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第六話:未来の皇后陛下降り立つ

第五話と第六話一緒に投稿しました。

緊迫した空気が漂う皇宮の正門前。


大帝国の皇帝にエスコートされながら、厳かに馬車を降り立ったのは、誰もが予想もしなかった、見事なまでの「モッサリ令嬢」であった。


ゴワゴワとした黒髪を無造作にひとつに結び、化粧のせいで顔色はほんのりと悪い。

極めつけに顔の半分を覆うような瓶底メガネまでかけている。


そのあまりに前代未聞な姿に、出迎えのために集まっていた皇宮の重臣や使用人たちは、誰も言葉が出ない。

この状況が信じられないとばかりに皆、唖然と口を空け、目を何度も擦っている。


(ふふっ。モッサリ令嬢作戦は大成功ね)


イリンカは想像通りの反応にほくそ笑む。


そして、ウラドは周囲など気にも留めていなかった。

隣に立つ風変わりな婚約者を、ただただ愛おしげに見つめている。


その尋常ではない様子を見て、イリンカたちの思惑を察したのが、宰相クリスティアンと将軍ラゴスだった。

クリスティアンは状況を理解し苦笑いを、ラゴスも楽しそうに口元を緩めた。

二人は並んで一歩前に出て口を開く。


「陛下、臣下一同お帰りをお待ちしておりました。この度は、皇后となられるお方をお迎えになられたとのこと。誠に僥倖にございます」


クリスティアンの恭しい挨拶に続いて、ラゴスが親しげに言葉を述べた。


「イリンカ様、お待ちしておりました。道中お疲れ様でした。イリンカ様のお部屋へご案内いたします」


だが、その実直な申し出を、ウラドは即座に断った。


「いや、案内は不要だ」


あまりに容赦のない拒絶に、ラゴスは不思議そうに目を瞬かせる。


「陛下、ラゴス将軍の護衛以上に腕の立つ者はおりませぬが……」


横にいたクリスティアンが困惑の表情を浮かべて進言するが、ウラドは至極当たり前といった様子で言い放った。


「余が護衛する。当然だろう?」


そして、大勢の臣下たちの前であるにもかかわらず、少しも照れることなく堂々と続けた。


「愛しい婚約者を守るのは我が務め」


「!?」


周囲の者たちは、再び雷に打たれたような衝撃を受けることとなった。

あの冷酷無比と恐れられたウラドらしからぬ、あまりにも糖分高めの発言だったからである。


その一方で、当事者であるイリンカは、内心で叫び出したい気持ちを必死に堪えていた。


(いくら何でもやり過ぎじゃない?)


確かにウラドの溺愛を周囲に見せつけるのは、敵の反感を買い、炙り出すのに効果的だろう。

せっかく地味で冴えないモッサリ令嬢の演技を頑張って続けているのだ。

ここで恥ずかしさに負けて照れてしまい、芝居を台無しにするわけにはいかなかった。


「さぁ、行こう。愛しいイリンカ」


そう言ってウラドは、ごく自然な動作で彼女の細い腰を抱き寄せ、歩き出す。

その後にクリスティアンとラゴスも、どこか呆れたように続いた。


残された城の者たちは、しばらくの間、魂を抜かれたように呆気に取られていた。

あれは本当に、あの恐るべき皇帝陛下なのだろうか。

あの甘い言葉は、自分たちの耳が起こした空耳ではないのか。


「陛下はあんな甘い声をだせたのね。素敵な声で膝から崩れ落ちそうになったわぁ」


ウラドの意外な一面に、頬を赤らめてため息を漏らす女性も多くいた。


だが、その華やいだ喧騒の片隅で、激しい屈辱のあまり悔しげに歯を食いしばる者がいた。


「あんな女がこの国の皇后になるなんて……絶対に許さない」


その憎悪に満ちた呟きは、帰還を祝う周囲の喧騒にかき消され、誰の耳に届くこともなかった。

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