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第二曲 やきいも

「これが他のより大きいから、僕はこれにする。秋果(しゅうか)は?」

「俺はどれでもいい。スーパーの焼きいもの大きさなんて、全部同じだろ」

「全然違うよ。秋果は大事なところで適当なんだから」

「朱瑠(あける)の言う大事なところって、ほとんど食べものだよな」

 焼きいもコーナーに並ぶ紙包みをひとつ取る。絶対にこれが一番大きい。隣であきれた顔を向けてくる恋人で幼馴染の秋果にも、次に大きい焼きいもを選んで渡した。

 赤紫色の紙包みを手渡すと、秋果は焼きいもに視線を落とし、朱瑠を見る。こういうとき、秋果はひとつ年下とは思えないほど冷めた目をする。年下どころか、高校生とも思えない目だ。

 せっかく整った顔なのだから、いつもにこにこしているほうが得をしそうなのに――というのは朱瑠の平凡さから出る小さな文句だ。自分の平凡さを放置すれば、秋果はにこにこしていなくても、いつも最高に恰好いいとしか思わない。背が高くて脚も長い。薄茶色の髪はさらさらだし、肌もつやつやでなめらかだ。マイナス点を見つけるほうが難しい。結論、どんな秋果も好きだ。

 朱瑠は赤茶色の髪を揺らして、自分で出した結論に頷き続ける。そんな朱瑠に、秋果がもの言いたげな目になった。

「なに?」

「なにもないけど?」

 なにもないという目ではなかった。もしかして。

「僕が一番大きい焼きいも選んだのが、本当は気に入らないんじゃないの? 秋果も一番大きいのがよかったんでしょ」

「朱瑠の食い意地をベースに考えるな」

 さっさとレジに向かってしまうので、朱瑠は慌てて追いかける。こういう冷めた対応でも、幼馴染のときは秋果といられるだけでよかった。でも、やっと長年の片想いが実ったのだから、もう少し甘い雰囲気を作ってもいい気がする。というより作りたい。

 ずっと仲良くしていた秋果から告白されたのは、今年の四月。秋果が朱瑠の通う高校に入学した日だ。小さい頃から秋果が好きだったけれど、中学生のときにはたしかに恋愛感情を持っていた。だから、秋果と高校も同じところに通えるだけで嬉しかった。それがまさか恋人になれたなんて、まだ夢のようだ。

(でも、僕だけが好きみたい)

 秋果がはっきりと想いを口にしてくれることは多くない。想いが通じていても、そういうことを簡単に言葉にしていいと思えないらしい。慎重で控えめな性格なのは知っているが、頭が固すぎる。朱瑠なんて、口を開くたびに「秋果が好き」と言いたいくらいだ。

 なんとなく悔しくなって、足を速める。前を行っていた秋果を追い抜き、先にレジへ並んだ。追いついて朱瑠のうしろに並んだ秋果は、小さくため息を落とした。

「転んだら危ないだろ」

「平気だよ」

「心配すぎて、俺が平気じゃないんだよ」

 またため息を吐き出した秋果の優しさに、たった今の悔しさが消えていく。

 結局、朱瑠は秋果のするひとつひとつの言動に弱い。少しむっとなることがあっても、秋果が気遣ってくれたり優しくしてくれたりすると、簡単に機嫌が直ってしまう。お手軽なやつだと思われていそうだ。

 年下なのに冷めていて心配性な秋果には、別の意味で悔しくなることもある。朱瑠の年上としての立場がなくなるからだ。もともとの性格からだけれど、秋果は落ちつきすぎている。そんなに落ちついていられると、朱瑠の落ちつきのなさがわかりやすくなってしまう。

 会計をすませて、スーパーの外にあるベンチに並んで座った。夕方になり、秋風がひんやりとしている。さっそく焼きいもにかぶりつき、隣の秋果の様子を窺う。秋果も朱瑠ほどの大口ではないが、ぱくりと焼きいもにかぶりついていた。横目で秋果の顔を見て、焼きいもを持つ大きい手に視線を向ける。

(焼きいもが食べたいなんて、言うんじゃなかった)

 もっと手軽な、片手で食べられるものを選べばよかった。秋果のものも朱瑠のものも大きい焼きいもを選んだから、両手で持たないといけない。これでは手がつなげない。

 秋果と恋人になって六か月、幼馴染から進展なし。

 今日こそ手をつなぎたかった。いつもリードされているのだから、こういう肝心なところでは朱瑠が頑張らないといけない。なにせ朱瑠はひとつ年上なのだ、一応。

 今日こそ、と決意を固めてから現在二週間が経っている。ほぼ毎日、こうやって大きいサイズの買い食いをしている。あれもこれもおいしい秋に、高校生の食欲が抑えられるはずがない。さらに言えば、せっかく食べるのなら大きいものを選びたい。自分の食い気が強すぎるのだと、わかってはいる。

 もやもやとする気持ちを追い払うように、焼きいもにかぶりつく。同時に、隣で秋果が噴き出した。

「なに?」

「いや、いい食べ方だなと思って。恋人の前でもおとなしいふりしないところ、可愛いから」

「!」

 焼きいもにしてよかった。珍しく甘い言葉をもらえて、ぐんと気分が浮上した。

 気持ちが元気になったことで勢いがつき、ぱくぱくと焼きいもにかぶりつく。先ほどまでもおいしかったけれど、もっとおいしく感じる。

「食べ終わっちゃった」

 機嫌よく食べていたら、あっという間に紙包みだけになった。大きい焼きいもだと思ったのに、実は小さかったのだろうか。隣を見ると、秋果の焼きいもはまだ半分くらい残っている。

「朱瑠は自分の食べただろ。ほら」

 視線に気がついた秋果は、残り半分をさらに半分に割り、大きいほうを朱瑠へ差し出した。

「ほしいなんて言ってないよ」

「口で言ってないだけ」

「……ありがとう」

 くれるのなら素直にもらう。おいしい焼きいもだったし、実はもう少し食べたかった。

 秋果からもらった焼きいもなので、大事に食べる。自分の分を食べたときとは正反対に、ゆっくりと少しずつ食べた。そんな朱瑠の隣で、またふっと噴き出す声が聞こえた。

「なに?」

「足りないならもう一個買ってやるから、そんな朱瑠らしくない食べ方するなよ」

「なにそれ。僕がいつも豪快にしか食べないみたいじゃない」

「実際そうだろ」

 声に出して笑われて、むっとなりながら残りの焼きいもをひと口で食べた。さらにおいしく感じて、むっとした気持ちなんて吹き飛んだ。秋果が笑っていてくれると嬉しいから、おいしいものがもっとおいしくなる。秋果も食べる速度を少し早めたようで、焼きいもはすぐになくなった。

「行くか。それとも、もう一個食べる?」

「ううん、もう大丈夫。夜ごはん食べられなくなっちゃうから」

「朱瑠にその心配は、いらなそうだけど」

「だよね。僕もそう思う」

 ふざけるように笑いあって、ベンチから立つ。紙包みをたたんでごみ箱に捨て、ふたりで帰路についた。

 先ほどは可愛いと言ってくれたし、少しいい雰囲気だ。これなら、今日こそ手をつなげるかもしれない。そろりと手を伸ばし、秋果の左手に狙いを定めた。

(今だ!)

「あ」

「えっ」

 慌てて手を引っ込める。

 いざ手を握ろうとしたら、ぴたりと秋果が突然足を止めた。企みがばれたのかと、どきどきする朱瑠の隣で秋果は周囲を見まわす。なにかを探している様子だ。

「どうしたの?」

「甘い香りがする」

「僕、お菓子なんて持ってないよ」

「なんでも食べものにつなげるな。あれ」

 視線でしめされたほうには、小さな公園があった。公園のすみに緑の葉が鮮やかな木があり、小さいオレンジ色の花がたくさん開いている。朱瑠も「あ」と口から出た。

「金木犀だ!」

 甘い香りに誘われて、ふらふらと金木犀へと近寄る。秋果もついてきてくれて、朱瑠が金木犀のそばで足を止めると隣に並んだ。

「いい香り。秋って感じがする」

「へえ、朱瑠が花で秋を感じるなんてすごいな」

「どういう意味?」

 睨みつけてみても効果はなかった。秋果は優しい微笑みを浮かべて朱瑠を見ている。本当に、こういうところが全然年下に見えない。もともと可愛げもなかったけれど。

 逆に言えば恰好よすぎるのだ。可愛さなんて感じないくらいに、なにもかもが恰好いい。朱瑠はそんな秋果が好きだから、まったく問題ない。秋果に関することは、とにかく結論がすべて『好き』なのだ。

 秋果のこんなに優しい微笑みを見られたから大満足だ。今日も手をつなげなかったけれど、よしとしよう。金木犀に邪魔をされたという気持ちより、金木犀のおかげで秋果の微笑みが見られた感謝のほうが大きい。甘い香りが心をやわらげてくれるようだ。

「そろそろ帰るか」

「うん。じゃあ、またね。次来たときも咲いててね」

 朱瑠が金木犀に手を振るところを、隣で見守っているのがわかる。子どもっぽいと思われているかもしれない。でも無言で去るのはかわいそうだから、こういうときは開きなおる。秋果が家に帰るとき、なにも言ってくれなかったら朱瑠は寂しい。きっと金木犀も同じだと思う。

「朱瑠って、変なところでめちゃくちゃ可愛いよな」

「えっ、なに急に」

 驚きすぎて目をまたたくと、心外だとばかりに秋果が目つきを鋭くした。

「俺、朱瑠のこと可愛いと思ったときは、ちゃんと言ってるつもりだけど?」

「そ、そうだっけ。そういうことは簡単に口にしたくないって言ってなかった?」

「それは朱瑠に向ける俺の気持ちのことだろ。言葉にするのが難しいくらい大きいから、軽く言いたくないんだよ。そのかわり、可愛いって思ったらすぐ言ってる」

「えっと……うん?」

 理解半分で頷きながら、脳内では記憶から秋果の言葉を引っ張り出す。そういえば先ほども、豪快な食べ方を可愛いと言われた。

(あれ……?)

 そこからあれこれと記憶をさぐってみると、いろいろな会話のなかに『可愛い』が紛れ込んでいることに今さら気がついた。つきあってからの六か月、かなりの数の『可愛い』をもらっている。記憶違いだろうか。

 朱瑠が記憶を辿っていると、あからさまなため息をついて秋果が口を開いた。

「さっきの焼きいもの食べ方、金木犀に手を振るところ、髪に寝ぐせがついてるとき、購買で買ったパンにかぶりついてるところ、俺の真似してコーヒー飲んで顔歪めてるとき、なにもないところでつまずくとき――これは心配でもあるけど、可愛いと思ったらいつも言ってる」

 並べられたシーンは、誰が見ても可愛いと思わないだろう。でも秋果は「まだあるからな」と自慢げに胸を張る。他の誰も可愛いなんて思わないようなところを、秋果は可愛いと思ってくれている。

 これほどにたくさん言ってもらったというのに、朱瑠はきちんと聞いていなかった。たぶんというか間違いなく、秋果に見惚れていたか、なにかを食べていたかだ。

 朱瑠は口を開けば好き好きと伝えるのに、秋果が同じように言ってくれないとずっと不満だった。でも今聞いた真実からわかるのは、秋果はだいぶ大きい気持ちを持ってくれているということだ。

「……」

「どうした、考え込んで」

「う、うん……ちょっと反省してる」

 秋果は基本が冷めているからわかりにくいが、かなり朱瑠を好きでいてくれている。反省とともに顔が俯きはじめた。

 気持ちを言ってくれない、手をつなげない、と悶々とする前に、秋果の言葉をきちんと聞くべきだ。しっかり言葉を受け取っていれば、そこにどれだけの気持ちがこもっているか、わかったはずだ。

 ぱっと顔をあげ、気合いを入れて口を開く。

「僕、秋果が大好き!」

「!」

「大好き大好き大好き!」

 突然謎の連呼をはじめた朱瑠に、さすがの秋果もぽかんとしている。こんな顔は、はじめて見たかもしれない。言えるかぎりの『好き』を言葉にして、大満足で一度深呼吸をした。大きさで負けそうなら、数で勝負だ。

「帰ろっか。お腹空いちゃった」

 足を進めると、突然右手が温かくなった。なんだろうと目を落とし、視界に入った光景に何度もまばたく。

(……手つないでるみたいに見える)

 目の錯覚か、願望が幻を見せているのか。隣から伸びている秋果の左手が、朱瑠の右手をすっぽりと包み込んでいるように見える。何度も目をまばたいていると、そのまま手を引っ張られた。

「え、嘘」

「なにが?」

「だって手をつないでる幻覚が、現実みたいに感じるんだよ。僕、食べすぎかな」

「わけのわからないこと言ってないで、帰るぞ」

 混乱する朱瑠の手を引いて、秋果が歩き出す。徐々に理解が追いつき、ぼぼぼっと頬が燃えそうなほどに熱を持った。

(これ、幻覚じゃない。本当に秋果と手つないでる!)

 現実に起こっていることを理解したら、心臓が暴走しはじめた。あんなに手をつなぎたかったのに、実際に手をつなげたら心臓のどきどきが激しすぎる。

 熱い頬を感じながら、俯きつつ秋果についていく。朱瑠の手を引いた秋果が、大きく息を吐き出した。ため息にしては優しい感じがする。なんだろう。

「やっと朱瑠と手つなげた」

「え……?」

「朱瑠の食い気に邪魔され続けたけど、そういう朱瑠が可愛いんだもんな」

 驚きすぎて立ち止まると、そんな朱瑠の手をかまわず引っ張ってくる。つんのめるように歩き、秋果の背を追った。

 嬉しさとどきどきと満足感が、胸でいっぱいに膨らんでいる。勇気を出して、一歩先にいる背中に向かって呼びかける。

「秋果」

「なに?」

 少し振り向いてくれたので、ぎこちなくなりながらも微笑みかけた。

「キスは僕からするね」

「っ……!」

 ばっと秋果は勢いよく前を向いてしまった。勇気を出した宣言なのに、気に入らなかったのか。それとも大胆すぎて引かれたか。心配になっていたら、さらに強く手を引っ張られた。

「帰り、朱瑠の部屋に寄るから」

「え、なんで?」

 なにか用があるのだろうか。聞きかえすと、また少し振り向いた秋果が睨んできた。

「してくれるんだろ、朱瑠から」

「!」

「早く帰るぞ」

 ぐんぐん歩調を速める秋果に引っ張られ、かなりの急ぎ足で自宅方向へと足を進める。見慣れた景色が近づいてくるにつれて、心音がどんどん高まっていった。

(今日するなんて、言ってないのに)

 文句を言いたいくらいにどきどきしている。この早足は秋果の期待が表れているのだ。冷めた秋果の、可愛い一面を見られたことも嬉しい。

 前を行く秋果をじっと見ると、耳の縁が赤くなっている。きっと朱瑠も同じ色をしているに違いない。

 ふたりで顔を赤くしながら、夕陽が傾く帰路を急いだ。


終

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