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Underground   作者: マン太
第4章 過去

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19.面会

 ヒロは連れて行かれた部屋で、落ち着かない時間を過ごしていた。前とは違い、地上四階建ての最上階、隅の部屋だ。

 部屋に入った途端、背後で鍵を掛けられた。閉じ込められるのはこれで二度目だ。またかと思ったが、前と違うのは警備の数だ。前より多い。この部屋に入る前も、ヒロを連れてきた護衛の他に、既に部屋の前に二人待機していた。


 ──なんでだろう?


 窓は開けられるのかと、手をかけ押し開こうとしたが、それは上部だけが僅かに開くようになっていて、とても人が通り抜けられる幅はなかった。それでなくともここは四階で、飛び降りれば確実に無傷ではいられない。

 あまりに厳重な様子に、隙をみて帰れないだろうかと、様子をうかがっていたのだが、あきらめざるを得なかった。

 部屋の中には、ソファセットに机、ベッド、別室に浴室とトイレも備えている。カウンター付きの簡易キッチンもあった。閉じ込められても、ここだけで十分暮らせそうだ。


 ──前とは違う。


 ここへ来る時も、車に乗り込んだ途端、ドアにロックを掛けられ、両脇には護衛がぴったりと張り付いた。カイルは別の車だ。そのまま護送され、ここへ連れてこられたのだ。

 不安な表情を浮かべる自分とは異なり、カイルは終始機嫌が良さそうだった。

 邸に到着し車を降りた際も、何も心配はいらないと言われたが、こんな状況では不安しか募らない。先ほどから嫌な予感しかしなかった。


 ──だいたい、ここまでして待機する必要があるのか?


 不思議でならない。まるで逃げ出さないようにしているとしか思えなかった。


 ──明日はユージンに、タルトを焼く約束をしたのに…。


 タルトを焼く前に、フィリングを作らなければならない。リンゴを甘酸っぱく煮て、カスタードクリームを作って。タルト生地も空焼きが必要だ。色々とやらなければならない作業が多い。

 ユージンには失敗もほのめかしたけれど、今度は上手く行くはずだ。頭の中で何度も予習したのだから。

 そこまで考えて、ため息をつく。

 帰れることは嬉しい。ケイが届けを出してくれたことも。ようやく、あちらに戻れるのだ。けれど、今のヒロにとって、こちらでの生活も大切なものとなっていて。すぐにでも帰りたかった、一年前とは違う。

 

 ──もし、ユージンのもとへこのまま帰ることが出来なかったら…。


 皆、中途半端で置いていくことになる。

 使っていた部屋だって整理したいし、あれこれ、仕舞ってある場所も伝えておかないといけない。残り少なくなっている食材もある。消費期限が迫っているものもあった。

 だいたい別れの挨拶もしていない。何より、ユージンにはどうしても会っておきたかった。ヒロの中で、ユージンはすっかりかけがえのない、大切な存在となっている。


 ──これで、さよならなんてありえない。


 最後はせめて、お礼に皆の好物を沢山作って、皆に感謝して終わりたい、そう思った。


 ──必ず、帰ろう。


 けれど、とうとうその機会がやって来ることはなかった。


◆


 案内された書斎には、この邸の主がいた。緩やかなウェーブを描くプラチナブロンドに碧い瞳。顎の下で手を組み、机に肘をついてこちらを見つめている。

 昔と変わりない。いや、年を経て更に美貌に磨きがかかっただろうか。


「やあ。ここでまた、君に会えるとは思わなかったよ。十七でここを飛び出して以来か? ──アルベール・ケイト・蓬生。私のたった一人の弟──いや。今はケイ・ルグランか?」

 

 大人へと成長した男の瞳は、穏やかな表情とは裏腹に、以前にも増して冷たい色をたたえていた。

 一年が経ち、ケイがようやく役所から連絡を受け、向かった先は軍の施設だった。

 そこで案内についていた役所の職員から、軍の職員へと代わり、軍の敷地内へと向かった。そして、壁の向こうへと続く門からあちら側へと車で移送されたのだ。

 役所の職員の話では、軍の施設内で待つことになるはずだったのだが、突然変更され、なぜか壁の向こうへ向かうことになった。 


 ──ここを通るのは、十一年ぶりか。


 壁を越え、送迎車に乗せられ。車は街を抜け、郊外へと向かっている様だった。向かう道に見覚えがある。


 ──まさか。


 そう思ううち、到着したのは郊外の邸宅。カイルの私邸だった。以前は実父のもので、自身も十七才までここで育った。懐かしむところだろうが、蘇る記憶は暗いものばかり。


「…どうして、分かった? ──いや、今のあなたならそれくらい簡単か。…兄さん」


「出会った頃から、あまりにも叔父に似すぎているヒロが気になってね。私が父の兄、ジャンを心酔していたのは知っていただろう? 彼はその叔父にそっくりだったんだ。他人の空似とは思えないほどに──」


 ケイは押し黙る。


「──…」


「それでその身辺を探った。それに彼の後見人がどんな人物か知りたくてね。──調べたら、この結果だ。長年、行方不明とされていた君が生きていた。──しかも、ヒロの後見人として」


 机の上に置かれた申請書類とともに、調査資料を軽く指先で弾いて見せた。


「これは、なにかあると思うだろう?」


「……」


「ヒロは叔父、ジャン・ハロルド・蓬生の息子。そうだろう?」


「…ちがう」


 うつむき視線を反らす。それを見たカイルは嘲笑した。


「違うものか。ヒロの母親の経歴や周辺も調べた。かなり時間はかかったがね。──すると、彼女はジャンといい仲だったと知れた。しかも、ジャンとの間に息子をもうけたと──」


 カイルの視線を頬に感じたが、無視を決め込む。


「──その後、ジャンは後継を望んでいた父の手によって暗殺され、その場にいた彼女は息子を連れて逃げ出した。父としては正式な跡取りとなる息子を野放しにはできない。父は刺客を送ったが見失った。子連れですぐに後を追えるとたかをくくっていたのが裏目に出たんだろう。そこで父は彼女を探すため、もっと腕のいい、相手が油断するだろう刺客を送ろうと考えた──」


 カイルはその表情の動きを見逃さないかのように、ケイから視線を逸らさなかった。


「──父は自身の優秀な、しかし、後を継ぐことを拒んでいる息子を使うことにした。息子を試したんだ」


「……」


「アルベール──いや、ヒロに倣ってケイと呼ぼうか。君は父から交換条件を出されたはず。後継ぎの放棄を認める代わりに、女と子どもを探し出し連れ戻せと。もしそれが叶わないなら、息子だけでも引き渡せと。──違うか?」


「…知らない」


「嘘をつくな。すべて承知済みだ」


 カイルは冷たい視線を向ける。


「君は結局、彼女達を連れ戻すことも、息子を奪うこともできず。その内、母親が病で亡くなったのを機に、監視という名目で息子を見守ることを選択した。──もし、後継ぎを望むようなら、その時こそ命を奪うと約束して。父は君には甘かったからな。それで許した。──もちろん、後継からは外されたが」


「…そんなの、でっち上げだ」


 カイルは鼻先で笑ったあと、


「当時、父の秘書をしていた人間から聞き出した。間違いはない。話させるまでかなり時間を要したが、家族に少し危害を加えれば簡単に白状した」


「…っ! 彼は、家族は無事なのか?」


「ご老体だ。あまりいたぶってもな。家族のケガも、酷いものではない。安心するといい」


「汚い手を…」


「なんとでもいいたまえ。これも運命という奴さ。ヒロがここへ現れた時からこうなると決まっていた。君だって、いつまでも逃げられるとは思っていなかったんだろう?」


「逃げてはいない。報告はしていた…」


 カイルはケイを見つめながら、


「それも、父が病に伏した頃からなくなっていたようだが。──このまま父がそうしたように、うやむやにしても良かったが、息子がいると言うなら話は別だ。──ヒロを私の手元に置きたい。私はヒロがここへ来た時、叔父の息子とは知らず、迷わず手元に置こうとした。──が、事情があって、私の手元には置くことができずにいたんだ。そのせいで、調査結果が上がっても状況は変えられなかった…」


「どうして状況が変わった?」


「君の申請が上がって来たからだ。手違いによって、一年も経ってからね。どうやら、役所内で不手際があったようだ。──しかし、これでヒロを引き取る機会を得たわけだ。今の後見人である君と取引することで、正式にヒロを手に入れることができる」


 ケイは眦を吊り上げてカイルを見据えると、


「渡すつもりはない!」


 カイルは笑みをたたえたまま、顎に手をあて考える素振りをすると、


「父に習って──今回も君に選択肢を与えよう。君に今後一切、関わらない代わりに、ヒロを私が譲り受けよう。私が新しい後見人となる。今までのような貧しい生活はさせない。不自由なく生きることができる」


「ヒロにとって、それが自由かは別だろう? あなたの自己満足だ。…交換条件など受けない。ヒロを渡すつもりはない。連れて帰る」


「その選択をするなら、どうなるか分かっているのか? 君の家族ともいえる、親しい隣人たち。──彼らに害が及んでもいいと?」


「…何をするつもりだ」


 睨みつけるケイに、カイルは目を細めると口元に微笑を湛えた。


「突然、車が故障してブレーキが利かなくなるかもしれない。ガス漏れで家が爆発するかもしれない。昨日までそんな素振りもなかった友人が急に家出するかもしれない…。足のつかない手は色々ある。──脅しじゃないことは分かっているだろう?」


 ケイは一度目を閉じると、大きく息を吐き出し、


「…だから、嫌だったんだ。父は手段を選ばなかった。それは、異母兄のあなたも同じだ。──いや、もっと酷い。どうしてそんな生き方ができるんだ? …俺には理解できない」


「君にも同じ血が流れている」


「…っ。血は血だ。ただ、それだけだ! …あなたは幸せなのか? 人の幸せを踏みにじってまで、なにもかも手に入れて」


「なんとでも。私はそうできる力を手に入れた。本来なら、妾腹の私に継ぐ権利はなかった。父がそれを認めていなかったからな。だが、正妻の息子、君がそれを蹴った為、私が後を継いだ。──君が放棄するからいけないのさ」


 カイルは声高らかに笑った。


「友人たちを助けたいなら、応じるべきだよ。──君に考える時間を与えよう。一時間、待とうか。君が応じたなら、別室にいるヒロには、私から君が申請を取り下げたと伝えるつもりだ。君の幸せを考え、後見人の座を私に引き渡したと…」


 ケイは拳を握りしめる。


「ふざけるなっ!」


「待ち続けた君の申請がようやく上がってきたのに、取り下げたとあればかなり落胆するだろう。しかも、後見人も降りたとなればな。──だが、私がフォローする。これからは私が後ろ盾となって彼を支えていくと。安心したまえ」


「……っ」


「彼を連れていけ。丁重にな」


 最後にはひと際、冷淡な笑みを浮かべ、護衛の部下と共にケイを送り出した。





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