10.睨み合い
客間に入ると、カイルとユージンが睨み合うように向かい合っていた。
──とは言っても、実際睨んでいるのはユージンだけで、カイルは泰然として笑んでいるだけだ。ユージンが憮然とした態度でいい放つ。
「──印は見ただろ?」
「ああ」
「じゃあ、話は簡単だ。そいつを返してもらう」
ユージンが視線をチラとこちらに向けた。どうやら『そいつ』はヒロの事を指しているらしい。
「君の所から逃げ出したと聞いている。それなら、私の所で引き受けてもいいが? 彼を譲らないか?」
「断る。逃げたのは、こいつの勘違いだ。連れて帰る」
「ここにいた方が、何かと便利だ。彼は家に帰りたがっている。いざ申請が上がって来た際、私のもとにいれば、色々と便宜を図ることもできる。許可も下りやすくなるだろう。ヒロにとっていい話だと思うが──」
その言葉に思わず身をのりだしかけたが、ユージンが入る隙を与えず、
「だめだ。返してもらう」
そう口にした。
「頑なだな…。謝礼金がそんなに欲しいか?」
「なんとでも言え」
「君は昔からそうだ。ここを出ていった時もそうだったな? 私が幾ら引き留めても、頑として聞きいれなかった。──それで、今、君は豊かな生活を送っているのか? わずかな謝礼にもすがっているようだが…」
「自由でいられる。それで十分だ」
「ふふ。私の飼い犬にはなりたくない、そうだったな…」
すでに話が見えない。ただ、どうやらユージンはカイルの所にいたことがあるらしい、というのは窺えた。
「あんたと話すことはもうない。──ヒロ、帰るぞ」
その言葉にパッと心が晴れたが、反面、ケイのことを思うと、ここに残った方がいいのでは、とも思う。
多少の不安はあるが、ここで働けば向こうへ渡れる機会があるのだ。しかも、便宜も図ってもらえる。それにもう一つ、カイルに聞いてみたいこともあった。
逆に勝手に飛び出した手前、ユージンのもとへは帰り辛さがある。
「でも──」
「話は帰ってからだ。──こい」
言うが早いか、ヒロの二の腕を掴んで、歩き出そうとする。
「待ってよ! 僕、ここで──」
「ここにいれば、奴の慰み者になるだけだ。それでもいいのか?」
──慰みって。
思わず、背後のカイルを振りかえれば、
「手を出すとは決まっていない。彼次第だ。──ユージン、彼は君とは違う」
微笑を浮かべたカイルに、ユージンは鋭い一瞥を投げつけると、
「──帰るぞ」
「えっ? ちょっと、まって──!」
今度こそ、強い力でヒロの二の腕を掴み、一直線で部屋を出ると、そのまま階段を駆けるように下りて屋敷を後にした。途中、引き止める者は誰もいなかった。
◆
──困ったものだ。
カイルは窓の外、門扉に向かっていくユージンと引きずられるように連れて行かれるヒロを、腕を組み見下ろしていた。
──手元に置いて、調べようと思ったが。
それは無理と分かり、カイルは諦めた。ユージンが印までつけているとは思ってもみなかったのだ。
ここではたかが印と侮れない。印を持つ資格がある者は、限られた人間のみ。力を持ち、頂点に立つ者だけに許される。
その彼らの印をつけると言う事は、かなり個人的に重用されている事を意味する。
それを奪ったとなれば、大きな争いが起こるのは目に見えていた。力を持つ者同士がぶつかり合えば、互いにただでは済まない。無駄な諍いは避けたかった。
「あの青年の身辺を調べろ」
部下にそう命令した。
「は」
──あの青年は──似すぎている。
偶然ではないものを、そこに感じていた。
◆
邸の門扉を出た所に、車が一台停まっていた。使い古されたステーションワゴンだ。イエローオーカーとグレーのツートンで所々錆が浮いている。
ユージンは乱暴に助手席のドアを開け、投げ込む様にヒロを突っ込むと、自身も運転席に乗り込みすぐにエンジンをかけた。
──やっぱり乱暴だ。まだ怪我も癒えていないのに。
心の中で悪態をつきつつも、仕方なく、シートベルトを締め。
「──勝手にしろって、いっただろ? なのになんで、今さら──」
「少しは会話きいてたんだろ? 言った通り、あそこにいれば、あいつのおもちゃになるだけだ。──おまえ、奥貫の所に行ったんだってな?」
「そうだけど…」
「あいつはあっちの区域を仕切るボスだ。ああ見えてかなり悪どい。カイルが興味を示さなければ、そのまま人身売買されてた」
「…そんな──。あのひと、とっても親切だったよ? すぐにカイルさんに連絡とってくれたし。それに、カイルさんだって…。それは──ちょっと不安にも感じたけど…。僕のことを雇って、あっちに行ける機会も作るって──」
それを聞いたユージンが、ったく、と大袈裟にため息を吐き出した後。
「奥貫は非道だ。迷いものが紛れてくれば、容赦なく売り飛ばす。毎月納める場所代が支払えなければ、即、処分だ。──処分の意味、わかるよな? それが嫌で逃げ出したあいつの区域の連中を、俺の所で受け入れた所為で、こっちを目の敵にしてる…。どうせ、ろくなこと言わなかっただろ?」
「うん…」
確かにユージンのことを非情な男だと、奥貫も口にしていた。
互いにそう言いあうのだ。どちらが正しいのかと悩むところだが、いいか悪いかは別にして、こうして気にかけて、わざわざ助けに来てくれたという事は、ユージンはそこまで非情ではないと言うことか。
本音は報酬のためなのだろうけれど。
「それにカイルも同様。いや、もっと悪どい。だいたい、あいつはいつも仕事を紹介すると言って、気に入った奴を連れ込んで侍らすんだ。──俺も昔そうだったから知っている」
「…ユージンが?」
侍らす、その意味は何となく察しはつく。けれど、ユージンはまだ若い。自分と同じか少し下くらいか。
──それなのに、そんな目にあっていたのか。
驚きと共に複雑な感情が入り混じる。
「おまえ、そうなりたいのか?」
思い切り首を振った。
「でも…俺が、どうして?」
「知らない。奴のお眼鏡に叶ったんだろ。あいつにしては珍しい趣味だと思うけどな」
ハンドルを握ったユージンは、前を向いたままそう口にした。
「奴は気概のある、意思の強い奴を好んで側におく。もちろん、容姿もそれなりにな。そのまま能力を認められれば、奴の側近になれる。そういう意図もあって、将来見込みのある奴を側におくんだ。けど…」
ユージンはこちらを横目でちらと見たあと、
「おまえは少し違うみたいだな…」
「見込みがないってこと?」
むすっとして答えるが。
「…だって、おまえなんて、ここじゃすぐに狩られる方だ。到底、奴の片腕になんてなれるタイプじゃない。なのに…」
「知らないよ…。理由なんて。不憫に思ったんだろ? ──それより。俺の背中、なんで勝手に刺青いれたんだよ?」
「刺青じゃない。印だ」
ユージンを上目遣いで睨み付けると、
「一緒だよ。…僕、ユージンのものじゃないよ」
「あれを入れとけば、何かの時に役に立つと思ったんだ。おまえはこっちのこと何も知らないし。何かあった時、印があれば誰も手をだせないからな」
「──なら、どうして勝手にしろなんて、言ったんだ?」
そこまでしておいて、放り出した。ユージンは声音を低くすると、
「おまえが何も知らないくせに、色々いうからだ。それに、本気で出ていくと思わなかった。──あれは、脅しだったのに真に受けるなんて…」
「仕方ないだろ? ここに来たばっかりで何も分からないんだもの…」
口先を尖らせれば、
「なら、少し寄ってくか…」
「どこに?」
尋ねてもあとは答えてくれなかった。
そのまま暫く道を走り、幾度か曲がりくねった道を行くと、バラック小屋の建つ場所へとやってきた。周囲は畑や森が広がり、民家は少ないように見える。
「ついてこい」
そう言うと、車を降りてさっさと歩き出す。
「まって!」
慌てて後を追った。




