第六話:ダキア大帝国へ
次の瞬間、館内の空気が一変した。
短剣から放たれた光は凄まじく、まるで太陽そのものが展示室へ現れたかのようだった。白金色の輝きが爆発的に広がり、周囲から一斉に悲鳴が上がる。
「きゃああっ!?」
「な、何だこれは!?」
人々の混乱した声が響き渡る中、私はあまりの眩しさに目を開けていられず、その場へしゃがみ込んだ。
熱はない。だが、濃密な魔力の奔流だけが肌を刺すように空間を満たしている。
――何これ。尋常じゃない。
身体の奥まで震えるような圧力に、私は思わず息を呑んだ。
しばらくして、ようやく光が収まっていく。恐る恐る顔を上げれば、展示室は完全な騒ぎになっていた。
警備兵たちが慌ただしく走り回り、来館客を出口へ誘導している。
「皆様、落ち着いて避難してください!」
「展示品には触れないでください!」
ざわめきと混乱が渦巻く中、私はそっとラドへ視線を向けた。だが、当の本人は妙に静かだった。
「……ラド?」
「行くぞ」
短くそう言った彼に促され、私は深く考える余裕もないまま、その場を後にした。
そして混乱に紛れるように博物館を脱出し、馬車を拾って急いで侯爵家へ戻ったのである。
*
夜。
ようやく人心地ついた私は、いつもの温室で大きく息を吐いた。甘い花の香りに包まれると、張り詰めていた神経が少しだけ緩む。
「……で、ラド。一体何があったの?」
そう問いかけた瞬間だった。ラドは何でもないことのように、空中へ手を差し入れる。
次の瞬間、その手の中へ現れたものを見て、私は絶句した。
「…………は?」
それは、博物館で見たばかりの短剣だった。古びた装飾。鈍い銀色の刀身。見間違えるはずがない。
「はぁっ!?ちょっと待って!あんた、それ盗んできたの!?」
思わず絶叫する。いやいやいや、普通に大事件である。下手をすれば国家問題では?
しかしラドは平然としていた。
「心配するな。代わりに偽物を置いてきた」
「…………は?」
「魔術で複製した」
「あなた、そんな高度な魔術使えたの!?」
私はさらに声を裏返らせた。複製魔術――それは高位魔術師でも扱える者が限られる超高度魔術だ。
しかも、美術品レベルの精巧な複製ともなれば、並の術者ではまず不可能である。
だがラドは首を傾げながら、短剣へ視線を落とした。
「いや……この短剣を手に入れてから、急に魔力が戻り始めた」
「戻った?」
「あぁ」
彼は静かに目を細める。
「これには、俺と関係のある魔力が宿っている気がする」
その声は真剣で、いつもの軽薄さはない。私はごくりと唾を呑む。やはり、この少年にはダキア大帝国が関係しているのだろうか。
そんな私へ、ラドは断言するように言った。
「ダキアへ行けば、手掛かりが掴めると思う」
「…………」
嫌な予感しかしない。というか、絶対面倒事である。だがラドは、そんな私の内心などお構いなしに、金色の瞳を輝かせた。
「よし。すぐにダキアへ向かうぞ!」
生霊は嬉しそうに命令してきた。もちろん、こちらに拒否権などない。
「いやぁぁぁぁぁぁっ!!」
私は、とりあえず全力で叫んでみた。
泣きたい。
*
翌朝。
私は早朝から旅支度を整え、侯爵家の正門前へ立っていた。空はまだ薄青く、朝露を含んだ庭園の花々が静かに揺れている。
そんな中、家族たちは揃って私を見送りに来てくれていた。
「急にダキア大帝国へ行くだなんて……」
母――侯爵夫人ダリアは、おっとりと困ったように微笑む。
「まぁ、あなたのことだから大丈夫だとは思うけれど」
全幅の信頼である。いや、少しは止めてほしい。
「あまり羽目を外すんじゃないぞ」
父のニコラエ侯爵は、渋い顔で腕を組んでいた。だが反対はしない。この人もこの人で、娘への信頼が妙に重い。
そして最後に、弟のルシアンが真顔で口を開いた。
「姉さん。帝国では絶対に素顔を晒しちゃ駄目だよ」
「うん」
「もし攫われそうになったら、相手を殺すんだ」
「物騒すぎるわ!」
思わずツッコミが飛び出した。何なのこの弟。可愛い顔して発言が怖い。シスコンが過ぎる。
というか、誰も私の身を心配していない気がする。これでも侯爵令嬢なのだけれど。
「お前、随分信頼されているんだな」
隣でラドが感心したように呟いた。
違う。それは解釈違いである。
この家族はたぶん、私なら大抵どうにかするだろうと思っているだけだ。
生霊って意外と見る目が節穴なのね、私はそんな失礼なことを考える。
こうして私は、ダキア大帝国へ旅立つことになった。
――生霊付きで。




