第八話:覇王を知る者
振り向くと、そこには大柄な男が立っていた。
焦げた茶色の髪に、鋭い黒い瞳。顔立ちそのものは整っているが、左頬には大きな古傷が走っている。
その傷のおかげで威圧感がさらに増しており、周囲の空気まで張り詰めたように感じられた。
どう見ても、ただ者ではない。男は腕を組みながら、訝しげにこちらを見下ろしてくる。
「……不審者か?」
低い声だった。私はその瞬間、ぴこん、と閃いた。
「はい、そうです。なので中で尋問してください」
「…………」
沈黙。城門前に、なんとも言えない空気が流れる。
隣ではラドが、「お前、本当に馬鹿なんじゃないのか」という目でこちらを見ていた。
何とでも言えばいい。牢屋に放り込まれるよりは、正式に中へ入った方がまだマシだ。
すると男は数秒ほど私を眺めたあと、ふっと口元を緩めた。
「……ふーん。なんか面白そうだから尋問してやるよ」
そう言って、楽しげに笑う。
次の瞬間、男は当然のように城門をくぐり始めた。
「えっ、いいの?」
戸惑いながら後を追う私の横で、衛兵たちが一斉に背筋を伸ばす。
「敬礼ッ!」
次々と向けられる最礼。その光景を見た瞬間、私は嫌な予感を覚えた。
……この人、絶対偉い人だ。私はこっそりラドへ話しかける。
「ねぇラド、この偉そうな人、知り合いじゃないの?」
「ふむ……」
ラドは男の背中を見つめながら眉を寄せた。
「思い出せそうなんだが、駄目だ。無理に考えようとすると頭が痛ぇ」
そう言って、少し苦しそうに額を押さえる。やはり、この帝国へ来たことで記憶に刺激を受けているらしい。
「姉ちゃん、独り言多いな。大丈夫か?」
前を歩いていた男が振り返り、怪訝そうに言った。……この人、見た目は怖いのに妙に面倒見が良い。
そんなことを考えながら案内された先を見て、私は目を瞬かせた。
取調室ではない。通されたのは、豪奢な客間だった。
深紅の絨毯に、重厚な木製家具。壁には巨大な絵画まで飾られている。私は思わず首を傾げた。
「あの……尋問では?」
すると男は笑い出した。
「ははっ。流石に、お嬢ちゃん相手に本気で尋問なんざしねぇよ」
そう言いながら、どこか不思議そうに私を見る。
「あんた見てると、妙に懐かしい気配がしてな。つい連れて来ちまった」
懐かしい気配。その言葉に、私ははっとしてラドを振り返った。
――いない。
さっきまで隣にいたはずなのに、いつの間にか姿が消えている。え、ちょっと待って。こういう時に限って何故いなくなるの。
だが、今はそんなことを考えている場合ではない。もしかすると、この男はラドについて何か知っているかもしれない。
私は意を決して口を開いた。
「……レッドブラウンの髪で、金の瞳の少年に心当たりはありませんか?」
その瞬間だった。男の雰囲気が、一変した。
先ほどまでの豪放な空気が消え失せ、凄まじい圧力が室内を満たす。黒い瞳が、獲物を射抜く猛獣のように私を睨みつけた。
「――何故、その人を知っている」
殺気。あまりにも濃密な威圧感に、私は息を呑んだ。身体が震える。冷や汗が背中を伝い、喉が張り付いたように声が出ない。
怖い。本能が危険だと叫んでいる。
すると、不意に扉が開いた。
「少女相手に何殺気立ってるんですか。情けないですね、ラゴス将軍ともあろうものが」
呆れた声と共に、一人の青年が部屋へ入ってくる。
水色の髪に、静かな灰色の瞳。年齢は二十代前半くらいだろうか。知的な雰囲気を纏った、美しい青年だった。
彼は私へ軽く会釈すると、穏やかな声で名乗る。
「初めまして。この野蛮な男は、ラゴス・ルプ将軍」
さらりと酷いことを言いながら、青年は続けた。
「そして私は、クリスティアン・ペスク。宰相職を務めています」
……宰相。……将軍。
それ、この帝国でもトップクラスの偉い人たちでは?
私の背筋を嫌な汗が流れ落ちる。ラド、こんな時に何故いない。このままだと、脱獄どころか脱城を考えなければいけないかもしれない。
そんな私の心情など見透かしたように、クリスティアンは柔らかく微笑んだ。
「さて――」
静かな声だった。だが、その灰色の瞳は少しも笑っていない。
「何故あなたが、“金の瞳の少年”を知っているのか、ぜひ教えていただけませんか?」




