第五話:ダキアの遺物
王子ダリアン・フィオルは、淡いクリーム色の髪と優しげな青い瞳を持つ青年だった。
顔立ちだけで言えば、間違いなく王子様らしい部類に入るだろう。柔らかな笑みを浮かべていれば、絵本から抜け出してきたような爽やかさすらある。
……もっとも、中身まで理想的かと言われれば、私は全力で首を横に振る。
一方、その隣に立つソフィア・コドレアもまた、いかにも“物語のヒロイン”らしい容姿をしていた。ふわりと波打つピンク色の髪に、柔らかなヘーゼルの瞳。愛らしく庇護欲を誘う、小動物のような可憐さがある。
そんな二人は、いかにもお似合いの雰囲気で並んでいた。
ダリアン王子はソフィアをエスコートしながら、穏やかな笑みをこちらへ向ける。
「イリンカ嬢、ひとりで博物館へ来るなんて……本当に勉強熱心なんだね」
その声音には悪意がまるでない。だが、隣のソフィアは違った。
「ふふっ、イリンカ様は昔から本がお好きでしたものね」
柔らかく微笑みながらも、その視線には隠しきれない憐れみが滲んでいる。
――ひとりで博物館なんて、陰気な子って可哀想。
まるでそんな副音声が聞こえてきそうだった。
「いや、学ぶことは大事だ。君の努力には感心するよ。母上が君を気に入っている理由も分かる」
能天気な王子は、そんな空気にまるで気づかないまま微笑んだ。彼は心から褒めているのだろう。根が悪人というわけではない。ただ、驚くほど単純なのだ。
「ごきげんよう。お褒めいただき……ありがとうございます」
私はモッサリ令嬢らしく、控えめに頭を下げた。
「…………ッ」
すると、劣等感を刺激されたのか、ソフィアの笑みがほんの僅かに引きつる。王子の何気ない一言が気に障ったのだろう。彼女は王子に気づかれないよう、ちらりと私を睨みつけてきた。
……うん、やっぱり上手い。こういう感情を隠す技術に関しては、本当に大したものだと思う。むしろ悪役令嬢適性、私より高いんじゃないか?
「イリンカ様は、もう少し公共の場に相応しい身なりを学ばれた方が良いと思いますわ。このままでは、良いご縁談まで遠ざかってしまいそうで心配ですもの」
ソフィアは憂うように眉を下げた。少しだけ声量が大きい。おかげで周囲の視線がじわじわとこちらへ集まり始めていた。
私を心配しているように見せながら、さりげなく印象を下げてくるあたり、なかなか鮮やかである。もっとやってほしい。
そんなことを考えていた時だった。
「……こいつら、お前が言っていた物語の主人公たちか?」
隣から呆れた声が聞こえた。もちろん、ラドの声である。
彼は他人には見えないらしく、私の周囲をふわりと漂いながら、遠慮なく二人を眺めていた。
「なんというか……妙にアホっぽいな。お似合いじゃないか」
やめて。図星すぎて笑う。私が必死に口元を引き締めたが、ラドはさらに追撃してきた。
「この王子を見ていると、あれだな。ワラビーを思い出す。……女の方は、キツネザルみたいだ」
「ぶっ――!」
耐えきれず、私は盛大に吹き出した。
しまった。二人がギョッとした顔でこちらを見る。
「ご、ごほっ……!すみません、少しむせてしまって……」
私は慌てて口元を押さえた。ソフィアは露骨に引いているし、王子も困惑したような顔をしている。気まずい沈黙が流れたあと、二人は微妙な空気のまま、早々に去っていった。
その背中を見送りながら、私は小声でラドへ詰め寄る。
「ちょっとラド!不意打ちで面白いこと言うのやめてよね!」
「面白い?」
「おかげでドン引きされた、ありがとう!」
だが私は内心、満足していた。王子からマイナスポイントを稼げたに違いない。素晴らしい成果である。
「お、おぅ……」
ラドは若干戸惑ったように目を瞬かせた。
「怒ったり喜んだり、お前は忙しいな」
そして、クスリと面白そうに笑った。
「それより、あんなのが将来の王妃で、この国ほんとに大丈夫なのか?」
「知らないわよ。私は隠居さえ出来ればそれでいいの」
私が肩を竦めると、ラドは呆れ半分の苦笑を漏らした。
だが次の瞬間、彼の表情が変わる。ふっと金色の瞳が細められ、その視線が展示室の奥へ向いた。
「……おい」
「え?」
「特別展示室の方から、懐かしい魔力を感じる」
低い声だった。先ほどまでの軽口が嘘のように消えている。
「行くぞ」
そう言うなり、ラドはふわりと浮かび上がり、そのまま一直線に奥へ飛んでいった。
「ちょ、待ちなさいよ!」私は慌てて後を追う。
*
『ダキア大帝国遺物展』
特別展示室の入口には、そう記されていた。
ダキア大帝国――現在、大陸最大の覇権国家であり、僅か十年でほぼ全土を統一した怪物国家である。その中心にいるのが、現皇帝ウラド・ダキア。圧倒的な武力と強大な魔力によって、大陸全土を支配下に置いた覇王だ。
以前、ダリアン王子は「我が国が無事なのは王族が優秀だからだ」などと能天気に語っていた。だが、私はそうは思わない。フィオル王国が存続を許されている理由はただ一つ。この国が、大帝国にとって重要な穀物供給地だからだ。つまり、生かされているだけ。私はそう睨んでいた。
展示室の中には、数々の品が並べられていた。巨大な宝石を嵌め込んだ装飾品。精巧な細工が施された陶磁器。鮮やかな色彩を残した絵画に、美しい金属彫刻。どれも、さすが大帝国と呼ばれるだけの圧倒的な技術力を感じさせる品ばかりだった。
「すごい……」
私は思わず目を輝かせる。こういう展示、大好きなのだ。
だが、ラドは周囲の品に目もくれず、一振りの古びた短剣の前で立ち止まっていた。まるで吸い寄せられるように。
「その短剣に何かあるの?」
あまりにも真剣な横顔に、私はそっと声をかける。しかしラドは反応しない。金色の瞳で、ただ静かに短剣を見つめている。
私は展示札へ視線を移した。
『この短剣は、ダキア大帝国初代皇帝が愛する妻へ贈ったものとされる。皇家の魔力によって蘇るという伝説が残されているが、現在も詳細は研究段階にある』
要約すると、そんな内容だった。
「愛する妻に短剣を贈るって……やっぱり物騒な国よねぇ」
私が呟いた、その時。
ラドが静かに手を伸ばす。
そして、短剣の柄を握った瞬間――。
眩い光が、展示室いっぱいに溢れ出した。




