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第十八話:皇后の残したもの

「実は、皇后陛下のお部屋を見せて頂きたいのです」


この願いを口にした時、クリスティアンは珍しく難しい表情を浮かべた。しばらく考え込むように沈黙し、やがて小さくため息をつく。


「……本来なら、お受けできないお願いです」


そう前置きしてから、彼はイリンカを真っ直ぐ見つめた。


「ですが、きっと陛下の件に関係しているのでしょう。陛下がお目覚めになられた時は、私がお叱りを受けることにします」


諦めたように微笑むと、居室の鍵を差し出してくれる。イリンカは深く頭を下げ、その厚意に感謝した。



そしてイリンカは、亡き皇后の居室を訪れている。


皇后が亡くなった後、この部屋は時が止まったかのように保存されていた。最愛の妻を失った先帝の命によるものだという。

そして、その後に即位したウラド皇帝もまた、その状態を変えようとはしなかった。


父の想いを尊重したのか。あるいは、自身にも何か特別な感情があったのか。

その理由は分からない。だが、少なくともこの部屋が大切に守られてきた場所であることだけは伝わってきた。


居室の中は落ち着いた色彩で統一されており、派手さはない。

けれど、一つひとつの調度品には上質さと品格があり、部屋全体に穏やかな空気が流れている。


壁には柔らかな筆致で描かれた絵画が飾られていた。

花畑や星空、美しい景色。どの絵も優しさで溢れている。


きっと、暖かい方だったのだろう。


イリンカはそう思った。


そして今、彼女にはどうしても確かめたいことがあった。

もし予想が正しければ、ラドの記憶を取り戻す手掛かりになるかもしれない。

あるいは――彼を苦しめる悪夢の正体に辿り着けるかもしれない。


イリンカは慎重に部屋を見て回った。

引き出し。書棚。飾られた小物。残された手紙。時間をかけて調べ続けた末に。


ついに、目的の物を見つけ出す。


「これで、ラドを救えるかもしれない……」


胸が熱くなる。自然と頬が緩んでしまった。

ようやく見つけた。ずっと探していた答えの欠片を。


イリンカは高鳴る鼓動を抑えながら、皇后の居室を出ると急いで寝室へ向かった。

早くラドに伝えたい。そう思った、その時だった。


――ガツッ。


鈍い衝撃が走った。

次の瞬間、後頭部に激しい痛みが突き抜ける。


「っ――!?」


視界が大きく揺れた。何が起きたのか理解できない。

誰かに殴られた。そう気付いた時には、もう遅かった。

膝から力が抜け、急速に意識が遠のいていく。イリンカの意識は、深い闇へと沈んでいった。



ラドは夢を見ていた。


無機質な瞳が、自分を見つめている。

感情のない目だった。まるで人形のような。まるで死人のような。

その視線が恐ろしくてたまらない。


なぜだ。どうしてそんな目で俺を見る。やめろ。見るな。こっちへ来るな。

誰か――助けてくれ。

胸を鷲掴みにされたような苦しさに襲われ、ラドは勢いよく飛び起きた。


「ハッ……ハッ……ハッ……」


荒い呼吸が止まらない。しばらく肩で息をしながら呼吸を整える。


「一体何なんだ……この夢は」


生霊となってからよく見る悪夢だった。

イリンカが傍にいるようになってから、見ることも少なくなっていたのに。


「頭も痛ぇ……」


こめかみを押さえながら周囲を見渡す。いつもなら近くにいるはずの少女の姿がない。


「あいつがいない……」


寝室は静まり返っている。こんな深夜にどこへ行ったのか。

妙な胸騒ぎがした。ラドは無意識のうちにイリンカの魔力を探る。


すると。かすかではあるが、遠くに馴染んだ気配を感じた。


「あっちか……」


その魔力は弱々しい、今にも消えそうなくらいに。

ラドの表情から余裕が消える。


嫌な予感がした。どうしてだか分からない。

だが、急がなければならない気がする。



ラドは寝室の壁をすり抜け、そのまま夜空へ飛び出した。

月明かりの下を一直線に駆けるように。ただ一人の少女を追って。

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