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Underground   作者: マン太
第2章 転機

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10.睨み合い

 客間に入ると、カイルとユージンが睨み合うように向かい合っていた。

 ──とは言っても、実際睨んでいるのはユージンだけで、カイルは泰然として笑んでいるだけだ。ユージンが憮然とした態度でいい放つ。


「──印は見ただろ?」


「ああ」


「じゃあ、話は簡単だ。そいつを返してもらう」


 ユージンが視線をチラとこちらに向けた。どうやら『そいつ』はヒロの事を指しているらしい。


「君の所から逃げ出したと聞いている。それなら、私の所で引き受けてもいいが? 彼を譲らないか?」


「断る。逃げたのは、こいつの勘違いだ。連れて帰る」


「ここにいた方が、何かと便利だ。彼は家に帰りたがっている。いざ申請が上がって来た際、私のもとにいれば、色々と便宜を図ることもできる。許可も下りやすくなるだろう。ヒロにとっていい話だと思うが──」


 その言葉に思わず身をのりだしかけたが、ユージンが入る隙を与えず、


「だめだ。返してもらう」


 そう口にした。


「頑なだな…。謝礼金がそんなに欲しいか?」


「なんとでも言え」


「君は昔からそうだ。ここを出ていった時もそうだったな? 私が幾ら引き留めても、頑として聞きいれなかった。──それで、今、君は豊かな生活を送っているのか? わずかな謝礼にもすがっているようだが…」


「自由でいられる。それで十分だ」


「ふふ。私の飼い犬にはなりたくない、そうだったな…」


 すでに話が見えない。ただ、どうやらユージンはカイルの所にいたことがあるらしい、というのは窺えた。


「あんたと話すことはもうない。──ヒロ、帰るぞ」


 その言葉にパッと心が晴れたが、反面、ケイのことを思うと、ここに残った方がいいのでは、とも思う。

 多少の不安はあるが、ここで働けば向こうへ渡れる機会があるのだ。しかも、便宜も図ってもらえる。それにもう一つ、カイルに聞いてみたいこともあった。

 逆に勝手に飛び出した手前、ユージンのもとへは帰り辛さがある。


「でも──」


「話は帰ってからだ。──こい」


 言うが早いか、ヒロの二の腕を掴んで、歩き出そうとする。


「待ってよ! 僕、ここで──」


「ここにいれば、奴の慰み者になるだけだ。それでもいいのか?」


 ──慰みって。


 思わず、背後のカイルを振りかえれば、


「手を出すとは決まっていない。彼次第だ。──ユージン、彼は君とは違う」


 微笑を浮かべたカイルに、ユージンは鋭い一瞥を投げつけると、


「──帰るぞ」


「えっ? ちょっと、まって──!」


 今度こそ、強い力でヒロの二の腕を掴み、一直線で部屋を出ると、そのまま階段を駆けるように下りて屋敷を後にした。途中、引き止める者は誰もいなかった。


◆


 ──困ったものだ。


 カイルは窓の外、門扉に向かっていくユージンと引きずられるように連れて行かれるヒロを、腕を組み見下ろしていた。


 ──手元に置いて、調べようと思ったが。


 それは無理と分かり、カイルは諦めた。ユージンが印までつけているとは思ってもみなかったのだ。

 ここではたかが印と侮れない。印を持つ資格がある者は、限られた人間のみ。力を持ち、頂点に立つ者だけに許される。

 その彼らの印をつけると言う事は、かなり個人的に重用されている事を意味する。

 それを奪ったとなれば、大きな争いが起こるのは目に見えていた。力を持つ者同士がぶつかり合えば、互いにただでは済まない。無駄な諍いは避けたかった。


「あの青年の身辺を調べろ」


 部下にそう命令した。


「は」


 ──あの青年は──似すぎている。


 偶然ではないものを、そこに感じていた。


◆


 邸の門扉を出た所に、車が一台停まっていた。使い古されたステーションワゴンだ。イエローオーカーとグレーのツートンで所々錆が浮いている。

 ユージンは乱暴に助手席のドアを開け、投げ込む様にヒロを突っ込むと、自身も運転席に乗り込みすぐにエンジンをかけた。


 ──やっぱり乱暴だ。まだ怪我も癒えていないのに。


 心の中で悪態をつきつつも、仕方なく、シートベルトを締め。


「──勝手にしろって、いっただろ? なのになんで、今さら──」


「少しは会話きいてたんだろ? 言った通り、あそこにいれば、あいつのおもちゃになるだけだ。──おまえ、奥貫の所に行ったんだってな?」


「そうだけど…」


「あいつはあっちの区域を仕切るボスだ。ああ見えてかなり悪どい。カイルが興味を示さなければ、そのまま人身売買されてた」


「…そんな──。あのひと、とっても親切だったよ? すぐにカイルさんに連絡とってくれたし。それに、カイルさんだって…。それは──ちょっと不安にも感じたけど…。僕のことを雇って、あっちに行ける機会も作るって──」


 それを聞いたユージンが、ったく、と大袈裟にため息を吐き出した後。


「奥貫は非道だ。迷いものが紛れてくれば、容赦なく売り飛ばす。毎月納める場所代が支払えなければ、即、処分だ。──処分の意味、わかるよな? それが嫌で逃げ出したあいつの区域の連中を、俺の所で受け入れた所為で、こっちを目の敵にしてる…。どうせ、ろくなこと言わなかっただろ?」


「うん…」


 確かにユージンのことを非情な男だと、奥貫も口にしていた。

 互いにそう言いあうのだ。どちらが正しいのかと悩むところだが、いいか悪いかは別にして、こうして気にかけて、わざわざ助けに来てくれたという事は、ユージンはそこまで非情ではないと言うことか。

 本音は報酬のためなのだろうけれど。


「それにカイルも同様。いや、もっと悪どい。だいたい、あいつはいつも仕事を紹介すると言って、気に入った奴を連れ込んで侍らすんだ。──俺も昔そうだったから知っている」


「…ユージンが?」


 侍らす、その意味は何となく察しはつく。けれど、ユージンはまだ若い。自分と同じか少し下くらいか。


 ──それなのに、そんな目にあっていたのか。


 驚きと共に複雑な感情が入り混じる。


「おまえ、そうなりたいのか?」


 思い切り首を振った。


「でも…俺が、どうして?」


「知らない。奴のお眼鏡に叶ったんだろ。あいつにしては珍しい趣味だと思うけどな」


 ハンドルを握ったユージンは、前を向いたままそう口にした。


「奴は気概のある、意思の強い奴を好んで側におく。もちろん、容姿もそれなりにな。そのまま能力を認められれば、奴の側近になれる。そういう意図もあって、将来見込みのある奴を側におくんだ。けど…」


 ユージンはこちらを横目でちらと見たあと、


「おまえは少し違うみたいだな…」


「見込みがないってこと?」


 むすっとして答えるが。


「…だって、おまえなんて、ここじゃすぐに狩られる方だ。到底、奴の片腕になんてなれるタイプじゃない。なのに…」


「知らないよ…。理由なんて。不憫に思ったんだろ? ──それより。俺の背中、なんで勝手に刺青いれたんだよ?」


「刺青じゃない。印だ」


 ユージンを上目遣いで睨み付けると、


「一緒だよ。…僕、ユージンのものじゃないよ」


「あれを入れとけば、何かの時に役に立つと思ったんだ。おまえはこっちのこと何も知らないし。何かあった時、印があれば誰も手をだせないからな」


「──なら、どうして勝手にしろなんて、言ったんだ?」


 そこまでしておいて、放り出した。ユージンは声音を低くすると、


「おまえが何も知らないくせに、色々いうからだ。それに、本気で出ていくと思わなかった。──あれは、脅しだったのに真に受けるなんて…」


「仕方ないだろ? ここに来たばっかりで何も分からないんだもの…」


 口先を尖らせれば、


「なら、少し寄ってくか…」


「どこに?」


 尋ねてもあとは答えてくれなかった。

 そのまま暫く道を走り、幾度か曲がりくねった道を行くと、バラック小屋の建つ場所へとやってきた。周囲は畑や森が広がり、民家は少ないように見える。


「ついてこい」


 そう言うと、車を降りてさっさと歩き出す。


「まって!」


 慌てて後を追った。



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