表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/61

第二十八話:神の祝福

アステリア神を象った神像が、まばゆい白光を放ち始めた。


次の瞬間、どこからともなく無数の花びらが舞い降り、大聖堂いっぱいに優しい花の香りが満ちていく。それはまるで、神自らが二人へ祝福を授けているかのような、幻想的な光景だった。


「なっ……!?」


「これは……!」


どよめきが一気に大聖堂を包み込む。参列者たちは誰もが息を呑み、大神官ヘリオスでさえ驚きに目を見開いていた。


(……まずい)


イリンカは咄嗟にウラドへ視線を送る。その意図を瞬時に察したウラドは、小さく頷くと、一歩前へ進み出て威厳を帯びた声を堂内へ響かせた。


「余の魔力と彼女の魔力に神像が反応したようだ。神が我らの婚約を祝福してくださったのであろう。皆、落ち着け」


とっさの機転だった。だが、皇帝の言葉には、不思議と人を納得させるだけの力がある。


「なんと……さすがは陛下」


「婚約者様も素晴らしい魔力の持ち主なのでしょう」


「これで大帝国はますます安泰ですな」


人々は次々と頷き、ざわめきは次第に落ち着きを取り戻していった。


イリンカは小さく安堵の息を吐き、胸を撫で下ろす。ウラドもまた、ひとまず事態を収められたことに安堵したように表情を緩めた。


一方で、ヘリオスは穏やかな微笑みを崩さない。しかし、その瞳は静かにイリンカを見つめ、誰にも悟られぬ強い感情を宿していた。


「ヘリオス・アルテの名において宣言する。ここに、ウラド・ダキアとイリンカ・バサラブの婚約が正式に成されたことを!」


大神官の高らかな宣言が、大聖堂いっぱいに響き渡る。


こうして婚約式は、盛大な祝福の中で幕を閉じた。



婚約式を終えた一同は、そのまま皇宮の大広間へと移動した。これより始まるのは、二人の婚約を大陸中へ正式に知らしめる祝宴である。


豪奢な大広間には各国の使節や帝国貴族が一堂に会し、天井から吊るされた無数の燭台が、華やかな宴の始まりを告げるように煌々と輝いていた。壮麗な楽の音が高い天井へと響き渡り、会場には婚約を祝う人々のざわめきが満ちている。


私はウラドと並んで壇上へ進んだ。会場を見渡したウラドは、一歩前へ進み出ると、覇王らしい威厳に満ちた声で高らかに告げた。


「ここに、余が生涯を共に歩む婚約者を諸君へ紹介する」


一瞬、会場が静まり返る。そして、金色の瞳を私へ向け、誇らしげに微笑んだ。


「イリンカ・バサラブ――余が唯一認め、未来の皇后として迎える女性である」


その厳かな宣言が響き渡った瞬間、大広間は割れんばかりの拍手と祝福の歓声に包まれた。


やがて舞踏会が始まり、各国の使節や帝国貴族たちが次々と挨拶へ訪れる。何とか笑顔で応対を終えると、今度はウラドに手を取られ、舞踏会場へ降りた。


ゆったりと流れる音楽に合わせ、二人で踊り始める。周囲からは感嘆のため息が漏れていた。


けれど、私の頭の中は別のことでいっぱいだった。先ほど大聖堂で起きた出来事が、どうしても頭から離れない。


(あれは……私たち二人の魔力に反応したんじゃない)


神像が反応したのは。


私が誓いを口にした、その瞬間だった。


(冗談じゃないわ……)


神の祝福だか、神託だかは知らない。


けれど、そんな規格外の力なんて欲しくない。このままでは聖女だの何だのと祭り上げられるか、あるいは権力者たちから危険視され、異端として排除されるかもしれない。


(こわい……)


そう考えた瞬間だった。ウラドが私の耳元へ顔を寄せ、小さく囁く。


「安心しろ」


低く、それでいて優しい声だった。


「何があっても俺がお前を守る。相手が神だろうが悪魔だろうが関係ない」


「……ウラド」


「だから、逃げようなんて考えるな」


そう言って、ニヤリと笑う。


私は思わず苦笑した。


「……わかったわよ」


私の婚約者は、本当に勘が鋭い。彼なら必ず守ってくれる……不思議と、そう思えた。


曲が終わり、飲み物を取りに向かうと、不意に柔らかな声が聞こえた。


「改めてご挨拶をと思いまして」


振り向けば、大神官ヘリオス様が穏やかに微笑んでいた。

人を安心させるような、それでいてどこか神秘的な笑顔である。


「おい。あまりイリンカに笑いかけるな。イリンカもヘリオスを見るな」


「……」


嫉妬がひどい。


私は呆れながらウラドを見上げた。するとヘリオス様も苦笑する。


「陛下。今からそのように嫉妬していては……あまりにも見苦しいですよ?」


「ふん」


ウラドは露骨に不機嫌そうな顔をした。


そんな彼を見て、ヘリオス様は小さく笑うと、改めて私へ向き直る。


「実はイリンカ様には、いつかお礼を申し上げたいと思っておりました」


「……私に?」


私は首をかしげた。初対面のはずなのに、不思議な言葉だった。


「私でも解くことのできなかった陛下の呪いを、あなたが解いてくださいました」


ヘリオス様は真剣な表情で頭を下げる。


「ありがとうございました」


大陸最高位の大神官から頭を下げられ、私は完全に動揺してしまった。周囲も何事かと驚き、こちらへ視線を向けている。


(やめてぇぇぇ……目立つ!)


「お、おやめください! 本当にたまたま出来ただけなんです! 大神官様にそこまでされると困ります!」


必死にお願いすると、ヘリオス様は目尻を下げて微笑んだ。


「イリンカ様は、本当に謙虚なお方なのですね」


どこか嬉しそうな笑みだった。


「落ち着かれましたら、ぜひ大神殿へお越しください」


「私がですか?」


はて、特に熱心な信徒でもない私に、そんな資格があるのだろうか。


ヘリオス様は周囲には聞こえないほど小さな声で話し始めた。


「ご存じですか? 大神殿の古い文献には、この世界にはない植物を創造した女神の信徒のことが書かれているのですよ」


「!?」


私は内心ドキッとした。過去に、私のように前世の知識を持った人間がいたのだろうか。


「彼女は、水や土を与えずとも花を瑞々しく咲かせることができたそうです」


そう言うと、私のドレスへ視線を落とす。


「そう、貴方様が身にまとう花々のようにね……」


ヘリオス様は意味深な微笑みを浮かべ、小さくそう呟いた。


「……っ」


私とウラドは、思わず息を呑む。


「それでは、またお会いしましょう」


ヘリオス様は、穏やかにそう言い、ごく自然な所作で私の手を取り、その甲へ口づけを落とした。


「へ?」


不意打ちの口づけに間抜けな声が出てしまった。


(大神官様もこんなことするの!?)


「ヘリオス……貴様、殺されたいのか?」


ウラドが嫉妬を隠そうともせず、鋭く睨みつける。


しかし、ヘリオス様はひらひらと軽く手を振るだけで、そのまま立ち去っていった。


(大神官なのに軽い……)


この国の聖職者に抱いていたイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていく。


「あの男……油断も隙もない」


ウラドが憎々しげに呟く。大神官様を「あの男」呼ばわりとは……。


「でも、ヘリオス様は何かご存じなのかしら……。私の植物魔術を知っているようだったわ」


「神殿には長い歴史がある。俺たちの知らない情報があってもおかしくはない。ヘリオスは、唯一女神の声を聴くことができる神官だと言われているしな。興味があるなら大神殿に連れて行くのもやぶさかではないが……」


眉根を寄せ、いかにも嫌そうな顔をしながらも、私が望むなら大神殿へ連れて行っても構わないと言うウラド。その態度からは、本人がどれほど乗り気でなくとも、私の望みなら叶えてやりたいという気持ちが伝わってくる。


思わず、頬が緩んだ。


「ありがとう。でも今はそこまで神殿や女神に興味はないわ。必要に迫られたらお願いする」


婚約式を終えたばかりとはいえ、私たちにはまだ片付けなければならない問題が残っている。エマの尋問結果も気になるし、ギカ公爵家の動向も気を付けなければいけないのだ。


まったく、やることが山積みでゲンナリしてしまう。


そんなことを考えていると、ちょうどこちらへ向かってくる人影が目に入った。胃の辺りを押さえた宰相クリスティアンだった。


隣には苦笑いを浮かべたラゴス将軍もいる。


「……陛下。どうかお控えください。神殿とは争えません」


胃痛が悪化しているようだ。心なしか顔色も悪い。


(……今度、胃を整えるハーブを処方してあげよう)


クリスティアンの痛々しい訴えに苦笑していたラゴス将軍だったが、一転してその表情から笑みが消えた。武官の顔となり、ウラドへ向き直る。


「陛下。先ほど、エマの尋問が終わりました」


ラゴスの報告に、ウラドの表情が一変する。


「この会が終わったら、お前たちは執務室へ来い」


そして、私へ視線を向けた。


「イリンカ。お前はどうする?」


私は迷うことなく頷く。


「もちろん行くわ」


悪戯っぽく微笑んで見せる。


「でも、まずはこの宴をやり遂げましょう。ウラド、私たちの仲を大陸中に見せつけるのでしょう?」


ウラドは少しだけ驚いた顔をしてから、嬉しそうに破顔した。


「あぁ、そうだな。まったく、頼もしい婚約者が出来て俺は幸せだ」


周囲を見渡すと、各国の来賓や貴族たちが、私たちに声を掛けようとしながらも、遠慮するように遠巻きに様子を窺っている。


そして――。


離れた場所からでもはっきりと分かる、強く鋭い深紅の瞳。


――ソリナ様だ。


この場で、彼女の目の前で、ウラドの婚約者として完璧に振舞ってみせる。


それが、私が進む皇后への第一歩だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ