第二十四話:花が導く道
第二十四話と第二十五話を一緒に投稿しました。
時は少し遡る――。
イリンカたちがヨアナを助けるため、部屋を後にしてほどなくのことだった。
ウラドは婚約式で身につけてもらうために用意したアクセサリーを手に、イリンカの部屋を訪れていた。帝都でも指折りの職人に特別に仕立てさせたネックレスである。
婚約式の直前に渡して驚かせたい――そんな、ささやかなサプライズのつもりだった。
いつものように遠慮なく扉を開ける。
「イリンカ! 注文したネックレスが出来上がったんだ――」
嬉しそうに声をかけた、その直後。
「……イリンカ?」
部屋には誰の姿もなかった。静まり返った室内を見渡したウラドの表情から、笑みがすっと消える。
「――ッ。嫌な予感がする」
胸をよぎった不吉な感覚に従うように、彼はすぐさまラゴスとクリスティアンを呼び寄せ、皇宮全域の捜索を命じた。
ほどなくして、宝物庫で意識を失ったヨアナが発見される。
その報せは瞬く間に宮殿中を駆け巡り、婚約式の準備に追われていた皇宮は、一転して騒然となった。
皇帝陛下の婚約者が、忽然と姿を消したのである。
*
皇宮の裏庭。
「ここが最後にイリンカが向かった場所だな」
低く問いかけるウラドに、宰相クリスティアンが一歩前へ出た。
「はい。イリンカ様と侍女長補佐のエマが、何かを急ぐように裏庭へ向かわれたという目撃情報がございました」
「では、すぐに捜索隊を手分けして――」
ラゴスが指揮を執ろうとした、その時だった。
「その必要はない」
静かな一言が、その場の空気を止める。
「……はい? 陛下、それはどういうことでしょうか」
クリスティアンが怪訝そうに問い返す。
ラゴスもまた、内心で違和感を覚えていた。
(おかしい……)
(陛下が、さっきから妙に落ち着いてやがる)
(イリンカ様が攫われたとなれば、誰より真っ先に飛び出していくお方だろう)
そんな二人を前に、ウラドは口元へ不敵な笑みを浮かべた。
「居場所は分かる」
そう言うと、彼は静かに自身の魔力を解き放つ。黄金色の魔力は粒子となって宙へ舞い上がり、木漏れ日の中できらきらと幻想的な輝きを放った。
その瞬間だった。
ポンッ。
足元の地面から、一輪の花が咲く。
ポンッ、ポンッ。
続いて二輪、三輪と芽吹き、可憐な花々が次々と顔を覗かせていく。
そして――。
ポンッ、ポンッ、ポンッ、ザザァァ――――。
赤、黄、水色、橙色、紫。
色とりどりの花々は凄まじい勢いで咲き誇り、まるで花の絨毯のように大地を鮮やかに染め上げていく。
それは誰かに導かれるように、森の奥へ向かって一本の道を描いていた。
あまりにも幻想的な光景に、その場にいた誰もが息を呑む。
ラゴスが思わず呟く。
「これは……陛下の魔力に反応しているのか」
それは婚約式の前夜、イリンカとウラドが交わした秘密の魔術だった。
イリンカが密かに落とした魔力の種。そこへウラドの魔力が触れることで芽吹き、美しい花となって彼女の居場所を示す。
誰にも知られることのない、二人だけの道しるべ。
クリスティアンたちは呆然と、その花の絨毯を見つめていた。
その横で、ウラドは心の底から嬉しそうに笑う。
「本当に、俺の婚約者は――」
「最高だっ!」
叫ぶと同時に地面を力強く蹴る。風を切る音だけを残し、その姿は一瞬で森の奥へと駆け去っていった。
「陛下っ!」
我に返ったラゴスは、すぐさま部下たちへ号令を飛ばす。
「陛下のあとに続け! この花を道しるべに進むぞ!」
「「はっ!」」
近衛兵たちは一斉に駆け出し、花の道を追って森へと飛び込んでいく。
その場に取り残されたクリスティアンは、咲き誇る花々を見つめながら静かに息を呑んだ。
(陛下の魔力に反応して芽吹く植物……)
(そのような植物魔術など、聞いたことがありません)
胸に浮かぶのは驚きだけではない。この常識外れの奇跡を起こした少女への、純粋な畏敬だった。
(イリンカ様……あなたは、いったい何者なのでしょうか)




