に私の視線の先である看護女中たちを見る。

「もう何なのよ!」と四人が駆け足で去っていくのを見送った。


 部屋に戻り、再びエリアス様の肌着を洗い出す。


「あの人たち、マダムに伝えてくれるかな」と独りごちると、ライラが勢いよく私に顔を向けた。


「あんた、あれ、本気だったの? 嫌がらせじゃなくて?」


「全部本気だよ。洗濯場に戻りたい」


「あの人たち撃退用のフリかと思ったわ」


「そんな訳ない。だって、洗濯場の方が広いし、作業台も清潔だし……」


「さっき聞いたわよ。もう十分よ」



 結局、看護女中四人は、マダムに伝えてくれなかったようだった。

 もしかしたら、伝えたのかもしれないが、マダムの許可は下りなかった。

 次の日も、その次の日も、そのまた次の日も。

 エリアス様の肌着を洗濯し出してだいぶ経ったが、マリア嬢からは「洗濯は、この部屋で」と言われている。


 看護女中四人からは、「部屋から出て行け」と言われることもなくなった。

 その代り、たまに部屋に来た時に、嫌がらせを受けている。

 裏庭で漬け置きしている桶をひっくり返されたり、石鹸箱に邪悪な触角の害虫を入れられたり、置いておいた手巾を洗う前の肌着の山に隠されたり。

 些細な嫌がらせである。


 よっぽど暇らしい。

 仕事しろと思ったが、公爵夫人に仕事を取り上げられているのだった。

 本当に暇なのだろう。


「今度は、どんなことするのかしら」


 いつの間にか昼前に入り浸るようになったマリア嬢が、楽しそうに言う。

 入り浸ると言う言葉を使うのは失礼だが、とは言え、一人で椅子に座って寛いでいる姿は、入り浸っているという表現がよく当てはまる。


 マリア嬢は、昼食を使用人食堂で摂っていない私たちに、軽食を持ってきてくれるようになった。

 毎度お馴染みと化した、黒パンとチーズ、そしてミルクだ。

 今日は焼き菓子もある。ベリーの入った焼き菓子だ。


 嫌がらせを楽しみにしている様子のマリア嬢だが、もちろん、本人が看護女中からの嫌がらせの被害を受けることはない。マリア嬢が在室しているときは、看護女中たちがこの部屋に姿を見せることはない。

 そんなマリア嬢が、嫌がらせのことを知っているのは、ライラが話したからだ。

 二日前、かまどに鼠の死骸が置かれていたのに気付かず火を熾して、部屋中に酷い臭いが充満してしまった時、鍵を受け取りに来たマリア嬢に何事かと訊かれたのだ。

 とは言え、話したからと言って何もない。嫌がらせの話を聞いたマリア嬢は、「あら懐かしい」とニッコリ笑っていた。

 その心根を見習いたいと思う。


「こちら、洗濯の終わった肌着です。アイロンがけも完了しています」


 机の脇に畳んで置かれている肌着の枚数を数え終わり、それらをリネン布で包んで、マリア嬢に渡す。

「確かに受け取りました」とマリア嬢は、それをバスケットにしまう。


 塔の部屋にあったときからは、見違える程綺麗になった肌着たちである。

 何度も灰汁に漬け置き、何度も石鹸で洗った。熱湯消毒もした。穀物酢で肌触りを、香油で香りを良くしている。


 ほとんどは白の肌着。レースや刺繍があしらわれている物もあった。

 高価な肌着であることは見てわかる。


 一つ気になっているのが、今のところではあるが、血液や糞尿、浸出液などの体液と思われる染みが、一切ないことだ。

 酷い汚れであるが、これは皮脂汚れが時間とともに酸化した汚れである。

 病気と言っても無数あるし、全ての病気を知っている訳では無いが、寝室から出られない程の病人の肌着と言うのは、こうも綺麗なのかと疑問にすら思う。


 それをマリア嬢に質問したとしても、「洗濯女中の知るところではない」と言われるだけだろう。

 ぼんやりとマリア嬢を見ながら考えていたら、マリア嬢に「他に何かありましたか?」と問われてしまったので、慌てて首を横に振った。


「いえ。エリアス様の肌着を洗濯いたしましたので、どうぞよろしくお願いいたします」


「責任を持って、公爵夫人にお渡しいたします」


 そう言って、マリア嬢は部屋を後にした。



「………ミア。ちょっと来て」


 マリア嬢が退出するのを待っていたかのように、ライラに呼ばれた。


「みて。ここに染みがあるのよ」


 昨日から灰汁に漬け置きしていたエリアス様の肌着の一枚を、作業台に広げ、ライラが指差した。


「子供とはいえ、病人の肌着って、こんなに染みがないのか、ずっと不思議だったのよ。

 そしたらこの肌着を見つけたのだけど。

 染みもだけど、生地も破けそうになってるのよ。ここの位置って」


「…………手首だね。両手首」


 両袖の端の方。袖一周はない、半周ほど。

 太い線状に続く染みと、擦れたようで弱くなっている生地。

 まるで、両手首を縛られていたような。

 でも、なぜ。エリアス様の手首を縛るのだろうか。


「………………とりあえず、見なかったことにしよう」


 二人で頷きあった。


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