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第十二話:植物魔術医のお仕事

クリスティアンとラゴスは、それぞれ山積みの政務があるからと慌ただしく部屋を後にしていった。

静けさの戻った皇帝の寝室には、私とラド、そして眠ったままのウラド皇帝だけが残される。


重厚なカーテンの隙間から差し込む陽光が、広い室内へ淡く落ちていた。豪奢な調度品に囲まれた空間だというのに、不思議なほど冷たく静かだ。

ベッドに横たわる皇帝は、まるで時が止まったように眠り続けている。

私はそんな彼を横目に見ながら、小さく息を吐いた。


「ねぇ、やっぱり何も思い出せないの?」


問いかけると、ラドは不機嫌そうに眉を寄せながら首を横に振る。


「思い出そうとすると、どうしても頭が痛くなるんだよ。……チッ、腹立つな」


「……人のこと言えないけど、皇帝なのにあなたも大概口悪いわよね」


呆れ半分で言えば、ラドは鼻を鳴らした。


「長く戦場にいたって話だったろ。そのせいじゃねぇの?」


「そんなものかしらね」


そう返した瞬間、私はふとあることを思いつく。


「ねぇラド。最近、少しずつ感覚が戻ってきてるのよね。嗅覚はどう?」


「ん? あぁ、匂いも分かるな。……何故か、お前の傍にいる時だけだが」


やはり、と私は小さく頷いた。

短剣の影響なのか、それとも私の魔力との相性なのかは分からない。けれどラドは、私の近くにいる時だけ少しずつ感覚を取り戻している。


ならば、試す価値はある。私は備え付けの紙へ必要な物を書き出すと、部屋の外に控えていた護衛へ渡した。


「クリスティアン様に、これをお願い出来ますか?」


護衛は恭しく頭を下げ、すぐに去っていく。その様子を見ながら、ラドが不思議そうにこちらを覗き込んだ。


「何を頼んだんだ?」


「種よ。私が植物魔術の使い手だって、忘れてないでしょう?」


そう答えると、ラドは少しだけ目を丸くした。



しばらくして届けられたのは、小袋に入った種と植木鉢、それから良質な土だった。

私は袖を軽く捲り、植木鉢へ種を埋めていく。そして静かに魔力を流し込んだ。


淡い碧の光が、指先からふわりと溢れる。

精密に編み上げられた魔力は、柔らかな波のように土へ染み込み、次の瞬間――芽吹きが始まった。


小さな双葉が土を押し上げ、みるみるうちに茎を伸ばしていく。

ペパーミント、アロエベラ、カレンデュラ、ラベンダー、カモミール。

薬効を持つ植物たちが、まるで季節を飛び越えたかのような速度で成長していく光景は、我ながら圧巻だった。


ラドはその様子を、目を奪われたように見つめている。


「植物の成長を早める魔術か……。本当に見事だな」


「ふふん。凄いでしょう? とっておきの魔術なんだから」


私は少し得意げに胸を張る。

本来、この力はあまり人前で使いたくない。こんな規格外の魔術を見せれば、間違いなく面倒事に巻き込まれる。

ただでさえ遠のいている隠居生活が、さらに吹き飛びかねない。


けれど今は、そんなことを言っている場合ではなかった。皇帝を目覚めさせなければ、私の平穏な未来は永遠に戻ってこないのだから。


「ラド、ちょっとこっち来て」


私はソファへ腰掛け、隣をぽんぽんと叩いた。ラドは不思議そうな顔をしながらも、大人しく隣へ座る。

私は摘み取ったペパーミントの葉を軽く揉み、そのままラドのこめかみへ塗り込んだ。爽やかな香りがふわりと広がる。


「っ……」


突然の感触に、ラドの肩がびくりと跳ねた。


「ミントには頭痛を和らげる作用があるの。こうやって香りを吸わせながら揉み込むと、少し楽になるかもしれないわ」


「……確かに、スッとして気持ちいいな」


ラドは目を閉じ、小さく息を吐いた。先ほどまで苛立っていた表情が、少しだけ緩んでいく。私はその様子に安堵しながら、柔らかく笑う。


「このまま、膝に頭乗せなさい。ちゃんとマッサージしてあげる」


「ん……よろしく頼む」


ラドは抵抗することなく、ぽすりと私の膝へ頭を預けた。

思ったより軽い。少年の姿だからなのか、それともまだ実体が曖昧だからなのか。


私は静かに髪を撫でながら、ゆっくりと頭を揉みほぐしていく。やがてラドの呼吸は穏やかになり、そのまま眠ってしまった。


「……寝た」


思わず小さく呟く。生霊だったはずのラドは、最近こうして眠るようになっている。少しずつ感覚を取り戻し、少しずつ人間へ近づいているのだ。

私は膝の上で眠る少年を見下ろしながら、ぽつりと零した。


「もう少し、な気がするんだけどなぁ……」


この生意気な生霊少年は、どうやら想像以上に過酷な人生を歩んできたらしい。

だから私は、少しだけ認識を改めることにした。少しくらい、優しくしてやってもいいかもしれない。


幸い、癒やしや身体のケアは私の専門分野だ。生霊のラドも、眠り続けるウラド皇帝も、少しでも楽になれるように。


――植物魔術医として、出来ることをやってみようじゃないか。


そんなことを考えながら、私は静かな寝室で、眠る少年の髪をそっと撫で続けていた。

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