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第十一話:皇帝専属魔術医

彼――ウラド・ダキアは、生まれながらにして膨大な魔力を宿していた。


その力はあまりにも強大で、誕生の瞬間、宮廷中を震わせたという。

だが、祝福されるべきその日に、王妃は命を落とした。愛する妃を失った国王は深く心を病み、幼い皇子へ目を向ける余裕すら失っていく。

そうして彼は、親の愛を知らぬまま育った。孤独な少年だった。


けれど、その才能は常軌を逸していた。莫大な魔力だけではない。頭脳もまた並外れており、政治、歴史、戦術、経済――あらゆる分野を瞬く間に理解し、さらに剣の腕においても、指南役の騎士達が舌を巻くほどの才を見せた。

まるで、生まれながらに“王”として完成されていたかのように。


そして彼が十歳になった年、国王は亡き王妃を追うように自ら命を絶った。幼すぎる皇帝の誕生だった。

だが、周囲の不安を嘲笑うかのように、少年皇帝はその才覚を発揮する。膨大な魔力、卓越した知性、そして他者を圧倒する絶対的なカリスマ。

彼は瞬く間に帝国を掌握し、誰も逆らえぬ支配者となっていった。


しかし、十五歳を迎える頃から、異変が起き始める。強すぎる魔力に、自身の肉体が耐えられなくなっていったのだ。

身体の内側で荒れ狂う力は、時に彼自身すら焼き尽くしかねないほど危険なものだった。そのため彼は、魔力放出を兼ねて戦場へ赴くようになる。


とある国を征服した時のことだった。

戦はあまりにも一方的だった。だが制圧後、彼はその国の惨状を目にする。民は悪政によって疲弊し、搾取され、希望を失っていた。

彼は迷うことなく、その国を帝国の傘下へ組み込み、自ら統治を整えた。腐敗した制度を壊し、流通を整え、民を生かした。

すると国民達は、初めて与えられた安寧に涙し、歓喜と共に帝国へ忠誠を誓った。


その光景を見た時、彼は決めたのだ。

同じような国は他にも存在する。腐敗した王や貴族に苦しむ民を、彼は幾度も見てきた。

ならば、全てを支配しようと。愚かな支配者達に任せるより、自ら統べた方が遥かに多くを救えるのだと。


それからのダキア帝国は、怒涛の勢いで版図を広げていく。やがて人々は畏怖と敬意を込めて、彼をこう呼ぶようになる。


――覇王、と。


そして数ヶ月前。大陸統一を目前に控えた彼の前に、呪術を生業とする小国が現れた。本来なら、容易く制圧できるはずだった。彼は精鋭を率い、王宮へ乗り込む。

だが、そこには生者の気配がなかった。王はすでに、王宮にいた全ての人間を贄として捧げ、巨大な呪術を完成させていたのである。


「どうせ滅びるのならば、道連れがいなければ寂しかろう!?」


狂気じみた叫びと共に、膨大な呪いが放たれた。咄嗟に彼は、部下達を守るため、自らその呪術を受け止める。凄まじき呪詛を前に、他に術が存在しなかったのだ。

呪いを放った王は、そのまま絶命した。そして彼は、深い眠りへ落ちた。



「……以上が、陛下に起きた出来事です」


話し終えたクリスティアンは、静かに息を吐いた。その声には、隠しきれない疲労が滲んでいる。

ラド――いや、皇帝が倒れてから数ヶ月。帝国を支える彼らの苦労は、想像を絶するものだったのだろう。


「ちなみに、この件は帝国の最重要機密だからな? バラすなよ」


ラゴスが笑いながら軽い調子で言った。


「聞きたくなかったんですけどぉぉぉっ!?」


夢の隠居生活が、音を立てて遠ざかっていく。イリンカは、床に崩れ落ちた。



「まるで他人の話を聞いているみたいだな」


ラドは実感がないらしく、他人事のような顔をしている。先行き不安な一言はやめて頂きたい。


宰相クリスティアンは静かに居住まいを正すと、まっすぐイリンカを見つめた。


「イリンカ様に、お願いがございます。生霊となられた陛下は、イリンカ様のお傍にいる時のみ、魔術を行使出来ると伺いました。また――触れることも可能だと」


イリンカは嫌そうに眉を寄せながら、渋々頷いた。短剣を手にして以降、ラドは彼女にのみ干渉出来るようになっている。どう考えても面倒事の中心に立たされている気しかしない。


「どうか、眠られた陛下のお傍にいて頂きたいのです」


「嫌です。帰りたいです」


間髪入れずに断った。フィオル王国へ帰って、温室で植物を育てながら静かに暮らしたい。それがイリンカの人生設計だったはずなのだ。


「だから、諦めろって」


呆れたような声と共に、ラドがぺしりとイリンカの後頭部を叩いた。


「いてっ」


突然後頭部を押さえて悲鳴を上げたイリンカに、クリスティアンとラゴスは同時に目を見開いた。

そこには誰の姿もない。だが、彼女が確かに“見えない誰か”と接触していることだけは伝わってきた。


「おお……本当に、陛下がそこにおられるのですね」


「触れられるって話も本当だったのか……」


感極まるクリスティアンと、嬉しそうに涙ぐむラゴス。その反応に、ラドは腕を組みながら鼻を鳴らす。


「……まあ、本体の近くにいるのは悪くない案だな。記憶を戻す方法も探したいし」


どうやら本人も乗り気らしい。イリンカは深々とため息を吐いた。


「……わかったわよ。だったら、とっとと記憶と魂を戻してやるわ。そして全部終わったら、こんな国さっさとおさらばしてやる!」


半ばやけくそになりながら、勢いよく拳を振り上げる。するとラゴスが豪快に笑った。


「ははっ、姉ちゃん逞しいなぁ。そりゃ陛下も気に入るわけだ」


クリスティアンも苦笑しながら頷いている。そんな二人を横目に、少年の姿をしたラドが、どこか面白そうにイリンカを見つめていた。


こうしてイリンカは、不本意ながらも大帝国皇帝専属の魔術医として、皇宮へ滞在することになったのだった。

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