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Underground   作者: マン太
第1章 日常

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3.拾い物

 夕方近くなって、ユージンはようやく根城としている家屋の一室、ベッドから起き上がった。

 昨晩の見廻りが終わって帰って来たのは、朝の三時過ぎ。それから打ち合わせをして、その他諸々の雑事をこなして、ベッドに入ったのが昼前。

 うとうと微睡んでいると、一報が入って叩き起こされた。その指示が終わって、ようやく眠りにつくことができたのが三時過ぎ。起きるのがこの時間になっても仕方ない。

 短めに刈られたプラチナブロンドの髪を無造作にかきあげ、その場でしばらく思案する。褐色の素肌に、開けっ放しの窓から、夕暮れ間近の陽がさしこんでいた。

 今年、十六になるユージンだが、その横顔は十六のそれではない。笑顔は別にして、幼さの欠片もなかった。この歳で一つの地区の管理を任されている。それも当然だった。

 一報とは、今日の昼過ぎ、自身の縄張りとしている区域近くの壁であった爆発のことだ。それも、単なる事故や悪戯ではなく、目的を持って行われたものだった。あちら側へ逃げるため、壁の一部が破壊されたのだ。そこは、自身の管理する区域ではない。


「行く必要はない。けど──」


 一応、見回りはした方がいいだろう。そうしないと、後々何か問題が生じた際、確認をしなかったのかと上からどやされる。それに、こちらの縄張りに、逃亡に失敗して殺気立った妙な連中が逃げ込んでいても面倒だ。部下には、周辺の見回りを指示したが、実際の現場を頭が確認するのも務めのひとつだった。


 ──仕方ねぇの。


 革のパンツのポケットに、褐色の指を突っ込むと、その場所へと向かった。


 現場は壁以外、そのままになっていた。破壊された壁の残骸が大きな塊で転がっている。けれど、壁は元通りに修復されていた。それは、向こう側に住む役人らの指示で速やかに行われたはず。いつもの事だった。

 こちらに住む住人は、あちら側からはいないものとされている。だから、幾らあちらに行きたくとも、正規のルートでは越えることは無理だった。

 それで、ごくまれにこんな事件を起こすバカがいる。

 こっちとあっちを区分けする壁は、片方は標高八千メートルを越える山脈地帯まで、もう一方は海へとおちる断崖まで延々と続いていて、そう簡単に迂回して越えることはできない。また、高さも成人男性の平均的な背丈の四倍は優にあった。しかも上部には高圧電流が流れていて、簡単には越えられない。

 しかし、長い年月、風雪に晒された壁には、稀に老朽化している箇所があって、そこをあちら側へ抜け出そうとする連中に狙われるのだ。が、それが成功することはまずなかった。

 上手く爆破することができても、大抵、すぐにあちら側の警官や軍、役人らが駆けつけ、侵入者は排除され、壁は数十分もしないうちに塞がれてしまうのだ。


 ──排除、か。


 ユージンはすぐ横にある壁に手をかけた。真新しいそれは白く、輝いてさえ見える。ここが今日、壊された箇所なのだろう。

 目を周囲に転じれば、容赦なく排除された人間の血が辺りに残ったままになっていた。あちら側に逃げようとした連中に対して行われた行為。


 ──本当に、容赦ねぇの。


 血に染まった石のひとつを蹴り飛ばす。この量を見れば、相当の人間が排除されたのが窺えた。

 同じ人間なのに、こちらに住んでいると言うだけでこの扱い。いない者とされているのだから仕方ないと言えばそれまでだが、腹立たしい現実だった。

 と、飛ばした石が何か柔らかいものに当たった気配がした。


 ──なんだ?


 視線を向けた先には、崩れた壁の欠片が辺りに散らばっている。そのうちの大きな塊の下に、人の髪が覗いているのに気付いた。排除された人間は、すべてこちら側で処分する。壁に隠され、それに漏れたのだろう。


 ──面倒だな。


 また人を呼んで処分を頼むことになるが、ここは自分の管理する区域じゃない。この区域を管理する奴に連絡してもいいが、そいつとは仲がいいとは言えなかった。してやる義理もない。


 ──さて、どうしたもんか。


 壁の下から覗く髪は明るい栗色だった。

 放っておこうかと思ったが、どんな奴か顔くらい拝んでおこうかと、しゃがみこんだところで動きを止める。


◆


 瓦礫に手を掛け覗き込んだ先に見えた顔は、存外、綺麗な顔立ちをしていた。

 しかし、その顔は傷だらけで、うつ伏せの身体の下に血だまりが出来ている。撃たれたのだろう。まだ年は若そうだった。


 ──俺と同じくらいか?


 若い奴がここへ紛れるとは珍しい。大抵、バカな計画を起こすのは大人ばかりだ。


 ──自由な暮らしを夢見たんだろうが──。


 と、すっかり息をしていないと思った少年の瞼が、少し動いたように見えた。


 ──生きてるのか…?


「…っ…」


 瞼の下の目が左右に動いたあと、僅かに開かれる。覗いた瞳はグレーがかったグリーンだった。それはしばらく目の前の景色だけを見つめていたが、ふと、気が付いた様にこちらに向けられた。しっかりと視線が合う。


「──おい。意識はしっかりしてるか? 怪我の具合は? 動けそうか?」


 言いながら、覆いかぶさった壁の残骸を避けていく。かなりの重量だったが、砕けたおかげで、下敷きになって圧死することは免れたらしい。それに、それがいい止血になっていた様だ。

 あらかた避け終わると、横たわった身体を見直した。左肩から出血している。弾は貫通したらしい。


 ──けど、このままじゃ。


 出血がひどいのには変わりない。放っておけばこのまま死を迎えるだろう。モスグリーンの瞳の少年はなんとか声を絞り出し、必死にユージンに訴える。


「ケ、イに…っ。ケイ…に……」


 そこまで言って力尽きたのか、意識を失う。持ち上げかけた首ががくりと落ちた。


「ったく…」


 舌打ちする。面倒なことこの上ない。こんな死にかけの子ども、拾ったところで何の価値もない。逆に手がかかるだけだ。このまま見捨てても、こちらの世界ではそれが当たり前で、誰も文句は言わなかった。

 ふと見ると、右手に何かを握っている様だった。


 ──なんだ?


 ぎゅっと握られた右手のひらを開いて確かめる。手の中から転がり出てきたのは、熟れた紅い実だった。プラムだろう。この時期に出回るものだが、こちらの地域ではなかなか手に入らない。


 ──こいつ。


 見れば、汚れてボロボロとはいえ、着ているものが上等だった。少なくとも、こちら側では目にしない。


 ──あっち側の、人間か?


 それなら、少しは価値があるかもしれない。

 ユージンはそれでもため息をつくと、重い腰をようやく上げた。慣れた手付きで、手持ちの布を使い簡単に止血を施すと、自分より長身の少年を、軽々と背負いあげた。



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