第二十三話:止まった刻の先で
ウラド・ダキアは、生まれながらにして強大な魔力を持っていた。
だが、その誕生が周囲から祝福されることはなかった。
彼を産んだ皇妃は命を落とし、皇帝は最愛の妻を失った悲しみに沈んでしまう。
本来ならば、新たな命の誕生に沸き立つはずだった皇宮は、深い喪失感と、生まれたばかりの皇子への畏怖によって重苦しい空気に包まれていた。
父である皇帝は、一度もウラドを抱こうとはしなかったという。
執務室へ籠もり、まるで何かに取り憑かれたように政務だけをこなし続ける。その背中は誰をも寄せ付けず、幼いウラドにとっても遠い存在だった。
やがて皇宮にいる者たちは、強大な魔力を宿す皇子を恐れるか、あるいは利用価値のある存在として見るようになる。
ウラドの周囲に集まる者たちの視線は、決して温かなものではなかった。
幸いだったのは、彼自身が非常に聡明だったことだろう。
幼いながらも自分の置かれた立場を理解し、人々の思惑を察しながら生きる術を身につけていった。
そんなある日のことだった。
庭園を散策していたウラドは、偶然ひとりの男と出会う。
それが父――皇帝だった。
皇帝は式典にも滅多に姿を見せず、親子でありながら顔を合わせる機会すらほとんどなかった。それは、ウラドにとって初めての父との対面だった。
陽光の差し込む庭園の中で、少年はぼんやりと皇帝を見つめる。
――これが、父親という存在なのか。
そんなことを考えながら。
すると、不意に視線が交わった。その瞬間、ウラドは息を呑んだ。
皇帝の瞳には何も映っていなかった。
愛情も、怒りも、期待もない。そこにあったのは、底知れぬ虚無だけだった。
まるで生きながら魂だけがどこかへ消えてしまったような、空っぽの瞳。
皇帝は何も言わなかった。ただウラドを一瞥すると、そのまま背を向けて去っていった。
短い出会いだった。だが、その瞳だけは何故か忘れられなかった。
そして時は流れ、ウラドが十歳になった頃。
皇帝は自ら命を断った。最愛の皇妃の部屋で毒を飲み、眠るように息を引き取ったという。
その後、幼いウラドは周囲に押し流されるまま皇帝へと即位した。
だが、玉座に座ったからといって何かが変わるわけではない。むしろ、自分を利用しようとする者は以前よりも増えていった。
権力を欲する貴族。利権を求める元老院。忠誠を誓うふりをしながら近づいてくる者たち。
誰もが何かを求めていた。けれど、その中にウラド自身を見てくれる者はひとりもいなかった。
十五歳になった頃には、膨大な魔力の影響で体調を崩すようになる。身体の内側に溜まり続ける魔力を発散するため、彼は戦場へ赴いた。
そこで初めて知ることになる。帝国の周辺諸国では、圧政に苦しむ民が大勢いることを。
戦に勝利した後、民たちは涙を流して感謝した。本来なら侵略者であるはずの帝国軍に向かって。救われたと。ありがとうと。
その姿を見た時、ウラドは思った。
どうせ皇宮へ戻れば、待っているのは政略結婚の話ばかりだ。
妃を娶れ。利権を与えろ。力を貸せ。
誰もが皇帝という立場を求めるだけで、自分自身には興味がない。
それならば――。
いっそ大陸を統一してしまおう。
そう決意した。
戦を重ね、勝利を積み重ねる。民に感謝され、英雄と讃えられる。
だが、それでも。ウラドの心だけは満たされなかった。
ふとした瞬間に思い出すのだ。あの日、庭園で見た父の瞳を。何も映していなかった、あの虚無の瞳を。
まるで今もなお、自分を見つめ続けているような気がしてならない。
何故だ。どうしてだ。
自分は何のためにここにいる、誰のために生きている。
苦しい。助けてほしい。誰か――。
「……そして俺は、呪いを浴びたんだ」
静かな声が寝室に響く。
ラドはどこか吹っ切れたような表情で天井を見上げた。
「俺の刻は、十歳で止まっていたのかもしれないな」
その声には、長い年月抱え込んできた孤独があった。
「記憶を失ったまま、十歳の姿で彷徨っていた時だった。そこで、お前の魔力を見つけたんだ」
そう言ってラドはイリンカへ視線を向ける。黄金の瞳には、先ほどまでの苦しみはもうなかった。
「優しくて、暖かくて、力強い魔力だった」
慈しむような声で、そう語りかけた。
「……お前そのものだな」
ラドは眩しそうにイリンカを見ると、そう言って笑った。




