表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/61

第三十話:水面下の陰謀

皇帝ウラドの執務室。


限られた人間のみ入室を許されるその部屋は、皇宮でも最も厳重に守られた場所の一つだった。重厚な扉の前には精鋭の近衛兵が警護に立ち、室内には防音魔術が幾重にも施されている。ここで交わされる会話が外へ漏れることは決してない。


イリンカはウラドの隣に腰を下ろし、向かいには宰相クリスティアンとラゴス将軍が座っていた。お茶を運んできた侍女長アデラはすでに退出しており、この場にいるのは四人だけである。


やがて、ラゴスが重々しく口を開いた。


「エマは取り調べを終え、牢へ収容しました」


「かなり取り乱していましたが、何とか事情は聞き出せました。姉ちゃんの拉致も、植木鉢を落とした件も本人が認めています。ただ……」


言葉を切ったラゴスの表情が険しくなる。


「姉ちゃんを拘束した禁制魔道具の入手先が妙なんだ」


「本人は『闇市で偶然安く買えた』と言っていましたが、そんな都合のいい話があるはずがない。先ほど部下を闇市へ向かわせましたが、案の定、その店はもぬけの殻でした」


そこまで一気に報告すると、ラゴスはウラドの判断を待つように口を閉ざした。


「偶然にしては出来すぎているな……」


ウラドは腕を組み、静かに目を細める。


「禁制魔道具は、上位貴族でもなければ容易には入手できない。例えば――ギカ公爵家のようにな」


低く呟くと、何かを思案するように視線を伏せた。


「クリスティアン。公爵派の貴族は、あとどれほど残っている?」


「はい。以前の半数ほどまで勢力を削ぐことができました。しかし、まだ侮れない家も残っております。完全に排除するには、もう少々お時間をいただきたく」


落ち着いた口調で答えるクリスティアン。


その会話を聞きながら、イリンカは思わず目を丸くした。あれからウラドたちは、水面下で着実にギカ公爵家を追い詰めていたのだ。


傘下の貴族を半数も切り崩したという事実は、並大抵の成果ではない。


「イリンカ。驚いた顔をしているな」


そんな彼女に気付いたウラドは、悪戯が成功したような笑みを浮かべた。


「以前から準備は進めていた。元老院を凍結したのも、最終的にギカ公爵家を追い詰めるためだったからな」


その言葉を受け、クリスティアンも静かに頷いた。


「彼らは今回の婚約式も中止へ追い込もうと動いていたようですが、最近は傘下の貴族たちを守るだけで手一杯だったようです」


そう言って、宰相は冷ややかに口元を緩める。


その笑みに、イリンカは思わず感心した。


(やっぱり、ウラドの右腕は伊達じゃないわね)


しかし、クリスティアンの表情はすぐに曇る。


「ただ……唯一読めないのがソリナ様の動向です。あのお方は非常に狡猾で、どうしても尻尾を掴ませません」


「あの公爵令嬢は独自の配下と情報網を持っている。一筋縄じゃいかねぇよ」


ラゴスも肩をすくめながら苦々しく呟く。


「騒ぎの際、咄嗟に支度部屋へ精鋭を配置した判断は正しかったな」


ウラドは静かに息をついた。判断が遅れていたら、被害はもっと大きなものになっただろう。


「残念ながら、ドレスには手を加えられてしまっていたが……」


その声音には、婚約者を危険へ晒したことへの悔しさが滲んでいる。


「それなら問題なかったから大丈夫よ!」


重くなった空気を吹き飛ばすように、イリンカが明るく笑った。


「むしろ豪華なドレスに変えて、犯人を見返してやったわ。ざまぁみろよ、って感じ!」


その言葉に、ウラドは婚約式での彼女の姿を思い出し、自然と頬を緩めた。


「あれは見事だった」


愛おしそうな金色の瞳がイリンカを見つめる。


「俺の色の花を身にまとったお前は、本当に美しかった」


甘やかな空気が流れ始める。


それを断ち切るように、クリスティアンが小さく咳払いをした。


「……ですが、一瞬の隙を突いてドレスへ切り込みを入れたということは、犯人は常にこちらの様子を窺っていたはずです」


宰相の瞳が鋭く細められる。


「支度部屋に一人、不審な侍女がいたという目撃情報がございました。おそらく近いうちに正体も判明するでしょう」


「大体のことはわかった」


ウラドは頷き、ゆっくりと立ち上がる。


「今日はここまでにしよう。イリンカも疲れただろう。部屋へ戻って休め」


「ん……」


拉致事件に婚約式、そして後始末。


慣れない出来事が立て続けに起こり、イリンカの疲労は限界に近かった。


「続きは明日だ」


「「かしこまりました」」


クリスティアンとラゴスが揃って頭を下げる。


その直後だった。


ウラドは当然のようにイリンカを両腕で抱き上げた。


「ちょっ……」


抗議しようと口を開くものの、疲れ切った身体は抵抗する気力すら残っていない。結局、そのまま素直に身を預けると、温かな腕の中で次第に意識がまどろんでいった。


執務室を出たウラドは、寝室へ向かって静かな回廊を歩く。その腕に抱かれているのは、安心しきって眠るイリンカ。


壊れやすい宝物を運ぶかのように、ウラドは一歩一歩を大切に踏みしめていた。


その時だった。


「あら、ウラドお兄様。こんな夜更けまでご公務ですの?」


澄んだ声が静かな回廊へ響く。


進行方向の先には、ソリナが優雅に佇んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ