第六話 正体が晴れる時
けれど、あの日の誓いを果たすことはできなかった。
君が魔物にされた時も、殺される瞬間も側にいたのに、俺は何もできず、神殿に囚われている。
今、俺の手を引くのは、メアリを殺した神殿を崇拝する神官であるフレリア先生だ。
学校で学を付けた。力をつけた。あの日から変わったと思っていたのに、俺は情けないまま。
『えー、魔物の洗脳から解放されたじゃない!』
いつも通りの形ばかりの祈りのはずだった。
俺は聞き慣れない声に目を開ける。
横にフレリア先生がいない。周りを見渡しても見知った神官は一人もいなかった。
居るのは、目の前にただ一人。
ふよふよと浮く女性。
心なしか女神像によく似ている。
掘りの深いラテン系の顔立ちも、形の整った眉も。
「貴方は…?」
『ようこそー!私の愛しい子。
気軽に女神様と呼んでね!!』
「女神…さま?」
『そう、いい感じ!』
女神とはこんな俗物的な喋り方をするものだろうか。
それに女神は魔物の洗脳から解放と言った。
それは幼き日に出会ったあの魔物か、はたして、
『もちろん、君の幼馴染のほうだよ!
魔物の名前なんて呼びたくないからあの女とでも呼ぼうかな!』
「なっ…、」
メアリを殺しておいて、お前は…!!
『おっと、あの女が死んだのは魔物だから当然ではあるけれど、わざわざそんなこと私が指示したりはしないよ』
魔物だから当然?
ふざけるな!
魔物でも敵意のないものを殺していい理由にはならない。
『フレリアが教育してるから、少しは冷静になっあかと思ったけど、洗脳が思ったより深いみたいだね?元々思い込みが激しかったりするのかな?』
「何が言いたい…?!」
『まあ、これも道を誤った子を導く女神の定め。
故郷に返してあげるから、あの女がどんな魔物かちゃーんと確かめなさーい』
女神が光る。七色のきらめきは目を覆い隠すには十分だった。
俺は腕で目を庇う。
転移魔法特有の浮遊感。
危機感を抱いたものの既に遅く、踏みしめる地面は既に土の感触に変わっていた。
「俺の実家…??」
目の前に広がるのは故郷の懐かしい景色。
そして少しボロ臭いが、父さんがこまめに直しているから雨漏り一つない我が家だった。
「あら?ラッカ??お帰りなさい。
どうしましょう。家が片付いてないわ」
記憶より少し老け込んだ母さんが驚いたように出迎えてくれる。
「ううん。大丈夫だよ、母さん。
長く居座るつもりはないから」
「ゆっくりしてっていいのよ?
貴方の家なんだから。あら、メアリちゃんとウィンディくんは一緒じゃないのね?」
「え…?あぁ、うん」
メアリが死んだことは秘匿されているのか、母さんは知らないらしい。情報通の母さんが知らないとなるとこの街の誰も知らない可能性がある。
「貴方たちはいつも一緒に居たけど、そっか。大人になったら色々あるわよね。さ、入って入って。昼食作ってるから」
「うん。でも、俺が食べたら母さんや父さんの分が減るだろ」
「大丈夫。父さんとけんか中で、父さんにはぞうきんでも昼ご飯に出そうかと思ってたから1食分余ってるの」
「何も大丈夫ではないな??」
お腹がなる。俺は母さんの申し出をありがたく受け入れ、二人で昼食を食べた。母さんは父さんの部屋に本当にぞうきんを皿に盛って出した。けんか中なのは本当らしい。
「懐かしいわね、父さん抜きで食事をしたのなんて貴方が森から泣いて帰ってきた時以来だわ」
あの日。赤い布の女の魔物に襲われた日か。
親の前でもぐずって情けない姿を晒したからできれば忘れてほしい。
「あー、メアリと一緒に帰ってきた日だよな」
「え?いいえ?あの時はウィンディくんと一緒に帰ってきたわ。赤い布の化け物に襲われたって泣いてたもの」
「え?、」
そんなはずはない。あの時、ウィンディは居なかった。俺とメアリの二人で遊んだ帰りだった。
「第一、メアリちゃんが来たのはそれから2年ぐらい後じゃない?貴方が神官学校に入る一年前。なのに三人ともすっかり幼馴染みたいに仲良くなっちゃって」
「いや、メアリは幼いころから俺とウィンディと一緒で…」
その記憶もある。なのに、どうして、母さんはこんな嘘を言うんだ?
「なーに言ってるの!メアリちゃんと初めて遊ぶ日、貴方、思春期でドキドキしっぱなしで家のお皿よく割ったじゃない。それで、メアリちゃんに積極的に声かけられてもたじろいで。ま、子供の頃の記憶なんて曖昧なものだし、それぐらい仲が良かったってことね!」
女神の言葉が蘇る。
『あの女がどんな魔物かちゃーんと確かめなさーい』
俺は何か大きな思い違いをしている…?
「あら、もう言っちゃうの?」
「うん。せっかくだからメアリのお母さんに挨拶してこようかなって」
「じゃあ筑前煮もついでに届けてくれる?あの人、料理できないからちゃんとしたもの食べてないか不安なの」
「分かった」
俺は家を飛び出す。
メアリには幼い頃に出会ったはずだ。メアリはお母さんの後ろに隠れていたけど、俺とウィンディが遊んでるのを見て混ざりたくなったかこっちに駆け寄ってきた。それが出会いのはず。
初対面で積極的にメアリに声をかけてもらった記憶なんかない。
でも、後ろに隠れるメアリと積極的なメアリ、どっちがメアリらしいかといえば、母さんが言ってた積極的なメアリの方だ。
俺は気がつくと魔物に襲われた森に来ていた。
確かメアリの家はこの近く。でも、なんでこんな危険な森の近くに住んでいるんだ。以前は全くおかしいと思わず通ってた。
俺は魔物に襲われた場所にたどり着く。当然だが、あの魔物はいない。けれど、かつてを鮮明に思い出せる。あの魔物の触手は、メアリが魔物になってしまった時と色も質感も怪力任せな様もよく似ていた。
あの時、魔物から俺を庇ったのは…メアリじゃなくてウィンディ?
「メアリは…本当にあの触手だったのか?」
「そうですよ。ラッカさん」
俺は緩慢に後ろを振り向く。
焦らなかったのは聞いたことがある掠れた声だったから。
「メアリのお母さん…」
「所詮、あの子は魔物でしか無かったのです。私も自分の子なら半分は魔物の血を引いていても人間になれると信じていました。でも、貴方やウィンディさんがメアリを幼馴染だと断言する姿を見て、その幻想を打ち砕きました」
メアリのお母さんは俺の母とそう年は変わらないはずなのに、しわがれ、その苦労の証か頬はコケて、かなり年を取っているように見えた。
「本当に俺達とメアリは幼馴染ではなかったのですか?」
「ええ。一年しかいっしょに居なかった。貴方はその後、神官学校へ。ウィンディは騎士学校へ。
メアリがどうして勇者の地位を欲したのかは今でも分かりませんが、魔王を倒した者が勇者になると聞いてからは貴方たちを巻き込んで討伐の旅に出た。
私が知っているのはそこまでです」
信じていたメアリは嘘だった。
女神が、女神さまが正しかった。
「でも、きっと貴方たちを食べなかったのはーーー、いえ、これは憶測にすぎず、生きるための居場所を守る都合のいい人間だと思ったのかもしれませんね」
メアリのお母さんの声がどこか遠い。
行かなくては。俺が間違っていたのだから。
ウィンディとともにこの森に入った日、俺を殺そうとしたメアリが本当の彼女だったのだ。
「メアリから手紙を預かっているのですが…」
俺はいつの間にか目の前に出現した転移の札を掴む。
女神さまの迎えだろう。
「…要らないみたいですね。いってらっしゃい。今度は貴方がいい人と巡り会えますように」
俺は札を起動させる。
俺の全てが、大切だったものが、偽りだった。
魔物は結局魔物でしか無かったのだ。
申し訳ありません、女神さまーーーーーー。




