第七話:覇都の門前にて
「来てしまった……大帝国ダキアに……」
帝都の中心街へ降り立った私は、呆然と呟いた。
大帝国ダキア――石造りの重厚な建築がどこまでも続き、広い石畳の街路には大量の人々が行き交っている。
荷馬車の車輪の音、商人たちの呼び声、鍛冶屋から響く金属音。空気そのものが熱を帯びているようだった。
フィオル王国とはまるで違う。あちらが穏やかな田園国家だとするなら、こちらは巨大な欲望と力によって動く都市国家だ。人口の規模も活気も桁違いで、人々の歩く速度まで速く見える。
――都会だ。圧倒されながら周囲を見回していると、隣でラドが小さく唸った。
「うーん……懐かしいような、そうでもないような……」
「曖昧すぎる感想なのよ」
私はじとりと睨む。もし結局この国と何の関係もありませんでした、などというオチだった場合、生霊だろうが何だろうが一発殴ってやる。
そう心に誓いながら、私はまず宿を探すことにした。
*
宿屋の受付で国と名前を書いた瞬間、店主の目が丸くなる。
「えっ、お姉さんフィオル王国から来たのか!?しかも女性一人で?」
「……はい」
「よく無事だったなぁ……。道中、野盗とか大丈夫だったのか?」
私は愛想よく微笑んだ。
「えぇ、おかげさまで無事に到着できました」
……まぁ実際には、かなり大変だったのだけれど。
安い辻馬車に揺られながら国境を越え、途中では盗賊団に襲撃までされた。
だが、その程度なら問題ない。私の植物魔術と、ラドの得体の知れない高位魔術によって、盗賊たちは文字通り瞬殺だった。
護衛の傭兵たちからは「姐さんすげぇ……」と妙に感謝されたが、できれば普通の侯爵令嬢として扱ってほしかった。
横を見ると、ラドが何とも言えない顔でこちらを見ている。
その表情は、「お前、本当に貴族令嬢か?」とでも言いたげだった。
失礼な生霊である。
無事に部屋を確保した私は、机の上へ帝都の地図を広げた。
「それで、どこへ行きたいの?」
問いかけると、ラドはほとんど間を置かず答える。
「王宮」
「…………」
ですよねぇ。私は深々とため息を吐いた。そんな気はしていたのである。
あの短剣は、どう考えても王家関連の代物だ。しかもラド自身、整いすぎた顔立ちに、珍しい金色の瞳を持っている。どう見ても“そっち側”の人間である。
私はにっこりと笑った。
「そんな気軽に行けるかボケぇ!!」
思わず心の声がそのまま飛び出した。
*
そして現在。
私は、帝国王城の巨大な城門の前で立ち尽くしていた。
空へ届きそうなほど高い城壁。幾重にも配置された兵士たち。鋭い槍と重厚な鎧。フィオル王国の王城とは比べものにならない威圧感である。
「よし、帰るか!」
私は爽やかに言い放ち、その場で踵を返した。だが。
「そんなの許すわけないだろうが」
べしっ、と後頭部を叩かれる。
「いたっ!?」
振り返ると、ラドが呆れ顔で浮いていた。
ここ数日で一番腹立たしい変化がある。
ラドは短剣を手に入れてから、なぜか私を叩けるようになったのだ。
しかも私の近くにいる時だけ、魔術まで使えるらしい。
『お前の魔力とは相性が良いみたいだな』などと嬉しそうに言われたが、私は全然嬉しくない。
「よし。お前、騒ぎを起こせ。一度牢に入ってから脱獄しよう」
「それって大帝国から追われる身になるわよね!?嫌すぎるんだけど!」
夢の隠居生活が、どんどん遠ざかっていく。城門の前で、ああでもないこうでもないと言い争っていると、
「おい、姉ちゃん」
不意に低い声が降ってきた。
「そんなところで、何ぶつぶつ言ってるんだ?」




