第二十七話:神前の誓い
侍従長の高らかな声とともに、大聖堂の重厚な扉がゆっくりと開かれた。
並び立つ二人の姿を目にした瞬間、参列者たちは一斉に息を呑む。
皇帝ウラドは、漆黒の式典服に身を包み、白い毛皮をあしらった緋色のマントを悠然と翻して歩いていた。その威風堂々たる佇まいは、まさしく大帝国を統べる覇王に相応しい風格である。
だが、人々の視線を奪ったのは、その隣を歩く婚約者だった。
「あれは……あのモッサリした令嬢なのか!?」
「モッサリしていたのに……あれは本物の生花なの!? あんなドレス見たことないわ。なんて美しいの……」
「まるで夜の女神のようじゃないか。本当にあのモッサリ令嬢なのか?」
……うん、前にもあったなこの感じ。
想像通りの反応なのに、腹が立つのは何故だろう。周囲の囁きに、イリンカはモヤッとした。
そんな中、不意に聞こえてきたのは聞き慣れた家族の声だった。
「あぁ、本当に美しいな。我が娘は……」
「えぇ、あなた。陛下がイリンカを大切になさっているのが伝わってきますわ」
「あーあ。とうとう姉さまの美しさが大陸中にバレちゃったよ……」
フィオル王国から参列した侯爵家の家族は、目に涙を浮かべながら幸せそうに微笑んでいた。
(……みんな)
胸の奥がじんわりと熱くなる。思わず瞳が潤みかけた、その時だった。
「あんなじゃじゃ馬な娘を娶ってくださるなんて……陛下は奇特なお方だなぁ」
「きっと、しっかり手綱を握ってくださいますわ」
「あぁ……さすがにこの場全員を暗殺するのは無理だよなぁ」
せっかく浮かんだ涙は、一瞬で引っ込んだ。
(私の感動を返せ)
相変わらずぶれない家族である。
その隣を歩くウラドもまた、穏やかな表情とは裏腹に、胸の内では様々な感情が渦巻いていた。
ようやくイリンカを世界へ知らしめることができた。本来なら、それだけで満足するはずだった。
だが、実際には苛立ちばかりが募っていく。この美しさを世界中へ見せつけたい。その一方で、自分だけのものとして誰の目にも触れさせたくない。
周囲から向けられる羨望の視線、とりわけ色めき立つ男どもの眼差しが癪に障る。
いっそ全員、眼をくり抜いてしまいたい。
「くそっ……」
湧き上がる衝動のまま、ウラドは突然イリンカを抱き上げた。
「えっ? きゃあっ」
慌てて彼の首へ腕を回し、落ちないようにしがみつくイリンカ。突然のお姫様抱っこに、大聖堂中がどよめいた。
女性たちからは悲鳴とも歓声ともつかない声が上がり、会場は一気にざわめきに包まれる。
その光景を見て、宰相クリスティアンは天を仰ぎ、将軍ラゴスは腹を抱えて笑っていた。
「な、何してるのよ」
「少しでも、お前が俺のものだと知らしめたい」
まるで拗ねた子どものような口調だった。
「…………」
あまりにも身勝手な独占欲に、イリンカは呆れたようにため息をつく。
結局そのまま、ウラドはイリンカを抱えたまま祭壇へ向かい、大神官の前でようやく静かに降ろした。
祭壇で待っていたのは、波打つ銀髪を肩まで垂らし、アメジスト色の瞳を持つ端正な青年だった。
大神官ヘリオス・アルテは、どこか困ったように微笑む。
「陛下。さすがに、やり過ぎですよ」
「ふん。俺の式だ。好きなようにする」
どこまでも堂々と言い切るウラドに、ヘリオスは苦笑するしかなかった。
イリンカは改めて大神官へ視線を向ける。
「初めまして、イリンカ様。大神官ヘリオス・アルテと申します」
見る者の心を自然と和ませるような、穏やかな笑みだった。
「イリンカ・バサラブです。よろしくお願いいたします」
(うわ……イケメンの笑顔破壊力抜群。……あ、隣でウラドが睨んでる。平常心、平常心)
隣から容赦なく突き刺さる嫉妬の視線を感じ取り、イリンカは慌てて真顔へ戻った。
ヘリオスは小さく笑うと、厳かな声で宣言する。
「それでは、婚約式を執り行います」
澄み渡る大神官の声が、大聖堂の高い天井へと吸い込まれるように響き渡った。
「偉大なるアステリア神よ。この敬虔なる信徒に――」
厳かな祈りの言葉が静寂を満たしていく。
大神官は神々へ二人の婚約を奉告し、その未来に祝福があらんことを願って、静かに祈りを捧げた。
誰一人として息を乱すことなく、その場に集う者たちは神聖な儀式を見守る。
やがて祈りを終えた大神官は、穏やかな眼差しで二人を見つめた。
「神に誓いを」
「誓う」
「誓います」
ウラドに続き、イリンカが静かに誓いの言葉を口にした、その瞬間だった。
大聖堂の中央に鎮座する、アステリア神を象った神像が、まばゆい白光を放ち始めた。




