第三話 発端
カリカリ、カリカリ。
ペンを走らせど、走らせど仕事は終わらない。
朝から晩まで。いや夜が明けても仕事は減る兆候を見せなかった。
「フレリア先生、これ、いつ終わるんですか」
「終わったら終わりですヨ」
「その終わりを聞いてるんですが…」
というか、なんであんたは手伝わないんだ。
一応、俺の補佐だろう。
「2日ほど眠らせてないからか、意識朦朧としてますネ」
「貴方は爆睡して俺を部下に見張らせていましたね。ぶっ飛ばそうかと思いました」
「覇気のない貴方は可愛いでス」
「何の話ですか??」
朦朧としすぎて会話を飛ばしたかと思うほど、話のアクセルを明後日の方に飛ばすフレリア先生は初めてではない。
しかし、それについていく元気はない。
「昔から貴方がアルバイトの後でぐったりしているのを素敵だと思っていたんですヨ」
「それは早急に脳を洗ったほうがよろしいのでは??」
「もっと苦しめたイ。でも、先生と生徒。犯してはならない一線がありましタ」
「先生どころか人として犯してはいけない一線ですね」
フレリア先生は俺の目元にできた隈をなでる。
愛おしそうに。
「貴方を矯正するには貴方を壊さなければならなイ。ああ、なんと!素晴らしいことカ!さすが女神様」
「女神への敬意、ほんとにそれで合ってます?」
ヤバい。女神のことを初めて可哀想と思ったかもしれない。
「だからまずは寝食を忘れましょウ!!」
「まずは、で忘れていいものじゃないですね」
そもそもあんた、俺の事、処刑したいとか言ってなかったか?
その疑問は顔に出ていたらしい。
「以前から生意気な貴方が気に入らなかったのでス。神官学校に入った当初は敬語も出来なかったし、女神様への敬意もありませんでしタ」
「…その説はご迷惑を」
「取り繕えるようになっても女神様への敬意を全く感じなかった。正直、処刑は当然かと思ってました」
「そんなに??」
「しかし、治療術への熱意だけは本物で、学校に通う資金も自分で調達していタ。私は不服でしたが、学ぼうとする意思のある生徒で苦労している子は助けるのがポリシーでしたから、貴方に歩み寄ったのでス」
それは、とても感謝している。
明日の飯さえ食えないカツカツの状態で、フレリア先生だけが手を差し伸べてくれた。
「フレリア先生が食べ物やお菓子をくれましたよね。お菓子なんて貴方が与えてくれなかったら食べることは出来なかった。
このご恩はいつか返したいと思っていました」
「仇で返されましたがネ」
「うぐっ…」
痛い所を突かれる。
いや、信頼を裏切ってしまったから当然なのだが。
「女神様の敬意も何度か貴方に解きましたが、テストに出ない部分は毎回忘れてましたよネ。その貴方を悪癖を叩き直すチャンスなのでス。貴方はもう学生じゃありませン」
フレリア先生がこちらに歩み寄り、俺のペンを持つ手を握りしめる。
ぐぎぎぎ…と明らかに握りしめるというより握り潰そうとしている音が聞こえるし、かなり痛い。
「フレリア、先生っ、」
フレリア先生はもう片方の手を俺の首にかける。そちらに力は入っていないが、フレリア先生の握力なら片手でも俺を絞め殺せるだろう。
けれど、その表情はどこか俺に懇願しているみたいだった。
「私の可愛い生徒。生きることの許された罪人となった貴方の罪を洗い流したいのでス。だから私に貴方を傷つけることを許してくださイ」
フレリア先生のこの言葉が嘘ではない、真摯な訴えだと言うことは、今までの愉しげな響きが消え失せたことからも分かる。
本当に俺の罪を清算したいと思っていることも。
俺は頷く。
けれど、魔物となった幼馴染を逃がすことはそんなに重い罪なのだろうか?
こういう考えがフレリア先生にとってはダメなのだろうけど、俺には違和感しかなかった。
ヤバい。目がチカチカする。
視界が歪む。
フレリア先生も付きっきりでいるわけじゃなくて、護衛兼見張りを置いていく日もある。
あの人も立場がある。今は教師はやってないらしいが、幅広く手を付けているらしい。
眠りたい。仕事をしないと護衛に叩き起こされるので眠れない。最近は何とか仕事を夜中ぐらいには終わらせられるようになってきたが、それでも睡眠は足りなかった。
今のところ、フレリア先生は女神の教えを説くわけでもなく、ブラック労働に俺をぶち込んでいるが、ホントに俺をどうしたいんだ。
ドアがけたましく叩かれる。
こんなに品なく叩くのはフレリア先生じゃない。
「ラッカ!助けてく…どうしたんだよ、目の隈」
「グリンか。何の用だ」
俺は立ち上がることさえ億劫で、目線だけ旧友に向ける。グリン・ピース。
クルクルパーマの緑の髪を持つ男。柔和な表情が女性にモテるらしい。俺の学生時代の同期だ。
グリンの右手に禍々しい呪いのツタがはえている、ということは、
「呪いの解除中か」
神官は治療術だけでなく、呪いの解除を受け持つ。
しかし、女神の自己犠牲の教えから、呪われている者の呪いを一旦自分に移して、何日も本とにらめっこしながら、呪いの線を1本ずつ解いていくのだ。
グリンは既に複数の呪いを自分に取り込んだ後なのだろう、腕の色は青くブクブクに変色していた。
「そう!新しいダンジョンに潜り込んだ冒険者が集団感染しちゃってさ。他の神官の子たちももうこれ以上取り込めないって言うの」
「ほかの部署に頼めばいいだろう」
「それは神官長通すことになるじゃん!女神様の加護を持ちながらその程度かな、とかクドクド言われるに決まってる!ヤダから助けて!!」
「お前、呪い好きだろう。
全部取り込めばいいじゃないか」
「死んじゃうじゃん。こんなへなチョコの呪いが重複したせいで死ぬのは嫌なの!もっと心沸き立つほど悍ましい憎悪を感じる呪いに触れたい!!」
「それもどうかと思うが」
「あ、別にこの呪いが嫌いってわけじゃないんだからね!!
この呪いも、この程度で満足している浅ましさが感じれて良きではあるだよ??」
「どこでツンデレを発揮してるんだ」
まあ、書類仕事にも嫌気がしていた所だ。
俺は立ち上がる。護衛は制止してこない。
行ってもいいのだろう。
ふらつく体を机で支える。
「大丈夫か?めっちゃフラフラしてるけど」
「祈り以外ではこの部屋の外にはフレリア先生が出してくれなくて」
「めっちゃブラックじゃん」
「それで、あと残り呪いは何個ある。俺だけで足りるのか?」
「20個ぐらい。他にも友人にこっそり手伝ってもらってるからお前が七個ぐらい持っていってくれたら何とかなる」
「司祭の扱い、雑くないか?」
七個って。俺はお前と違って呪い好きじゃないんだぞ?普通は1個でもキツイんだから。
「むしろ勇者一行の神官さまには物足りないくらいじゃないか?」
「うちの一行はリスク管理をしっかりしてたんだよ。まあ、手伝ってやるさ。書類仕事から逃げられるしな」




