第二十話:元老院の罪
元々、先帝には元老院が選んだ許嫁がいた。
政略結婚として何の問題もない縁談だった。誰もがそうなるものだと思っていた。
だが、先帝はひとりの女性を愛してしまった。
周囲の反対を押し切り、半ば強引とも言える形でその女性を皇后として迎えたのである。
先帝の皇后への愛は、あまりにも深く強かった。
そのため、側妃を迎えられないよう法そのものを改めてしまったほどだ。
「まったく愚かな男じゃった」
元老院の老人が吐き捨てるように言う。
だが、その声には侮蔑だけでなく、長年積み重ねてきた怨念のようなものも滲んでいた。
先帝は病弱な皇后との間に子を成すことにも消極的だった。出産が彼女の身体に大きな負担を与えると分かっていたからだ。
しかし、元老院は皇位継承者が必要だと圧力を掛け続けた。
その結果――。
皇子は生まれ、そして皇后は命を落とした。
「皇后が死んでからの先帝は抜け殻同然じゃった」
老人たちは嘲るように笑う。
最愛の妻を失った先帝は深く沈み込み、政務にも以前ほど関わらなくなった。元老院は、それを好機と考えた。幼い皇子を操り、再び実権を握ろうとしたのだ。
だが、その思惑はあっけなく崩れ去る。
「失敗じゃった」
老人の顔が歪む。
「……あやつが優秀過ぎた」
それは悔しさを噛み潰したような声だった。
先帝が亡くなり、幼くして即位した皇帝は、彼らの予想を遥かに超えていた。
卓越した頭脳。圧倒的な魔力。そして誰も追いつけない決断力。
元老院が手をこまねいている間にも、皇帝は次々と戦果を挙げていく。
領土は広がり、帝国は繁栄した。気付けば大陸統一まであと一歩というところまで辿り着いていた。
環境を整え、力を付けた皇帝は、ついに元老院の権限を凍結する。発言権すら奪われた老人たちは、政治の表舞台から追いやられた。
「このままでは、本当に全てを失ってしまう!」
老人が興奮したように叫ぶ。
「戦が終われば、いよいよ我らの立場は無くなる!」
焦燥と憎悪が入り混じった声だった。
だから彼らは手を組んだ。呪術を扱う小国と。
「かの国の王に、こちらの情報を流したら喜んで皇帝を呪ってくれてのぉ」
老人たちはヒヒヒと下卑た笑い声を上げた。
「寝たきりの皇帝を利用して、今度こそ我々が帝国を牛耳るつもりじゃった」
「なのに――」
ひとりの老人がイリンカを睨みつける。その目には隠そうともしていない憎悪が宿っていた。
「貴様が現れた!」
「このモッサリで貧相なエセ魔術医がっ!」
ギャアギャアと喚き立てる老人たち。
その姿は、もはや国を支える重鎮などではない。権力にしがみつく醜い老人たちにしか見えなかった。
――やっと自白してくれたわね。
イリンカは内心で小さく笑う。
欲しかった証言は十分過ぎるほど集まった。
彼女はゆっくりと立ち上がった。
「なんじゃ?」
老人たちが眉をひそめる。
「急に立ち上がりおって」
「命乞いでもするつもりか?」
「無駄じゃぞ。貴様はここで死ぬ運命なのじゃからな」
その言葉に合わせるように、雇われた破落戸たちが前へ出る。剣や斧を手に、獲物を囲むように近付いてくる。
「ヒヒッ、悪く思わねぇでくれよ、お嬢さん」
「恨むなら、目を付けられた自分を恨むんだな」
下卑た笑い声が響く。
だが、イリンカは少しも怯えない。むしろ楽しそうですらあった。
そして。
彼女はにやりと口元を吊り上げる。
「ラド――今よ。お願い!」
高らかに叫んだ、その瞬間。
――カチッ。
小気味よい音が響いた。
次の瞬間、イリンカの手首を拘束していた魔道具が外れ、床へと転がり落ちた。




