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Underground   作者: マン太
第3章 新たな生活

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18/21

17.居場所

「それで、今日は何を教わりたい?」


 ミトはエプロンをした腰に手をあて、日焼けした顔に笑みを浮かべ尋ねてくる。休養日の昼前。ランチも兼ねて、ミトの家で料理教室が開催された。


「うーん。一般的なのは一通り習ったからなぁ。ミトの得意な料理は?」


「私の母親が作ってたスープだよ。そうは言っても、ふつうのスープじゃないよ? 肉は牛か豚で、それを時間をかけて煮込むんだ。決め手はビーツって真っ赤な根菜だね。見た目はカブと似てるけど、中身は違うのさ。それを刻んで、人参やじゃがいも、キャベツ、玉ねぎと炒めたあと、肉と一緒に鍋に入れて煮込むんだ。トマトに大蒜、ワインビネガーも入れてね。それで最後に塩コショウで味を見る。どうだい? メニューに加えてみるかい?」


「うん! お願いします」


「よし。じゃあ始めよう」


 そうして、二人して鍋を覗き込み、包丁で野菜を刻み、フライパンで炒め、最後にまた鍋を覗き込み。

 途中で様子を見に来たハルが、ミトの腰あたりに纏わりついていたが、


「ユージン!」


 ユージンが、ヒロを迎えがてらランチを取りに現れて、そちらへと駆けていく。ユージンは、飛び付いてきたハルを受け止めながら、


「やあ、なんだかいい匂いがするな…。これ、ミトの得意料理だろ? あの赤い奴」


「そうだよ。ハル、あんまりユージンにじゃれ付くんじゃないよ。疲れているんだから」


「大丈夫だ。──ハル、何して遊ぶ?」


 言われたハルは、角がすっかり丸くなった絵本を、本棚代わりの木箱の中から引っ張りだしてくる。


「じゃあ本読んで。これ」


「なんだ、それ前も読んだだろ?」


「いいから読んで!」


「わかった、わかった。ほら座れって」


 ユージンは絵本を受け取ると、居間に置かれたソファに座った。ハルはその傍らにべったりくっつくように寄り添って、広げた絵本を覗き込む。ユージンは絵本を、抑揚をつけて読みだした。

 けれど、その口調はどこかおかしい。すべてのセリフが巻き舌で読まれているのだ。可愛いクマのキャラクターが、まるでマフィアのボスのようだ。ハルはキャッキャと笑い声をあげている。そんな様子を横目に、


「ユージンは面倒見がいいよね?」


「だろ? すっかりハルはユージンに夢中さ。将来はお嫁さんになるって息巻いてるよ。ま、何も知らない子どものうちの戯言だけどね」


「本当にそうなったら、困る?」


 ミトは穏やかな笑みを浮かべ、


「ここが平和で穏やかな場所だったら、それもいいだろう。けれど、ここはそうじゃない。それにユージンは背負うものが多いからね。ハルじゃ務まらんさ。あの子は甘ったれでね。ユージンには心のよりどころになる相手の方が合っている。守って欲しいと頼られれば、ユージンは応えるだろうけど、彼自身は休まらないだろうからね」


「へぇ…。そっか、心のよりどころ、か。──わかる気がする」


 確かに孤高に見えるユージンには、そんな相手が必要かもしれない。傍らに立って、何かの時はユージンを支えるような、心を癒すような。

 すると、ミトはふとこちらを見上げ。


「あんた、そうじゃないのかい?」


 思わず聞き返す。


「…僕?」


「印の話は聞いてるよ。そう言う意味じゃないとは聞いてるけれど。──でも、それだけじゃなく、ユージンはヒロといると、くつろいでいるように見えるけどね」


「そう…かな?」


「そうさ。これからも、私たちのユージンの傍にいてやってくれると助かるよ」


 そう言って、ミトはぐるりと鍋の中身を杓子でかき混ぜたあと、一口分掬い上げ味をみた。


「──いい出来だ」


 ヒロに向かって、にこりと微笑む。

 ミトは知らない。ヒロが向こうへ帰りたがっていることを。もし、今、ケイからの届けがあったなら、すぐにでも帰るつもりなのだと。


◆


 それから更に数か月。ここに来てすでに一年が過ぎようとしていた。

 ここでの生活にすっかり馴染みつつある。あのあと、奥貫が絡む襲撃もなく──小さな諍いはあったものの、大きな争いや襲撃も起こらなかった──おかげで落ち着いた日々を過ごせていた。


「あれ? ロブ、シーツは? 前変えてから結構経ってると思うけど…」


 新しいシーツを抱え一階の部屋を回っていれば、起きてきたロブと廊下で鉢合わせた。ロブは頭をかきながら、


「あー、や。まだいける…」


「ダメだって。ヤートはこの一週間でもう二回変えてるもの。汚いよ」


「いいんだって。もうちょっといける──」


「臭いの、嫌われるよ? 女の子に…」


 腰に手を当て睨みつければ、ううっと唸ったあと、


「わかった...。後で持ってく」


「今すぐ。洗濯機に入れるの」


 ヒロの勢いに、降参とばかりに手を上げて、部屋へとUターンした。

 巨漢のヤートはああ見えて、几帳面で綺麗好き、こまめに洗濯物を出してくる。逆にロブは自身の身の回りには無頓着で、放っておくと、一週間、同じTシャツを着ていたりする。

 ユージンの仲間は本当に様々で、一年過ぎてようやくどんな性格かつかめてきた。

 それぞれの好物、嫌いなもの、細かい性格か、大雑把な性格か。どう言えば動くか、機嫌を悪くするか。

 時間が経つにつれ、どんどん情報が増えていく。それは、ここで過ごした時間の長さを表していた。

 あれから、ケイからの届け出はない。なんでだろうといつも思う。

 けれど、答えが返ってくるはずもなく。ただ、必ず出されると信じて待つしかなかった。


 そうして洗濯が終わり、洗い終えた大量の洗濯物を中庭に干していれば、


 ──ユージン、また寝てる。


 干したシーツの合間に、その寝顔が見え隠れする。昼は大抵、中庭で昼寝がルーティンとなっていた。

 前はベンチだけだった所に、クッションが置かれている。ユージンが持ち込んだのだ。いつか、ここで眠らず、ベッドに入って眠った方が休まるのに、と言ったことがある。すると、


「こっちの方が良く眠れる」


 そう言って、自前のクッションを枕に眠りについた。確かにぐっすり眠れている様だ。誰かが呼びに来ない限り、洗濯物を干し終えて、ヒロが声をかけないかぎり眠っていて起きない。

 初めは干し終わる頃、自分で起き出したけれど、ここ最近は深く眠りについているため、頃合いをみて声をかけるようにしている。

 頃合いとは、三十分くらい過ぎたあたりだ。一時間だと少し長いらしい。本当は、もっと休んでいて欲しい所だけれど、色々やることがあり、のんびりしていられないのだという。

 だから、早く干し終えた時は、ユージンの眠る傍ら、テーブルを挟んで隣のイスに腰かけ、料理の下ごしらえや、繕い物、本を読んだりして──壁の向こうから流れてくるものがあるのだ──過ごしている。

 

 ──やっぱり、可愛い寝顔だな。


 木漏れ日の中、安心しきって眠るユージンの寝顔を眺めるのが好きだった。

 

◆


「あれ、ここに書類が落ちてるぞ」


 年に一度、休日に市役所館内すべてに、大規模なクリーニングが入る。そこで、一階の窓口のあるフロアを担当した清掃員が、床にワッシャーをかけようとした際、それを見つけた。

 たいていが、捨て忘れたメモ用紙だったり、リサイクルに回そうとしたミスプリントだったりする。今回もそれだと思い、腰をかがめ中から拾い上げたのだが、


「──これ、何かの申請書か?」


 男の声に、他の清掃員が寄ってくる。そして、手にした書類をのぞきこむと。


「──ああ、そうだな。かなり汚れてるから、ゴミかも知れんが、一応、聞いといた方がいいだろう。明日、職員が来たら確認だな」


「かなり前にここに落ちてたと思うけど…。前の清掃から、一年は経ってるもんな?」


「なにも苦情がなかったんなら、たいしたもんじゃないんだろ。でなきゃ、とっくに見つけて、処理されてたさ」


 清掃員は手元の書類に目を落とすと、


「──行方不明届、ね。あんまり聞いたことないなぁ…」


 そう呟いて清掃員は、その書類をかざした。黄ばんだ紙には、『ケイ•ルグラン』そう記名があった。



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