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第二十六話:断罪の舞踏会

「イリンカ・バサラブ令嬢、貴方を断罪する!」


フィオル王国の王宮舞踏会。

華やかな音楽が流れ、無数のシャンデリアが眩い光を放つ大広間で、その声は高らかに響き渡った。



(あれぇ、おっかしいなぁ……)


イリンカは心の底から困惑していた。

今日はただ舞踏会に参加しただけである。ここをやり過ごせば、物語から退場出来るはずだった。


原作の流れを警戒し、それなりに注意もしてきた。そもそもここしばらくは帝国で植物魔術医として過ごしていたため、王国内で誰かを虐める暇などあるはずもない。


それなのに、どうして自分は今、大勢の貴族たちの前で断罪されているのだろうか。


しかも今日の自分は相変わらずのモッサリ令嬢仕様である。

地味な眼鏡に控えめな装い。とてもではないが、恋愛物語の悪役令嬢らしい華やかさなど欠片もない。ヒロインの恋敵として機能しているとは到底思えなかった。


壇上では、ダリアン・フィオル王子がソフィア・コドレア子爵令嬢の肩を抱き寄せながら、険しい表情でイリンカを睨みつけている。その腕の中のソフィアは今にも泣き出しそうな顔をしていた。


――いや、これは演技っぽいな。


イリンカは冷静にそう判断した。

内心では大量の疑問符が飛び交っているというのに、断罪劇だけは着々と進行していく。


「貴方は、ソフィア・コドレア令嬢に数々の非道な行いを重ねた」


高らかに響くダリアン王子の声に、会場の視線が一斉にイリンカへ集まる。


「彼女の持ち物を壊し、陰湿な嫌がらせを繰り返しただけではない。待ち伏せをして脅迫まで行ったと聞いている」


まるで正義を代弁するかのような口調だった。その堂々たる態度に、事情を知らぬ貴族たちはざわめきを広げていく。


だが当のイリンカは、内心で首を傾げるしかなかった。


――いや、やってないけど。


むしろ今日までまともに関わった記憶すら薄い。それなのに、次から次へと罪状だけが積み上げられていくのだから恐ろしい。


ダリアン王子はさらに声を震わせた。まるで耐え難い真実を口にするかのように。


「そして……っ」


苦しげに喉を詰まらせ、肩を震わせる。

いや、自分に酔いすぎじゃない? 思わずそう突っ込みたくなった。


「彼女を――ソフィアを、破落戸に襲わせた」


会場が息を呑む。衝撃的な告発に、あちこちから悲鳴にも似た声が上がった。


「なんてこと……」「そこまでしていたのか」「恐ろしい方だわ……」


貴族たちの視線が一気に冷たくなる。

しかし、当の本人は。


――おい。それ、私に起きた事件だぞ。


人を襲わせた加害者どころか、実際に襲われて拉致監禁された被害者である。残念なことに、その突っ込みは誰にも届かない。周囲の貴族たちはすっかり王子の言葉を信じているようだった。


「あのモッサリした令嬢が……」

「やっぱりソフィア様の可憐さに嫉妬していたのね、モッサリの癖に」

「あのようなモッサリ令嬢が、王子妃を狙えると思っていたのかしら」


あちこちから囁き声が聞こえてくる。しかし本当にモッサリという単語が好きだな、この人たちは。


イリンカは半ば呆れていた。

モッサリ令嬢作戦自体は成功していたと思う。婚約者候補として外され、原作から退場するための完璧な擬態だったはずだ。


だが、どうやらソフィアには、自分を引き立てる存在が必要だったのだろう。イリンカを悪者に仕立て上げ、自分を被害者に演出する。実に効果的なやり方だった。


(うーん……ヒロインを甘く見てたかもしれない)


そんなことを考えながらも、イリンカは冷静に現状を分析する。状況はあまり良くない。このままでは本当に、無実の罪を着せられてしまう。


魔術で逃げることはできても、王国中に指名手配され実家のバサラブ侯爵家に迷惑がかかる。それだけは絶対に避けたかった。


ちらりと上座を見る。本来ならいるはずの国王夫妻の姿が今日は初めからいなかった。


(なるほど。そこまで計算済みだったのか)


イリンカは内心で感心した。

国王夫妻の不在を狙い、強引に断罪劇を始める。なかなか大胆な手だ。


「これは決して許される行為ではない!」


ダリアン王子が力強く宣言する。


「よって私、ダリアン・フィオルが――」


その瞬間だった。


――バァンッ!!


大広間の巨大な扉が勢いよく開かれる。

轟音にも似た音が響き渡り、会場中の視線が一斉に入口へ向かった。


「これは何事かっ!」


怒気を含んだ声が響く。

現れたのは国王と王妃だった。二人とも表情は厳しく、その怒りは遠目にもはっきりと分かる。


「余と王妃が貴賓の対応で宴に参加していないのをいいことに……」


ダリアンとソフィアの顔色がわずかに変わった。どうやら、この断罪劇はやはり正式な許可を得たものではなかったらしい。


王妃は深々とため息をついた。


「あなたたち……証拠もなく勝手に断罪を行うとは、なんと愚かなことを」


呆れと失望の滲む声だった。しかしダリアンはなおも食い下がる。


「ですが母上!イリンカ令嬢は私の妃になりたいがために、心優しいソフィアを虐げ――」


「誰が誰の妃だ。死にたいのか、貴様」


その言葉を遮るように、低く冷たい声が大広間へ響き渡った。


場の空気が一瞬で凍り付く。あまりにも威圧的で、あまりにも覇気に満ちた声。


イリンカの心臓が大きく跳ねた。

聞き覚えがある。忘れるはずがない。


ゆっくりと視線を向ける。


そこに立っていたのは、肩まで伸びたレッドブラウンの髪を揺らす美丈夫だった。

黄金の瞳は獲物を見据える猛獣のように鋭く、ただそこに立っているだけで周囲を圧倒している。


それは、大帝国ダキアの皇帝。


――ウラド・ダキア。

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