第二話 女神の存在
「ラッカ、ウィンディ、私は勇者になりたいの!」
「でも、君は魔物の血を引いてる…」
「おい、ウィンディ!」
「だから!私は勇者になるの!
魔物だからって悪じゃない。私が勇者になれば証明出来る」
信じていたさ。そんな日が来ることを。
おそらくウィンディも。
だから君を絶対に守ると誓った。
けれど、
魔王を倒した時に、魔王は君に呪いをかけた。完全な魔物になってしまう呪いを。王国は勇者の力が魔族側に渡ることを恐れ、君を戻そうとするどころか殺しにかかった。
だから俺とウィンディは君を連れて逃げた。
『ウィンディ!ラッカ!
もういいの。私は完全に魔物になりかけている。ううん、もう体はただの軟体動物。そのうち意識もなくなっちゃう』
「だから君を王国に引き渡せって?!そんなこと、オラもラッカもできるはずない。魔王討伐の功労者にこんな仕打ち。許されたものではない!!」
「そうだ、メアリ。ま、安心しろよ。死ななきゃ神官の俺がいくらでも直してやる。ついでに捕まったら魔物逃亡補助罪だったかの罪もかぶっていてやるから二人で暮らせよ」
『ラッカ!縁起でもないこと言わないで。ここを抜ければ隣国に行けるから貴方も一緒に…』
その瞬間メアリの体は貫かれた。
別れのひと言もないまま、人ではないメアリの体は塵となり消えた。
「あ、あぁああああ!!!」
ウィンディの叫び声が木霊する。
「対象物の排除を確認。逃亡を補助したものを捕獲または抹消します」
俺達は囲まれていた。
放心状態のウィンディはおそらくメアリだったであろう塵を掬っている。
囲まれているからもはや逃げることすら叶わない。
「おい、立てよウィンディ!!」
俺は魔法でウィンディを操る。
ウィンディの目が驚愕に見開かれています。
でも、喋れない。
当然だ。俺が操っているのだから。
「こいつ、仲間を操った!?」
「そうさ、俺がウィンディを操ってメアリを隣国に運びたこもうとしてたんだよ。あっちでは希少生物は高く売れるからな!!」
隣国との仲が良くない王国では捕まえられなくなるし、と付け加える声は震えていないだろうか。
守らなくてはいけないのだ。せめてウィンディだけは。彼女が愛した存在。俺の友人。
神官としてあるまじき行為だと思いながらも口は止まらなかった。
「起きましたカ、ラッカ。
これから起こそうと思ったのニ」
「そのでかいフライパンを何に使う気ですか。煙出てますけどもしかして熱してました??」
「はい。目玉焼きを作ってましたかラ」
そういう問題じゃない。なぜそれを起こす道具にするんだ。
「ラッカ、今日から仕事ですが、動けそうですカ?
書類ばっかなので動けなくてもやらせますガ」
「聞く意味ありましたか??」
それに俺は神殿の事務作業なんて報告書ぐらいしか作ったことはない。一介の神官でしかない俺は神殿で怪我人の回復とか実務ばかりだった。魔王討伐の時も簡易な定期報告しかして無いのに。
俺の不安を見透かしたのか、フレリア先生は俺の手に自分の手を添える。
「大丈夫ですヨ。教えますし、終わるまで眠ることもできませんかラ」
「それは大丈夫とは言わないが??」
「まずは女神様に聖堂で祈りを捧げにいきましょウ。仮にも司祭ですからネ」
それは。俺は、もう。
「貴方とウィンディは魔王討伐の功労者のままですヨ。あの逃亡は公にはなってませン。魔王討伐した者たちは処刑したとなれば体裁が悪いですかラ」
「この首輪、どう説明するんですか」
「女神様の愛です。ビックラブ」
「それで押し通せると思ってます???」
首輪を与える愛はろくでもないものだと思う。
アブノーマルな範囲の中にそういう愛もあるのかもしれないが、俺には理解できない。
メアリには自由にしてほしい。共にあるために努力して側にいる。そういうものが俺にとっての愛だった。
聖堂はかつて来たときと同じで神々しくて煌びやかだった。たくさんの神官で行き交っている。
「ラッカ、昇進おめでとさん!」
「同期のくせに先行きやがって!羨ましいぞー」
逃亡のことを知らない神官たちは気さくに声をかけてくるが、知っている者たちは遠巻きに見ている。
「はは、すまないな」
俺はだる絡みしてくる神官を適当にかわしつつ、フレリア先生とともに神官長の元に行く。
神官長は祈りの最中らしく、その長い白銀の髪を地面に付け、膝を折って女神像に手を合わせていた。神官長は実年齢は分からないが、女神の加護により不老を得ていると言われるほどに若い。
これは女神に近い人間ほど多い特徴なので、特段ツッコミはしないが。
神官長は男性だが、その美貌のせいで色々大変だと聞く。神官たちのなかでもちらほら見惚れているやつがいる。
「ラッカ神官、久しぶりだね」
「それほど久しぶりというわけではないですよ、ユウラン神官長」
「異端審問以来かな」
俺の異端審問を担当したのはユウラン神官長だ。
ユウラン神官長は信仰心が人一倍強く、女神が生み出したものではない魔物を嫌悪していた。
だから魔物の血を引くメアリはここを苦手として、俺を神殿外に引っ張り出して治療を頼んでいたものだ。
「全く女神様は優しすぎる。いくら魔王討伐の功労者とはいえ、君に慈悲を与えるなんて。そんな所があの方の愛しい所なのだが」
「ははっ、神官長なんて異端審問の時にボコボコにしてくれましたもんね。優しさのやの字も無かったですよ」
「あるわけないだろう。魔物を庇う愚か者になんて。しかもこんな女神様の愛を賜って」
神官長の手が俺の首輪へと伸びる。
え、これ、愛なのは共通認識なんですか??
フレリア先生も頷いている。
神殿は頭のおかしな奴しかいないのか。
就職先を誤ったかもしれない。
反省するにも、もう遅すぎるほどに遅いが。
「しかし女神様が赦すと言うなれば、僕は従おう。君は優秀な子であったのは事実なのだから」
しかし、赦しか。
俺は神官になって女神の声などついぞ聞いたことがない。
異端審問で死にかけた時に現れたらしいが、俺にその記憶は無かった。
俺は神官長が立ち去るのを待って女神像に祈りを形ばかり捧げる。何も答えない。当然だ。ただの銅像なのだから。
俺は祈りの体制を取りながら心はメアリに向いていた。死んだらどこへ行くのか。
メアリは幸せなのか。
『魔物に幸せ?そんなものは死んでも許さない』
寒気が走る。なぜだか女神像の口角が歪に歪んでいるように見えた。




