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第六話:ダキア大帝国へ

次の瞬間、館内の空気が一変した。

短剣から放たれた光は凄まじく、まるで太陽そのものが展示室へ現れたかのようだった。白金色の輝きが爆発的に広がり、周囲から一斉に悲鳴が上がる。


「きゃああっ!?」


「な、何だこれは!?」


人々の混乱した声が響き渡る中、私はあまりの眩しさに目を開けていられず、その場へしゃがみ込んだ。

熱はない。だが、濃密な魔力の奔流だけが肌を刺すように空間を満たしている。


――何これ。尋常じゃない。

身体の奥まで震えるような圧力に、私は思わず息を呑んだ。


しばらくして、ようやく光が収まっていく。恐る恐る顔を上げれば、展示室は完全な騒ぎになっていた。

警備兵たちが慌ただしく走り回り、来館客を出口へ誘導している。


「皆様、落ち着いて避難してください!」


「展示品には触れないでください!」


ざわめきと混乱が渦巻く中、私はそっとラドへ視線を向けた。だが、当の本人は妙に静かだった。


「……ラド?」


「行くぞ」


短くそう言った彼に促され、私は深く考える余裕もないまま、その場を後にした。

そして混乱に紛れるように博物館を脱出し、馬車を拾って急いで侯爵家へ戻ったのである。



夜。

ようやく人心地ついた私は、いつもの温室で大きく息を吐いた。甘い花の香りに包まれると、張り詰めていた神経が少しだけ緩む。


「……で、ラド。一体何があったの?」


そう問いかけた瞬間だった。ラドは何でもないことのように、空中へ手を差し入れる。

次の瞬間、その手の中へ現れたものを見て、私は絶句した。


「…………は?」


それは、博物館で見たばかりの短剣だった。古びた装飾。鈍い銀色の刀身。見間違えるはずがない。


「はぁっ!?ちょっと待って!あんた、それ盗んできたの!?」


思わず絶叫する。いやいやいや、普通に大事件である。下手をすれば国家問題では?

しかしラドは平然としていた。


「心配するな。代わりに偽物を置いてきた」


「…………は?」


「魔術で複製した」


「あなた、そんな高度な魔術使えたの!?」


私はさらに声を裏返らせた。複製魔術――それは高位魔術師でも扱える者が限られる超高度魔術だ。

しかも、美術品レベルの精巧な複製ともなれば、並の術者ではまず不可能である。

だがラドは首を傾げながら、短剣へ視線を落とした。


「いや……この短剣を手に入れてから、急に魔力が戻り始めた」


「戻った?」


「あぁ」


彼は静かに目を細める。


「これには、俺と関係のある魔力が宿っている気がする」


その声は真剣で、いつもの軽薄さはない。私はごくりと唾を呑む。やはり、この少年にはダキア大帝国が関係しているのだろうか。

そんな私へ、ラドは断言するように言った。


「ダキアへ行けば、手掛かりが掴めると思う」


「…………」


嫌な予感しかしない。というか、絶対面倒事である。だがラドは、そんな私の内心などお構いなしに、金色の瞳を輝かせた。


「よし。すぐにダキアへ向かうぞ!」


生霊は嬉しそうに命令してきた。もちろん、こちらに拒否権などない。


「いやぁぁぁぁぁぁっ!!」


私は、とりあえず全力で叫んでみた。


泣きたい。



翌朝。

私は早朝から旅支度を整え、侯爵家の正門前へ立っていた。空はまだ薄青く、朝露を含んだ庭園の花々が静かに揺れている。

そんな中、家族たちは揃って私を見送りに来てくれていた。


「急にダキア大帝国へ行くだなんて……」


母――侯爵夫人ダリアは、おっとりと困ったように微笑む。


「まぁ、あなたのことだから大丈夫だとは思うけれど」


全幅の信頼である。いや、少しは止めてほしい。


「あまり羽目を外すんじゃないぞ」


父のニコラエ侯爵は、渋い顔で腕を組んでいた。だが反対はしない。この人もこの人で、娘への信頼が妙に重い。

そして最後に、弟のルシアンが真顔で口を開いた。


「姉さん。帝国では絶対に素顔を晒しちゃ駄目だよ」


「うん」


「もし攫われそうになったら、相手を殺すんだ」


「物騒すぎるわ!」


思わずツッコミが飛び出した。何なのこの弟。可愛い顔して発言が怖い。シスコンが過ぎる。

というか、誰も私の身を心配していない気がする。これでも侯爵令嬢なのだけれど。


「お前、随分信頼されているんだな」


隣でラドが感心したように呟いた。


違う。それは解釈違いである。

この家族はたぶん、私なら大抵どうにかするだろうと思っているだけだ。

生霊って意外と見る目が節穴なのね、私はそんな失礼なことを考える。



こうして私は、ダキア大帝国へ旅立つことになった。


――生霊付きで。


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