第十話:甘い朝食
第十話と第十一話を一緒に投稿しました。
翌朝。
朝日が大きな窓から差し込み、皇帝宮の食堂を柔らかな光で満たしていた。
長い食卓で向かい合うこともなく、なぜか隣同士に並んで朝食をとるウラドとイリンカ。
白磁の皿に美しく盛り付けられた彩り豊かな料理が並んでいるが、イリンカは終始黙々と食事を進めていた。
――とはいえ、その耳だけは、まだほんのり赤い。
昨夜のことを思い出しているのかもしれない。そんな婚約者のわかりやすすぎる様子を見つめながら、ウラドは楽しげに口元を緩めた。
「そろそろ慣れてくれないと困るな」
言葉とは裏腹に、その表情には困った様子など欠片もない。むしろ、照れる婚約者を眺める時間を存分に楽しんでいるようだった。
その甘いやり取りを給仕する侍従や侍女たちは、平静を装いながらも内心では驚愕していた。
(あの冷酷な陛下が、あんなに楽しそうに笑っておられるなんて……)
(しかも、あんなにも甘いお声で……)
(あの眼差し……見ているこちらまで恥ずかしくなってしまいますわ)
周囲からそんな彼らの心の声が聞こえてきそうで、イリンカはたまらず小さくため息をつく。
「……陛下。初日から飛ばしすぎではありませんか」
さすがに一言くらい言いたくもなる。
帝国へ着いてからというもの、距離は近い、声は甘い、視線は熱い。
そして今も当然のように、私のすぐ隣へぴたりと腰を下ろしている。
(普通、貴族の食事って向かい合わせで座るものじゃないの……?)
少なくとも、彼女の生まれ故郷フィオル王国ではそうだった。
まさかダキア大帝国の皇族は、並んで食事をするという、おかしな文化なのだろうか。
いや、そんなわけがない。現実逃避したい気持ちから、思わずそんな馬鹿げたことまで考えてしまう。
そんなイリンカを見つめながら、ウラドはさらに機嫌を良くして嬉しそうに微笑んだ。
「これくらいで満足してもらっては困るな。俺の愛を、もっと感じてもらわないと」
トロリと蕩けるような眼差しを向けたまま、ウラドの大きな手が、そっとイリンカの頬へと触れる。
「っ……!」
不意に肌に感じる男の体温に、イリンカの肩が思わずビクリと震える。
周囲の侍従や侍女たちも、ウラドのあまりの甘さに息を呑んだまま固まっている。
また頬が熱くなっていくのを感じながら、イリンカは心の中で肩を落とした。
(……もう、何を言っても無駄かもしれない)
半ば諦めかけたその時だった。
周囲から向けられる視線の中に、好奇心だけではない感情が混じっていることに気付く。
あからさまな嫉妬、格下だと見下す侮蔑、明確な敵意。
それらが少しずつ、自分へ向けられ始めていた。
(まあ、計画は順調ってことね)
モッサリ令嬢の姿でウラドの寵愛を一身に浴びることで、周囲のヘイトを集める。
むしろ予想以上だ。
ウラドがここまで過剰に甘やかしてくれたおかげで、思っていたよりも、ずっと早く膿を炙り出せるかもしれない。
そんなことを考えていると、一人の侍従が静かに食堂へ入り、恭しく一礼した。
「お食事中、大変失礼いたします」
ウラドが食事の手を止め、鋭い視線を向ける。
「ギカ公爵家の皆様がお見えになり、ご挨拶を申し上げたいとのことです」
その報告を聞いた瞬間、ウラドの表情から笑みが消えた。
眉間には深い皺が刻まれ、金色の瞳には隠そうともしない不快感が宿る。
「チッ……狐どもめ。もう来たか」
舌打ち混じりに吐き捨てると、イリンカへ視線を向けた。
「イリンカ、お前はここで待っていろ。来ても不愉快な思いをするだけだ。俺が対処する」
だが、イリンカは静かに首を横へ振る。
「私を牽制しに来たのでしょう? だったら、当事者である私が行かないわけにはいかないわ」
そう言って微笑む。
その笑みを見たウラドは、一瞬だけ驚いたように目を見張ると、次の瞬間には愛おしそうに彼女を見つめた。
「……またお前に惚れ直した」
覇王らしい不敵な笑みを浮かべ、ウラドは告げる。
「ならば行こうか。狐退治に」
その言葉を聞き、イリンカも負けじと不敵な笑みを返した。
互いに一歩も引かないその姿は、どこかよく似た者同士だった。




