100 罪と罰は大抵引き合わないし
盗っ人で詐欺師の、ティー・ゴトフリーなる女については、今更どうなるものでもないだろう。
彼女は死んで、遺体は焼却された。
少尉とラグナロクの調べで、彼女には係累はおらず、天涯孤独な戦争孤児だったことが、すでに判明している。
生きる為に仕方がなかったのは同情に値するものの、相手構わず詐欺や窃盗を繰り返してきた半生だった。
だから友人も恋人もいない。
王妃ティルテュという架空の人物には、さまざまな芳しくないウワサも付き纏っていたのだが、その大半は彼女の行動に由来するのだろう。
エドはクロッキーを続けるカミラを見ながら、更に疲労感を感じた。
3人のティー。
1人目は架空の人物、シンデレラ・ストーリーのヒロインである、ティルテュ。
2人目は、彼女の外見モデルとなったティティス。
3人目は、ティルテュを演じたティティス。
実にややこしい。
カミラが言ったように、彼女らの名前という偶然の類似が、変身魔法の発動条件の一つだったのだろう。
エドにとって、魔法は厄介だ。自分にはカケラたりとも才能がないだけに、得体が知れないし、不気味でもある。
伝説の時代、大魔法使いと呼ばれる存在が実在したことは知っているし、実際に伝説の当人である、黒の宮にも面識はあるが、彼らの時代はとっくに過ぎ去った。
今では、魔力を持つものにすら、職業魔法使いは、胡散臭く信頼が置けない犯罪者予備軍と認識されている。それにもともと、一握りの強大な力をもつ者以外は、魔法でそんなに大したことが出来たわけではない。
その上、発動は不安定かつ再現性に乏しいのは、魔法にとって致命的だった。
つまり同じ人物が同じように魔法の発動を意図しても、同じ結果が得られるとは限らないのだ。
これが魔法衰退の最大の原因である。
更に。
魔力を持つものは、今も昔も、人口の半分前後と推定されている。人口増加に伴い、魔力持ちの母数は多いが、一人当たりの魔力量はむしろ減衰していた。
まるで世界の魔力の総量が限られていて、人類の増殖につれ1人ぶんの魔力がジリ貧になっているようだ。
元々魔力を測る絶対的な指標がなかったから、推測に過ぎないが、社会の実感としてそういうものと考えられている。
だが、時に魔力を持つ物品が様々なトラブルや、あり得ない奇跡を演出することがある。今回のように。
魔法に比較すると魔具、とくにアーティファクト級の品に込められた強力な魔力は、発動条件こそ難しいが、一旦発動しさえすれば効力は確かで、信頼性が高い。
使用者の魔力の有無には全く関係がないところもまた、優れた魔具に、天文学的な高値がつく理由である。
〝だが…罪作りだぜ。〟
王妃付き護衛官ルドは、確かに王妃を愛していた。
それが実の妹であることに気づきもしないままに、である。
事実に気付いたとき、彼はどんな思いを抱いたのだろうか。
誰がその対価を支払うというのだれう?
『そなたならどうするのじゃ?』
久々の〝内緒話モード〟で、カミラが話しかけてきた。日記帳から目も上げないままだ。
『そうね。私も知りたいわ、ダーリン。』
『うっセーわアリス!』
内緒話モードは元はアリス=ラグナロクがエドに施した人体実験の産物なのだが、何ぶん初めての試みとあって、悪影響に関するデータが少ない。なので濫用することには、ラグナロクが慎重になっている様子だ。
エドは全く気にしていないのだが。
『マジなとこわかんねーっすね。殺したくなるか死にたくなるか。』
『さもあろうの。』
『やっぱりね。人間って面倒ねえ。』
信じていた主君にそんな形で裏切られるシチュエーションなんて、エドは考えたこともない。
そもそも、エドには主君などいないのだ。
形の上では、当代盟主がそれに当たるのかも知れないが、感覚的には、あの超ハイスペックの人外男は友人である。
確かに絶対勝てないし、時に恐ろしい存在なのは確かだ。
それでも、主君とかじゃない。
『こちとら、しがない公務員なんでね。オレにゃ、主君がどうとか忠誠心がナントカなんて、わかりっこありませんよ。』
未だ酷い顔色のルドを眺めるに、わからない方が幸せかも、とも思う。
『妾には主君がおられる。しかし仮に裏切られたとしても構わぬ。』
『エ、そりゃまたなんで?』
『それなりの理由あってのことであろうから。それが主君のお望みならば、それでよい。』
『あ〜。』
なるほど、それが忠誠心ってやつか、と思うが、やっぱりわからない。が、今は片付けるべき案件が先だ。
「結局、秘書官ドノは、王様にとって脅威となる可能性がある、クワント氏を排除しようとしたわけだが、なぜあんな方法を選んだ?あれじゃあんたも無事ですむ保証はねえ。」
というより、極めて高い確率で死ぬか廃人になるかだ。
エドたちの席はバトルフィールドからかなり離れていたが、バルシャ秘書官の席は前から2列目である。
「私も知りたい。何故こんな無茶をしたのだ、キリアン?」
「そ、それは…。陛下が来られるとは。」
秘書官は口ごもり、より深く俯いた。
「私は君を探しに行った。今日はどうにも様子がおかしかったからな。何故こんな自殺行為を?」
「も、申し訳ありません。ただ思い詰めてどうかしていたとしか…。」
誰が聞いても不自然な言い訳である。
「少しいいかしら。」
「ち、あー、ミミちゃん、どうした?」
目尻の下がった丸い青い目に浮かぶのは、苛立ちのようだ。
「プライベートに他人が踏み込むのは悪いと思うわ。だけどカタローニⅢ世陛下、あなたまだ話していないことがおありですわね。」
カタローニⅢ世は、怪訝な表情である。
「君は月の宮の侍女と聞いているが、何のことを言っているかわからないな。」
「ええ。それは本当でしょうね。だけど、この際はっきり仰って。あなたが愛しているのは、秘書官さん?それとも…」
青い目が、1人の男に向けられた。
「エミネフスカ護衛官かしら?」
少し間があった。
ルド・エミネフスカは更に青ざめ、キリアン・バルシャの俯く角度と肩の強張りがより増したようだ。
エドとしては寝耳に水である。
ただ、カタローニⅢ世の表情を見て、納得するところもあった。
二股を掛けて、両方の女から問い詰められる男の修羅場に遭遇した経験からであるが、しかし。
「カタローニ陛下、あんた仮にもこの国の王様、だよな?」
と、呆れたホンネが漏れた。
だからあの時、ルド・エミネフスカがあんなにもショックを受けたのか。
「ルドは、女性しか愛せない。そうきっぱり断られたよ。」
カタローニⅢ世は、淡々と答えた。
ルドは目を閉じ、キリアン・バルシャは俯いたまま唇を噛んだ。
「それが、バルシャ秘書官の自殺企図の原因だとは、お考えにならなかったのかしら?」
「なに…!?」
カタローニⅢ世は、全く考えてもいなかった様子だ。開き直ってからも、余裕の態度を崩さないでいた表情に、明らかな亀裂が生じた。
「し、しかしキリアン、私は…」
「気付いていました。」
静かに呟いて、秘書官は顔を上げた。
強張った蒼白の頬に、涙が筋を描いてしたたる。
「知っていたのです。あなたが真に愛しているのは、彼であることは。」
「キリアン…。」
「私と王宮を去ると、共に生きていきたいと仰って下さった。そのことだけで、私には充分でした。だから…。」
「キリアン。私は…」
「陛下…」
「ちょっと待て!」
エドは思わず割って入った。
「盛り上がってルドとこナンだがよ。そういうのは2人きりでやってくれ。バルシャ秘書官、痴話喧嘩で大勢を巻き添えにしようってのは、どう見てもアウトだ。んでカタローニ陛下、あんたもあんな物騒なシロモノを持ち出されちまうなんぞ、管理不行き届きだろうが?議会の爆破をやめたんなら、ソッコー処分すべきだった。」
「ああ。その通りだ。誠に申し訳ない。」
その時パタン、と音がした。
カミラが音を立てて、日記帳を閉じたのだ。
「待ちや、エド。」
「なんすか、博士?」
「議会の爆破も問題であろ?」
「あ〜、イヤそりゃ昔のことなわけで。」
「この男、このままで良いのか?この後に及んで、愛人と臣下の気持ちを弄ぶ痴ものぞ?」
「まあそれはそうですが…。」
カタローニⅢ世については、確かにカミラが言う通りなのだが、なんらかの処罰に値するかとなると難しい。
「このまますんなり退位させて野に放てば、また何をしでかすやもしれぬ。」
それもその通りである。
度胸と面の皮の厚さ、それに自己中心的な性格だけは間違いないのだ。
なんと言ったものか、エドが思案に困っていると、ミミが立ち上がった。
「提案があります。罪を償うならば、国王陛下にはこのまま在位いただき、世論を変える努力をしていただいてはどうかしら?エミネフスカのご兄妹には、納得しにくいかもしれませんが。」
「そりゃどーゆーこった?」
彼女は凛とした表情で続けた。
「息が詰まるようだったと仰いましたわね、陛下?だから議会を爆破するために爆弾を入手された、と。」
カタローニⅢ世は頷いた。
「その理由は?」
「…王室などという茶番の存続を決めたのは義会だ。議員は、実権もない地位に群がって利用しようとする輩が多すぎる。それに、私のように異性を性的対象と見られなかったり、性自認が生物学上の性別と違っている者など、少数派に対する偏見。挙げていけばキリがないよ。この国は、変わらねばならない。手始めは王室などという茶番をなくすことだ。」
ミミは微笑んだ。
「それが手始め?ならそうなさいな。でも王室がある状態でできることだってあるでしょ?」
「私に何ができる。冗談はやめてくれ。」
国王は、鼻で笑った。
お付き合い頂き、ありがたい限りです。
次回もよろしく。




