99 2人のティティス
「そりゃまた。結構とはいいかねるご趣味だぜ。」
エドの皮肉に、カタローニⅢ世は微笑を浮かべた。
「確かに。あのオモチャを手に入れたのは10代の頃でね。私も子供だった。それで何かが変わるかも知れないなどと、今にして思えばバカな考えだったよ。」
彼は、キリアン・バルシャの椅子の肘掛けに座り、バルシャの肩に腕を回した。
「あの頃は納得できないことばかりで、窒息死しそうだったんだ。こんな世界、滅んでしまえばいいと本気で考えていた。」
愛おしむようにバルシャの頬に触れ、続ける。
「今はキリアンがいる。ティーに子供ができたら、2人で姿を消すつもりだった。だから彼に罪があるというなら私も同罪だ。いかなる裁きも受けよう。盟主陛下は公正な方と聞いている。」
〝アイツがねえ。まあ、ヨメが絡みさえしなきゃそうとも言えるがなあ…。〟
エドはチラリと〝ミミ〟を見た。
彼女はかすかに肩をすくめる。エドの密かな呟きなど、お見通しらしい。
「さて。アンタ方の未来がどうなるかは、まだ何とも言えない。ますは、殺されかけたカルデシス氏の意見も聞いてみたい。」
「私にも発言権があるんですか。」
もの柔らかな口調で、カルデシス・クワントが言った。意外そうだ。
「意見てほどのものはありません。殺されかけたのは初めてじゃないし、仕事柄覚悟はあるしね。今回助けていただけたのは、実に幸運でした。」
礼のつもりか、会釈を添える。
状況及び話の深刻さに比べると、ひどくあっけらかんとした物言いだ。
〝まあ、帰還兵にはいるよな、こういう奴が。〟
生と死が隣り合わせの日常に、感覚がすり減ってマヒしているのだろうか。
戦場の理不尽な過酷さに、過剰に反応するタイプよりは、精神衛生上良いかもしれない。エドは念のため更に彼の意思を確認する。
「それは、責任追及をする気はないってことですか?」
カルデシス・クワントは、頷いた。
天気の話をしている、ご近所の店の気のいいお兄さんという風情である。
バトルフィールドで見た、精悍なファイターの面影などどこにもない。飄々とした姿に思わず〝アンタ、ほんっとに本人かい?〟などとツッコミたくなるエドだが、本人であるのは間違いなかった。
アリス=ラグナロクに、人違いミスはあり得ないのだから。
ならば、確認しなければならないことは、他にある。
「クワントさん、あんたあの夜、王宮に進入しましたよね。そして、彼女に会った。そこまではわかってますが、なぜそんな危険なことをしたのか、その時何があったか、教えてもらえますかね。」
すると彼は真顔になり、ティティス・エミネフスカに話しかけた。
「なあ、ティー。話してもいいかい?」
親しげで砕けた口調である。彼女は頷いたが、表情は暗かった。
「ごめんなさい、カル。私のせいで殺されかけただなんて…。」
バルシャ秘書官が、ティーの行方と、下手をするとカタローニⅢ世の陰謀までを知った可能性がある人物を始末しようとした。それは本当だが、実はそれだけではなさそうでもある。
バルシャがやらかしたのは、どう見ても自殺未遂だ。しかも恐ろしく傍迷惑な方法だった。
「君のせいなんぞであるもんか、ティー。それに、誰も怪我をしちゃいないし、忘れてくれ。」
そう言うと、彼はエドに向き直った。
「私と彼女は、古い知り合いです。初めて会った時彼女はまだ子供で、親戚の養子だったから、ティー・ゴトフリーって名前でね、家が隣で。」
彼はそこで言葉を切り、ため息混じりに再度話し始めた。
「少しややこしい話になります。あんまり上手に説明できないとこは、勘弁して下さい。ええと、私には婚約者がいました。その名前もティティス・ゴトフリーってんで。ありふれた名前じゃあるが、ビックリするような偶然でした。もちろん、2人は別人です。だが、私は勘違いしてました。あの盗っ人女が私から逃げて、チャッカリ王妃なんぞになったと。腹立たしいやら馬鹿馬鹿しいやら。最初から情けない話じゃありましたよ。あの女、顔は綺麗だが、男より金が好きだ。そこははっきりしたもんでしたよ。わかってながら、つい、ね。」
一気にそこまで話して、彼はまたため息をついた。
「私は、婚約不履行と盗みで彼女を訴えようとしました。ティティス・ゴトフリーを。ところが、裁判所じゃ王妃はティルテュ・ゴトフリーだと言う。そんなバカな話はない、あの女はティティスだ。絶対にティルテュなんて気取った名じゃない。だから訂正に応じなかったら、受理できないって言われました。」
「で、思い余って、直談判を?」
「そうです。直接会って話そうと。いま思えば、私もどうかしてたんですね。ここんとこ、格闘家としての限界を感じてたりして、焦りもありました。で、ティーに会ったら、確かに外見は全く私の元婚約者だったのに、それが魔具とやらのせいだなんてね。最初は、ウソだと思いましたよ。でも、あの赤い石を外した途端にこう、ぱあってね!ありゃホント驚いたなあ。しかも、ティーが!話を聞けば彼女は彼女で、逃げ出す寸前というし、もうワケがわからなくなりまして。それで結局、一緒に逃げ出したんですよ。あのメモを貼り付けといてね。」
身代金は、〝ティティスの瞳〟とした。
公式には存在しない宝石である。
ティー・エミネフスカは、旧王家の末裔だ。彼女は王家伝来のアーティファクトの秘密を知っており、それが失われたわけでなく色を変えていただけなのを理解していたのだ。
「エミネフスカ嬢、どうして気がついたんです?言い伝えとは全く別の石にしか見えなかったはずだが?」
「偶然でした。私が宝石箱の掃除をしていたときに、偶然あの石に手が触れたんです。そしたら、正面の鏡に私ではない別人が映っていました。呆然として鏡を見つめているところへバルシャさんが。彼、まるで幽霊でも見たみたいに真っ青で、声も上げずにそのまま飛び出して行きました。そこで…思い出したんです。変身魔法の発動条件を。」
それはいくつかあるが、必須なのは〝情報〟だ。つまり、実在する個人の外見の情報である。それがなくては、そもそも魔法は発動しない、
情報を得るために手っ取り早い方法がある。
血だ。あるいは筋肉でも内臓でもいい。
皮膚や爪、髪の毛では無理なところを見るに、それは命そのものを意味しているのかも知れなかった。
つまり、ティティスの瞳は、カルデシス・クワントの元婚約者、ティティス・ゴトフリーの生命に、ドップリと浸ったことがあったわけだ。
おそらくは、その死の瞬間に。
だとすると、秘書官の慌てぶりは、単に見知らぬ侵入者を見たためではなさそうだ。
幽霊でも見たような怯え方だったといが、実際にその女の死に関わっていたのならば、当然そうなるだろう。
「だから、ティティスの瞳の秘密については知らないふりをすることに決めました。
余計な詮索は危険かも知れないと。そこへ、陛下とバルシャさんが戻って来たんです。」
最初、2人は呆然とティティス・エミネフスカを見つめていた。
が、彼女が魔具から手を離すと、2人の口から驚きの声が上がった。
バルシャは相変わらず真っ青だったが、カタローニⅢ世は、その場で笑い出したと言う。
「これは使えそうだ。」と。
「なるほど。そして、シンデレラストーリーってワケかい。」
エドは疲労感を感じた。
「で、国王陛下と秘書官に聞きたい。ティティス・ゴトフリーはどうなったんだ?」
カタローニⅢ世は肩をすくめた。
「焼却した。跡形なく。」
「あんた方のどっちが殺った?」
「あ、あれは事故でした!あの女、警備機器のメンテナンス係を買収して盗みに入ったようです。〝王妃の間〟のジュエリーケースを漁っているところを、私と陛下が発見して、逃げようとした彼女は転倒しました。頭をマントルピースの角にぶつけて、血が…。」
「信じられないかも知れないが、その通りだ。事を公にすべきだったが、当時私は難しい立場にいた。王太子といえば聞こえはいいが、私の失脚を狙うものは数多く、刃物を忍ばせた女が寝室で待ち伏せする日常だったからな。で、なかったことにした。」
エドは、ミミを見た。
彼女が頷いたところを見ると、2人とも嘘は言っていないらしい。
盗みに入り自分で死んだ見知らぬ女。
それは、カタローニⅢ世でなくても、なかったことにしたくなっただろう。
「そうか。あの女ならありそうなことだよな…。欲の皮は突っ張ってんのに、妙に詰めが甘くて間の抜けたとこがあった。」
カルデシス・クワントの呟きには、確かに憐憫の情が感じられた。
至って僅かではあるが。
次回もよろしくお願いします!




