第三話:生霊少年との取引
「お前、俺の本体を探すのを手伝え」
生霊を名乗る少年は、当然のような口調でそう命じた。
「嫌よ。なんで私が、見ず知らずの生霊なんか手伝わなきゃいけないの」
私は即答した。こちとら忙しいのである。
夢の隠居生活のためには、まだまだ研究も事業も進めなければならないし、何より危険なイベントには極力近づきたくない。
下手に外を出歩いて、王子やヒロインと鉢合わせでもしたらどうするのだ。今までの努力が水の泡である。
だが、少年はまるで予想通りの返答だったと言わんばかりに、意地悪そうに口元を吊り上げた。
「もし断るなら、お前の正体を全部バラす。その美貌が世に出ると困るんだろ?」
「んなっ!?」
私は絶句した。少年は空中へふわりと身体を浮かせ、そのまま至近距離まで顔を寄せてくる。
「その瓶底眼鏡を外すだけでも、王子は興味を持つんじゃないか?そこまで澄んだ碧眼は珍しい」
金色の瞳が、面白がるように私を覗き込んでいた。
「くっ……人の足元見やがって。このクソガキ!」
思わず本音が飛び出す。すると少年は呆れたように眉を上げた。
「……俺も人のことは言えんが、お前、令嬢なのに口が悪すぎないか?」
「うるさいわね!普段はちゃんと猫被ってるわよ。相手が生霊だから心の声が駄々漏れになってるだけ!」
言い返すと、少年は肩を竦めた。その仕草は妙に板についていて、とても十歳前後の子供には見えない。
「まぁいい。これで交渉成立だな。よろしく頼むぞ、モッサリ美少女」
「だからモッサリ言うな!これは変装なのっ!」
私の抗議を聞き流しながら、少年は楽しそうに笑っている。ものすごく腹が立つ。けれど同時に、奇妙な違和感も覚えていた。
この少年は、ほとんど動じていない。普通なら、突然生霊になどなれば恐怖や混乱で取り乱してもおかしくないはずだ。なのに彼はどこまでも傲慢で落ち着いていた。
何者なのだろうか、そんな疑問が胸をよぎる。
こうして私は、謎の生霊少年の本体探しを手伝う羽目になったのだった。
*
「まず、あなたの名前を教えて」
温室の椅子へ腰掛けながら問いかけると、少年はあっさりと首を横に振った。
「覚えていない。自分が誰だったのかも思い出せない」
堂々と言い放った。困っている素振りなど微塵も感じられない。
「そこまで堂々と言えるの、逆に凄いわ」
記憶喪失のわりに、この少年は妙に余裕がある。むしろ状況を面白がっている節すらあった。
「うーん……でも、名前がないと不便よね」
私は温室の中をぐるりと見回した。夜の温室には、淡い魔石灯の光が落ちている。花々は静かに揺れ、甘い香りが満ちていた。
その中で、ひときわ鮮やかな花が目に入る。
「……ラド」
「?」
「あなたの名前、ラドでどう?」
少年が怪訝そうにこちらを見たので、私は花を指差した。
「その琥珀色の花、『ジュリーラド』っていう品種なの。あなたの瞳に似てるから」
琥珀色の花弁は金色にも見え、どこか強い光を宿した不思議な花だった。
「へぇ」
少年――ラドは、少し驚いたように目を見張る。
「お前……ガサツな性格の割に、妙にセンスがいいな」
「いちいち言い方が可愛くないのよ!」
私は即座に睨み返した。
「これでも知識には自信あるんだから。本を読むの好きだし、知識は宝でしょう?ちゃんと自分を助けてくれる武器になるもの」
そう言うと、ラドはふっと笑った。
「あぁ。それはよく分かる」
その笑みは先ほどまでの意地悪なものではなく、どこか柔らかかった。
「その考え方、俺は好きだ」
「……っ」
不意に、美少年の笑顔が真正面から突き刺さる。私は一瞬だけ言葉に詰まり、慌てて視線を逸らした。
少年趣味はない……が、顔が良いってずるいな。
「ねぇ、それだけ整った顔なら、あなた貴族なんじゃないの?」
誤魔化すように話題を変える。俺様な口調ではあるが、隠しきれない品の良さがある。
特に、あの金色の瞳。この国では見かけない色彩だ。案外、正体はすぐ判明するかもしれない。
「そうなのか?」
ラドは自分の頬に触れながら、不思議そうに首を傾げた。「あまり自分の顔を気にしたことがないから分からん。ただ……」
そこで彼はゆっくりと金の瞳を細めた。目は一切笑っていないのに、口元だけを不自然なほど美しく釣り上げる。
「俺の身体が、どこかに存在しているのだけは分かる」
その子供の姿には到底似合わない、ぞっとするほど冷酷な笑みに、私は思わず息を呑む。
生霊。記憶喪失。行方不明の本体。この少年にはまだ隠された何かがある気がする……。
それでも、こうなったらやるしかないと腹をくくる。私はノートを開き、羽ペンを手に取った。
「……じゃあ、情報整理から始めましょうか」
こうして私たちは、それぞれの情報を交換しながら、今後の計画を立て始めるのだった。




