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第十七話:嵐を呼ぶモッサリ令嬢

いよいよ、皇帝に回復の兆しが見え始めていた。


以前は死人のように青白かった顔色にも僅かに血色が戻り、閉ざされたままだった身体にも、時折わずかな反応が現れるようになっている。

その変化に、クリスティアンとラゴスは喜びを隠しきれない。


「陛下のお顔色が、以前とはまるで違います」


クリスティアンは静かな声でそう言いながらも、その灰色の瞳には確かな安堵が宿っている。


「これなら、もうすぐ目覚めるんじゃねぇか?」


ラゴスも嬉しそうに笑った。


二人の期待に満ちた視線を向けられ、イリンカは曖昧に微笑む。

もちろん、回復は喜ばしい。だが――どうしても引っかかっていることがあった。


それを確かめるには、どうしてもクリスティアンと二人きりで話す必要がある。


「クリスティアン様、お願いがございます。後ほど、少しお時間を頂けませんか」


「えぇ、それは構いませんが……」


クリスティアンは僅かに首を傾げた。

ここでは話せない内容なのだろうか。そう思った矢先だった。


コンコン――。


寝室に控えめなノックの音が響く。

扉を開けた護衛達は、どこか気まずそうな顔をしていた。


「恐れ入ります。今、外に――」



そして。

彼らは断りもなく現れた。


元老院。

皇帝不在の帝国で長年権勢を振るってきた老人達が、ずらりと寝室前へ押しかけて来たのである。


「この者が、得体の知れぬ魔術師か!」


開口一番、老人のひとりが怒鳴り散らす。


「陛下のお身体に何かあったらどう責任を取るつもりじゃ!」

「こんなモッサリした女など信用できんわ!」


次々と飛んでくる非難の言葉に、イリンカは思わず遠い目になった。

――また面倒なのが増えた。


クリスティアンとラゴスも露骨に顔をしかめる。


「元老院の皆様は、現在発言権を凍結されております。この件につきましては、私と将軍が陛下より一任されておりますので」


クリスティアンは冷静に言い放った。だが老人達は納得しない。


「我らの功績を無視する気かっ!」

「若造が調子に乗りおって!」


怒声が飛び交い、場の空気が一気に険悪になる。

イリンカは、完全に蚊帳の外でその争いを眺めていた。


ちらりとラドへ視線を向ける。

すると彼は腕を組み、黄金の瞳で元老院達を冷え切った目で見下ろしていた。


――うわぁ。めちゃくちゃ嫌そう。


その時だった。興奮した老人のひとりが、イリンカを鋭く睨みつける。


「大体なんじゃ、その怪しい眼鏡は!そんなに人前に出せん顔なのか!?」


そう叫ぶなり、乱暴に眼鏡へ手を伸ばしてきた。


「っ――!」


咄嗟に身を引いたイリンカは、バランスを崩して転倒する。


「きゃあっ!」


その瞬間。


ゴウッ――!!


宮殿内に、凄まじい暴風が吹き荒れた。


「ひぃっ!?」

「な、なんじゃこれはぁぁ!?」

「ぬおおおおっ!!」


轟音と共に、元老院の老人達だけが次々と吹き飛ばされていく。

見事なまでに、ターゲットだけを狙い撃ちした魔術だった。


「……陛下の魔力、順調に戻られてますね」


クリスティアンが冷静に分析する。


「じいさん達、気持ちよく飛んでったなぁ……」


ラゴスはどこか感心したように呟いた。


そしてラドは、腕を組んだまま吹き飛ばされた老人達を睨みつけ、思い切り歯を剥く。


「おととい来やがれっ!」


実に品のない暴言だった。


そして、その場にいた誰もが思った。


陛下、めちゃくちゃ怒っておられる。


この日を境に、帝国ではひとつの暗黙の了解が生まれることになる。



――皇帝専属のモッサリ魔術医には、決して手を出してはならない。



深夜。


イリンカは一人、宰相執務室を訪れていた。ラドは既に眠っている。

執務室には静かな灯りだけが落ち、書類を読んでいたクリスティアンが顔を上げた。


「こんな夜更けにお尋ねしてしまい、すみません」


イリンカが申し訳なさそうに頭を下げる。


「いえ。こちらこそ、いつも陛下の回復にご尽力頂き感謝しております」


クリスティアンは柔らかく微笑んだ。


「それで――どのようなお話でしょうか?」


興味深そうに問われ、イリンカは神妙な面持ちになる。

少しだけ迷う。


そして、静かに口を開いた。


「実は――」

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