第四話:最悪の遭遇
私たちは、王立図書館へやって来ていた。
王都の中心部にそびえ立つその建物は、白い石造りの荘厳な図書館であり、この国の人々に長く愛されてきた歴史ある場所でもある。巨大な柱が並ぶ正面玄関には繊細な彫刻が施され、重厚な扉をくぐれば、古い紙と木材が混ざり合った独特の香りが鼻をくすぐった。静寂に包まれた館内には、今日も多くの学者や学生たちが足を運んでいる。
「まずは手当たり次第、貴族名鑑や家紋を調べてみましょう。何かピンと来るものがあるかもしれないし」
私はそう言いながら、分厚い王国貴族名鑑を机へ広げた。ぱらぱらと紙をめくる音だけが静かな空間へ響く。
ラドは私の隣をふわりと漂いながら、真剣な表情でページを覗き込んでいた。
だが、数時間ほど調べても、それらしい手掛かりは何一つ見つからなかった。
「どれも違うな。俺とは関わりがない」
ラドは迷いなく言い切る。
「…………」
いや、なんでそんな断言できるのよ。私は思わずツッコミたくなった。
けれど不思議なことに、彼の勘は妙に当たりそうな気がしてしまう。それが根拠のない自信なのか、本当に何か感じ取っているのかは分からないけれど。
だが、数時間ほど調べても、それらしい手掛かりは何一つ見つからなかった。
「今日はここまでにしましょうか。また明日、別の資料を探してみましょう」
そう言って、私たちは図書館を後にした。
外へ出ると、夕暮れの王都には柔らかな橙色の光が降り注いでいた。石畳の道を行き交う人々の声や、遠くから聞こえる馬車の音が、どこか穏やかな日常を感じさせる。
そんな中、隣を漂っていたラドが感心したように口を開いた。
「しかし、その格好は本当にモッサリしているな……。見事なまでにお前の美貌が消し飛んでいる」
面白そうにこちらを眺めながら、彼はくつくつと喉を鳴らした。
そう、今の私は完全なるモッサリ系令嬢仕様である。
地味な灰色のワンピースに、必要以上に背を丸めた猫背姿勢。視線は常に下向きで、黒髪はボサボサのまま一つに結び、仕上げに瓶底眼鏡。
完璧だ。どこからどう見ても陰気な令嬢である。
「まぁね。いつあいつらに遭遇するか分からないもの。外では常にこのスタイルよ。いい加減、慣れてちょうだい」
私が肩を竦めると、ラドは楽しそうに笑った。
そんな他愛ない会話をしていた時だった。ふいに、ラドの動きが止まる。彼は何かに引き寄せられるように、じっとある建物を見つめていた。
「あそこは博物館よ。どうしたの?」
不思議に思って問いかけると、ラドは珍しく真剣な顔をする。
「……気になる魔力を感じる。行ってみたい」
低く落ちた声には、先ほどまでの軽薄さがなかった。私は一瞬だけ迷ったものの、その表情を見て小さく頷く。
「分かったわ」
そうして私は、博物館のチケット売り場へ向かった。
*
館内は思っていた以上に賑わっていた。どうやら現在、隣国から発掘された遺物の特別展示が行われているらしい。大理石の床には無数の来館者の足音が響き、展示ケースの周囲では貴族達が興味深そうに談笑している。
「色々展示されてるわね。どこから見たい?」
私は周囲を見回しながらラドへ声をかけた。その時だった。
「あら、イリンカ様じゃない?」
鈴を転がすような、甘く可愛らしい声が背後から響く。
その聞き覚えのある声に、私の背筋が凍りついた。嫌な予感しかしない。
恐る恐る振り返った先にいたのは。
物語の主人公、ソフィア・コドレア。そして、その隣にはダリアン王子の姿まであった。
私は内心で盛大に叫んだ。
(いやぁぁぁぁぁぁっ!?)




